良轟 と バスケ と ダンジョンと
探索者ギルド原宿支部からほど近いところにあるチェーン系列のカフェ『バックスタークス』。
その店の片隅で、スーツ姿の香と、白凪、心愛の三人がお茶をしている。
「……なんでずっと口元押さえてるんスか?」
なのだが。
どういうワケか白凪は、ずっと口元を押さえたまま香と視線を合わせてくれない。
その様子を見ていて何かに気づいた心愛がむふふと笑うと、白凪の耳元で囁く。
「ワイルド系イケメンが着崩さずキッチリ着こなすビジネススーツ。つまるところフェチぃ~~?」
「ぶふぉっ!?」
「眼福過ぎて直視できな~~い、からの~~、ビジュアルドストライクで鼻血でそ~~、とかぁ~~?」
「ぶぶふぉふぉっ!?」
香の耳には心愛が何を言っていたのか聞こえなかったのだが、かなり効果はあったようだ。白凪が思い切り吹き出している。
白凪が吹き出すのを見て白凪から離れていく心愛に、白凪が何とも非難がましく視線を向けた。
「こ、心愛さん……!?」
「だいじょーぶ! 心愛ちゃんはそういうの気にしないどころか、ネタにするタイプなので~~!」
「大丈夫じゃない方向にタチが悪いッ!?」
「タチもだけどネコも悪い系女子で~~す!」
「二重三重にこの人は……ッ!?」
何の話をしているのか分からない――というていで――香はコーヒーを啜って、二人が落ち着くのを待つ。
とはいえ、あまりお店の中で騒ぐのもよろしくないだろう。
しばらく様子を見て落ち着かないのならば仕方が無い。
香は二人に気づかれないように嘆息を漏らすと、決して大きくない声で――二人が聞き取れるくらいの声量で、今し方思いついたかのように呟く。
「エロトラップダンジョン……確かこの近くにあったな。いっそ二人とも放り込んでくるべきか」
「香くんッ、セクハラ~~ッ……――って完全に心愛たちが悪いね~~。うん。騒ぎすぎた~~、すまぬ~~」
「あー……すみません。完全に私と心愛さんが悪いですのでご勘弁を」
そんなワケで二人が落ち着いたところで、香は自分のスマホを取り出す。
「涼から小刻みに連絡を貰ってます。今のところは問題なく進んでいるようです」
二人ともその言葉に、何の話だ――などとは口にしない。
「同行者の政治家とは別に、グラマスの和戸会長と紡風さんも同行しているようなので、万が一というのはそうないかとは思います」
「こちらもディアさんから同じようなメッセージは貰ってます。ちょっとうるさいけど説明すると黙ってくれるから問題ない……とはなってます。
ツッコミ気質が素晴らしいので、今度コラボしたい……とか言い出しているのはどうかと思うんですが」
ディアらしい内容に、香も心愛も思わず苦笑する。
件の政治家が何かやらかさないか冷や冷やハラハラしているのが保護者サイドだというのに。
こちらの考えなど余所に、そういうことを考えているのが何ともディアらしいと言うべきか。
「守からは特にないかなぁ~~……まぁ二人が連絡しているだろうっていう前提がありそうだし~~、パーティ的にリーダーやらされてそうだから~~、あまり余力がないのかも~~」
「ゲストがゲストなせいで、涼やディアが気にしないようなコトまで気に掛けて、常時気を張ってそうですしね」
「それあるかも~~、余計なコト背負い込みがちなんだよね~~、あいつ~~。
でも周囲に悟られないようにポーカーフェイス決めてるんだぜ~~!」
ともあれ、一応の保険を掛けて色々とやるつもりだったのだが、涼とディアから送られてくる連絡を見る限りだと、問題は起きてなさそうだ。
「メンツを考えれば万が一ってのも少なそうだが……」
「ただ、最近はイレギュラーが発生しやすくなっていますからね」
「あ~~、ね~~。何なんだろうね。このイレギュラー発生率って~~」
そのやりとりをした直後に、三人が神妙な顔をして沈黙する。
そして、恐る恐る……うめくように、香が漏らす。
「……フラグになったりしませんよね?」
「そういうフラグ発言やめましょうよ」
「こりゃあイレギュラー確定かな~~」
それを望むつもりは、三人とて無い。
特例探索の状態で、イレギュラーなんて一番起きて欲しくないことだ。
頭を抱える香と白凪に、心愛が小悪魔っぽい調子で告げる。
「でもSNSで嫌われてる政治家と~~、SNSで人気の涼ちゃんディアちゃんのコンビが~~、イレギュラーに遭遇するとか~~、撮れ高やばくない?」
「そういう撮れ高はいらねぇなぁ……」
「公開制限されそうなネタは不要ですよ……」
それに、香と白凪は深々と息を吐きながら、うめくように返事をするのだった。
一方、ダンジョン。
「そういえば、どこまで行きます?」
ディアがふと思い出したように、良轟に訊ねる。
「どこ、とは?」
問われた良轟は困った様子だ。
それに、一行は足を止める。
「うむ。そういえば確認をしておらなんだな。そこは重要だ」
一成も失念していたと息を吐き、良轟へと向き直った。
「良轟殿。ダンジョンの空気は存分に触れられたと思うが、もう少し先へ行きますかね?」
