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涼 と 香 と 初配信


 鶏排骨麺を食べた日の翌週。日曜日。お昼過ぎ。


「香、ちゃんとソレでついてこれる?」

「大丈夫だよ。それとモカPな。配信中はオレのコトはそう呼んでくれ」

「わかったよ香」

「分かってねぇ返事だぞそれ」


 以前、大角ディアと遭遇した多摩川の中州ダンジョン。

 涼は配信用の装備を持ち込み、そこへとやってきていた。


 一階のエントランスエリアで配信機材等の確認だ。


 このダンジョンに問わず、各種ダンジョンの入り口に広がるこのスペースは、モンスターも滅多にやってこないので、探索者としての能力を最低限しか持っていない香も比較的安全なのだ。


「撮影方法はいくつかあるんだが……個人的に最初はコレがいいだろうと思って買ってきたぜ!

 ダンジョン配信用の静音ドローン。バイト代超奮発した!」


 胸を張る香に、涼は興味なさげな視線を向ける。


「基本自動追尾で、遠隔で手動操作もできる。頭頂部のスイッチでホログラフのウィンドウも表示可能な最新モデルッ!」


 ドヤァと胸を張る香だったが、涼は不安げだ。


「確かにローターの回転音はすごい小さいけど……音に敏感なモンスターがいたりすると怖いなぁ……」

「このダンジョンにはいないだろ?」

「いないけどさ」


 配信をしている人たちはいつもこんなリスクを背負っているのか――と、涼は戦慄(おのの)く。


「おまえが思っているほど配信者たちは、深く考えてないと思うぞ」

「それはそれで怖い」

「まぁそう言ってやるな」


 ドローンが発する音への不安なんて香も涼に言われて気づいたのだ。

 専業の探索者たちのうち少なくない人が、配信者を嫌悪したり苦手意識を持ったりしている理由を改めて見せつけられてしまった気がする。


 撮影方法は今後の課題だな――と香が考えていると、涼が真面目な顔を向けてきた。


「それで……改めて確認するけど、今回はシャークダイルの寝顔を取ればいいんだよね?」

「そうそう。カメラに話しかけて解説とかしながら頼む。

 カンペが必要そうな時はLinker(リンカー)でメッセージ送るから、スマホはすぐに確認できるようにしておいてくれ」

「探索中は音もバイブも基本切ってるけど、まぁ気をつける」


 他にもいくつかの注意事項や、懸念事項などをお互いにすりあわせながら、準備を終えていく。


「――とまぁだいたいそんな感じだが、大丈夫そうか?」

「うん。揚げ鶏の為だから、なんとか」

「揚げ鶏の為と言われれば信用できるな」

「でしょ」


 涼がうなずいたところで、香が自分のスマホを操作して、ドローンを動かす。


 追従の仕方などはいくつもの命令(コマンド)コードを組み合わせて構築するのだが、それは今日までの間にあれこれ試作してきて一応の完成をさせてある。


 もちろん、今日の配信で不備があったなら、後日また構築しなおす必要があるが。


 それに何かあれば手動でも動かせる。当然、香はその手動操作の練習もしてきている。


「配信が始まったら原則オレは喋らない。

 お前がエントランスを出たら、オレは荷物を持って外に出る。

 ようするに完全にお前に任せる形になっちまうワケだが……」

「何度も聞いているから大丈夫。うまくやるよ」

「頼んだ」


 香は、大手SNSであるWarbler(ワーブラー)に新しく作ったアカウント『涼ちゃんねる』を呼び出すと、(ワブ)る。


「『13時から初配信をはじめます。よろしくね☆』っと」


 先週アカウントを作り、香のメインアカウントを使って何度も宣伝してきた。

 とはいえ突然湧いた個人配信アカウントなんていくらでもいるから、一週間程度では大してフォロワー数は増えなかったのだが。


 それでも、即座に反応してくれたアカウントがいた。


 大角ディアこと湊だ。

 実は香から、敢えて配信当日までは『涼ちゃんねる』への反応は控えるように頼んでいた。


 その為、さんざん我慢していたのだろう。

 ディアの自分のアカウントから最速でRW(リワーブ)してくれている。


 しかも直後にRW言及で――



【>RW

 こちらは先日シャークダイルから私を助けてくれた涼ちゃんのアカウントです。助けてくれた時はまだ配信活動はしてなかったらしいけど今日から個人配信を始めるようです。お礼はいらないと言われちゃったけどお礼はしたいから配信応援の意味も込めてRWしちゃいました】



 ――そう言ってくれているのは、大変助かる。

 初回だから同時接続数などは最悪ゼロでも構わないと考えていた香としては、大角ディアのファンの一部でも見に来てくれるのはありがたい。


 あちらの事務所とは無関係なのに、ディアから完全な身内的な扱いをされてしまうのは、トラブルの原因になりそうで些か怖い。だが、このくらいなら問題ないどころかむしろ助かるくらいだ。


「そろそろ13時だ。カメラ回すぞ」

「おっけー」

「最初の挨拶のあと、ディアに告知ワブをRW(リワーブ)してくれたコトお礼を言ってくれ」

「うん」


 最終確認と、追加事項を一言添えて、香は手動モードでドローンを涼の正面に動かす。


 そのあと、指でカウントダウンをし、0になると同時にカメラを起動させ、涼へと合図する。


「えっと、こんにちわ。はじめまして。涼といいます。

 配信に関しては右も左も分からない素人の個人配信ながら、最初から見に来てくれている人がいるのは嬉しいです。鶏肉的に」


 最後の鶏肉的に――ってなんだよと、香は叫びそうになって、慌てて口を噤む。


 ツッコミどころこそあるが、いつも通りの無表情に加えて淡々とした口調で、しかもちょっと棒読みというか硬い感じの挨拶。

 若干不安になりながらも香はコメント欄を見ると、挨拶をしてくれている人もいるので、初配信の冒頭としては上々ではないだろうか。


 ディアのおかげか、初手から同時接続数――ようするに今、見てくれている人の数だ――が100を越えているのはありがたい。


:鶏肉に反応して初コメゲット

:ディアちゃんのワブから

:はじめまして

:おなじく はじめまして

:こんにちわ

:初配信がんばって

:涼ちゃんかわいいな

:鶏肉??

:とりにくてき??


 ――まぁ当然、鶏肉にはツッコミが入っている。

 もっとも、ツッコミどころのあるキャラの方が、ウケやすいかもしれないが。


「それと、大角ディアさん。

 配信直前にワブった告知、RW(リワブ)ありがとうございます。

 おかげでスタートから人が見てくれている配信になりました」


 やや棒読みだが、言えるべきことは言えているのでよしとする。

 そんな内心ハラハラしている香とは裏腹に、コメント欄にコメントが増えていっていた。


:ディアちゃんのファンとしてディアちゃん助けてくれてありがとう

:顔見えなかったけどあれ涼ちゃんだったか


「助けた時も言いましたがお礼なんて別に良かったのに……。

 でも宣伝協力はうれしかったです。ありがとうございます。

 もし次にお礼をくれる時は鶏肉でお願いします。フライドチキンとか唐揚げとか」


 世間的には、「お礼にごちそうする」という言葉は、まだ実行されていないことになっている。

 涼がそれを分かって、これを口にしているのかはちょっと怪しいが。


:とりにくwww

:フライドチキンw 唐揚げww

:ディアちゃんの前でも揚げ物フィーバーさせてたなw

:また鶏肉(笑

:涼ちゃん鶏肉好きかw

:淡々とボケたコトいうのクセになりそう


 涼の鶏肉ジャンキーっぷりが、どうやらリスナーの心を掴んだようだ。

 このままメインの探索も最後まで見てもらえれば、固定客になってくれるかもしれない。


 自分でも甘い期待だとは思っているのだが、そうなって欲しいと香は思いながら、涼の様子を見守る。


「ええっと……それで今日の探索ですが……。

 東京多摩市にある多摩川の中州ダンジョンです。

 それこそ、今話題に出した……以前大角ディアさんを助けたダンジョンですね」


:あそこかー

:川底みたいな雰囲気キレイだよね


「そして探索の目的ですが」


:ほう

:なんだろ

:なにを倒すの?

:素材探し?


「シャークダイルの寝顔を撮影してこようと思います」


:は?

:なんて?

:まって

:どういうこと?


「みなさんに、実は可愛いシャークダイルを見せたいです」


:まってまってまって

:かわいいのかアレ

:ディアちゃん食べようとしたデカイのだよね?

:めっちゃ怖そうだけど

:かわいい とは

:黙って見てるつもりが気になりすぎてコメしてしまった


 今まで黙っていた人たちまでコメントを投げ始めたので、初動の手応えは悪くなさそうだ。


「じゃあモカP、ダンジョン探索に行ってくるから。

 配信関係のサポート、ダンジョンの外からよろしく」


 涼がそう言ってエントランスから奥へと向かう姿に手を振ると、香も真面目な顔をしてダンジョンの外へと向かうのだった。


【Idle Talk】

 大角ディアは、配信動画内でコメントせずに、自分のWarbler(ワーブラー)のタイムラインで、実況気味に(ワブ)っている模様。

 『涼ちゃん可愛い』『鶏肉で餌付けしたい』とか。


 すでに餌付けには成功しているのでは? という疑問が湧いた白凪さんだったが、敢えて何も言わずに黙っている。


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