「それは……」
言い淀む彼を見て、旋がそれでは――と提案する。
「このダンジョンは各フロアごとに次のフロアへの門番――いわゆるボスが存在します。
一度誰かに倒されても一週間ほどで復活すると言われておりますし、ここ最近倒されたという報告もありません。
恐らくはボスがいるでしょうから、ボスを見たら帰る――というコトでよろしいのでは?」
「戦わないのかね?」
良轟の言葉に、誰よりも先に守が告げる。
「素人以下の足手まとい抱えながら勝てるほどヌルい相手じゃねーからな」
「なッ……!?」
態度も言葉も露悪的な守に鼻白み、ややして苛立ちを見せる良轟。
それを見ていたディアは、良轟が声を上げるのを制して訊ねる。
「良轟さんって、バスケしてたんですよね?」
急になんだ? という顔をしながらも素直に答える。
「ん? ああ。こう見えて五輪にも出ていた」
「じゃあ五輪の決勝戦を思い浮かべてください。そこに三歩歩くのNGすら知らない素人をスタメンに加えた状態で勝利できます?」
「……ファイブファールでプレイヤーが退場するコトもある。最初から四人チームだと思えば……」
ディアの例えに、良轟がそう口にする。
だが、良轟の言葉をスティールするように、全て言い終える前に守が割って入った。
「ボスに喰われてるおたくを無視していいって言うなら歓迎するぜ。それなら間違いなく勝てるからな」
「…………」
「まぁ無視してても邪魔なのは間違えねぇんだけどな。
ルールをロクに把握してないヤツがコートに立ってるところを想像してみろよ。敵としても味方としても障害物だろそんなん」
「…………」
相変わらず守の態度に腹が立つ良轟であったが、それでも彼の言い分に一理あると沈黙する。
バスケプレイヤーとして現役を引退し、体育教師すら辞めてからこっち、アスリートとしてのカンがだいぶ錆び付いていたのだと気づく。
その錆び付いていたアスリートとしての歯車が動き出したことで、芋づる式に状況把握が出来るようになってきた。
「……すまん。そうだな。この小僧の言う通りだ」
そして、気がついた。
今この状況が、探索者にとってどれだけ面倒な状況になっていたのかということに。
「急に素直になったな?」
「お前の態度は相変わらず気に食わないのだがな」
吐き捨てるようにそう言いながらも、良轟の表情はやや柔らかくなっている。
「だが少しばかり状況が理解できた。現役のプレイヤーたちからして見れば面白くないだろうよ」
大きく息を吐き、その上で――と良轟が告げる。
「先ほど紡風氏が提案した通り、ボスのところまでで構わない。そしたら引き返してくれたまえ」
「目的がハッキリするのは悪くねぇな」
「どこかで聞いてる涼ちゃん。そういうコトだから!」
声を少し大きく出せば涼も反応するだろう。
そう思ってのことだったのだが、どうにも反応がない。
「あれー? スマホの方にも連絡こないな」
「涼ちんに限って簡単にはやられねぇとは思うが」
そんなやりとりをしていると、ふと守の胸中に猛烈な嫌な予感が湧いてくる。
「……今は配信してないが……この空気。オレ、涼ちゃんねるで良く見る気がすんだけど」
「奇遇ですね。わたしも涼ちゃんと探索してると、よく遭遇する違和感なんですよね」
どうやらそれはディアも同じようである。
「なんだどうした?」
二人の様子に、良轟が戸惑い出す。
「二人とも一体どうしたというのだ?」
一成もよく分かってなさそうだ。
「え? もしかしてそういうコトですか……?」
ただ涼との付き合いも長くなってきている旋は、漠然と理解した。
直後、木々がざわめき、ダンジョンモブとして扱われる小鳥や小さな虫たちが一斉に飛び立っていく。
「構えろッ、ディアちゃんッ! 絶対にデカいのが来るぞッ!」
「とりあえず白凪さんにメッセージ送りましたッ! ついでに配信も開始するねッ!」
「ああ、やっぱりッ! 会長、良轟殿をお願いしますッ!」
心の準備が出来ていた三人の行動は早い。
その様子に、即座に一成も状況を理解する。
バサバサガサガサ。バキバキドシドシ。
アヒルを野太くしたような鳴き声らしきものと共に、背の高い木々をなぎ倒しながら何かが近づいてきている。
「な、なんだぁ……ッ!」
「良轟殿、私の後ろにッ!」
言うが早いか、一成は良轟の後ろ襟を摑んで引っ張る。
ややして、道のない茂みの中から涼が勢いよく飛び出してきた。
「みんなゴメンッ! なんかデカイのに襲われちゃったッ!」
『だと思ったッ!!』
ディア、守、旋が声を唱和させた瞬間――
「グゥァ~~ッ!!」
――涼を追いかけていたモンスター……七つの頭を持つ巨大なガチョウが、木々をなぎ倒しながら姿を見せた。
そのモンスターの姿を見て、ボソりとディアが呟く。
「涼ちゃん戦犯やらかしてないよね?」
思わず涼が目を逸らしたのに気づいたディアは、絶対にあとで問い詰めようと心に決めるのだった。
【Idle Talk】
鶏肉キタ――――!




