文化祭の終わり
文化祭の終わり
「文化祭実行委員からお知らせです。間も無く文化祭の終了時刻となります。ご来場いただきありがとうございました。また来年度のご来場を心よりお待ちしております。」
校内アナウンスを文芸部の部室で聞いていた自分は両手を天に伸ばす。なんとか部誌は完売した。二日間働き詰めだった体はゴキゴキと悲鳴を上げる。すると部室の扉が開き、聞き慣れた声がする。
「おや、進藤か。昨日、今日とご苦労だったな。おかげで100部完売とは部長として誇らしいよ。」
長い艶やかなストレートヘアを靡かせると、皇部長は口元を軽く綻ばせた。普段は白雪のような肌に怜悧かつ、冷徹な姿から文芸部員からは雪女の異名を取る彼女だったが、今日ばかりは部員を褒める日らしい。
瞻仰する皇部長から頂いた言葉に恐縮していると、珍しく褒め言葉が続く。
「いや、しかし進藤のクラスの演劇は凄かったな。昨日、噂を聞いて今日の演劇を見てみれば、素晴らしい演技と脚本だ。正直言ってあの才能には垂涎ものだったよ。立ち見客も大勢いたが、皆口を揃えて絶賛していたよ。」
「ありがとうございます。クラスのみんなに皇部長が褒めてたって言っておきますよ。」
「そうだな。しかしあの脚本家は欲しい。確かに演劇部の篠塚香織とか言ったな?彼女は私が置き土産として我が文芸部に勧誘しておこう。演劇部においておくには惜しい才能だ。」
決して冗談を好まない皇部長はおそらく本気だろう。それはバルサからレアルに移籍するくらいの確執と衝突が生まれるのでやめてください。
と諭すと、「ふむ。フィーゴだな。ルイス・エンリケのようなパターンもあるしな。まあ色んな策謀を巡らすのも楽しかろう?まあ、最後の文化祭も楽しかったよ。最後は一人で余韻に浸りたい気分だな。すまんが、部室の片付けは私がする。だから一人にしてもらえないかな?」
皇部長は部室の鍵を自分から奪い取ると、有無を言わさずに追い出してしまった。
廊下に出た自分はどこに行こうかと頭を悩ませた。片付けが始まった校舎内は騒がしく、どこか静かに休める場所を探して歩く。
クラスの片付けは大方終わっている。残った大道具をなくなく破壊してゴミ置き場に捨てる作業も今頃行われているのだろう。演劇の余韻と興奮に浸る中、クラスの中では文化祭での、最優秀賞の受賞があるのではないか?と盛り上がっているようだった。入場者と生徒の投票で決まる最優秀賞は飲食店やお化け屋敷という人気の出し物が常道だったが、今年は何か違うとクラスの生徒も手ごたえを口にしていた。
最優秀賞の発表は後夜祭で行われる。後夜祭は発表後は軽音部、吹奏楽部のライブと決まっており、とにかく騒いで終わるのがこの学校の伝統らしい。
しかし後夜祭は必ずしも参加しなくてもいいということになっているので、クラスによっては文化祭実行委員を除いてほとんどの生徒が帰宅するようなクラスもある。おそらく以前なら漏れなく我が1年2組もその形を取っていただろうが、校舎の外から覗いた1年2組の教室には多くの生徒が残っているようだった。
自分はその輪の中に参加しようかと迷ったが、今は一人で休める方が気楽だと、そのままクラスの方には向かわずに、校舎裏に向かう。駅とは反対方向にある校舎裏近くの通用門には生徒の姿はほとんどない。そこに向かう下り階段の途中に腰を下ろすと、茜色と藍色の混ざる空を見ていた。
もうじき辺りは太陽が沈む。
街の向こうに消えていく太陽は最後に小さく光の粒を弾けさせては、地平線に消えた。
太陽の消えた世界は月と星々が光を増す。
主役の変わった世界は空気も澄んで、より遠くが見える。
街明かりが灯り、その一つ一つに人の物語があると考えるとなんだか自分は感慨に浸っていた。
明日は何事もなかったかのようにやってくる。けれど今日と明日は単なる地続きの1ページではなく、人生の分岐点となる一日になる。そんな気がしていた。
人生における困難はそんな簡単に解決はしない。これからも嫌と言うほど立ち塞がっては、自分を試してくる。
それでも明日を迎える自分は昨日よりも強い覚悟を持って生きていく。人の心に寄り添う自分がいつか、自分なりの花を咲かせる為に。
ぼんやりと街と空を見続けていると、秋の風が背中に吹き込んでは体を冷やす。
反射的にくしゃみをすると後ろから声がかかる。
「大丈夫?一人でこんなところにいるとか病んでるの?」
皮肉混じりに隣に座ったのは弓木だった。
「病んでない。むしろ凪いでた。」
「ふーん。凪いでるというよりは泣いてる人みたいだったよ?背中が孤独背負ってる感じ。」
相変わらず棘が強い彼女の言葉を「まあね。いつも9歳児の背後霊背負ってるから。」と冗談で受け流すと、クスッと笑みを溢した。
そうして彼女は同じ景色を見ると感嘆の声を上げた。
「うわあ‥凄い。こんな景色良いところあったんだね。」
「そうだね。幸運は気づかないだけで、すぐ近くにあるものなんだな。」
神妙な顔で溢したその言葉に目を見開いてキョトンとしている彼女は微かに口角を上げては、肩を合わせてくる。
「進藤はほんと‥ロマンチストだな。進藤の小説まんま。」
そのまま彼女の頭が肩にもたれかかる。長い髪が自分の肩にかかり微かにホワイトフローラルの香りが鼻腔に届く。そうして何も言わずにそのまま時が流れる。
時の流れに雲は穏やかに動き続ける。月の明かりが強くなると、後ろから声がする。
「おい!進藤咲空!」
聞き馴染みしかないその声は目を瞑っていても聞き分けられる。背後からの声に驚いた弓木は気まずそうにスッと距離を取る。
「なんだ?もう仕事は終わったろ?報酬なら今度の休みに奢るし、一日労働権も約束は果たすよ。」
振り向いた先には轟と結城がいた。夏休みに頭部を強打したとは思えないほど元気な轟に、気恥ずかしそうにその後ろに立つ結城の姿は何か言いたげだ。
「その件だが、期限の利益は今日までだ。よって今日、その権利を執行する!」
大仰な言い方だが、要は明日以降では待てない。と言うことだろう。「じゃあ今日でもいいが、今日出来ることなんて限られてるぞ?」と返すと
「問題ない。すぐ終わる。とりあえずこちらに来て跪け。」
どいつもこいつもわがままだなと、ため息を漏らしては、立ち上がってはスラックスの汚れを軽く払う。
仁王立ちの轟の真正面に立ってコンクリートに片膝をついては、轟を見上げるようにする。
「こうか?」
「よろしい。では目を瞑れ。」
「え?なんで?」
「いいから!早くせんか!」
轟の勢いに気押されて渋々目を閉じる。真っ暗な視界の向こうに轟の存在を感じる。風に流された気配は急に自分の額に柔らかい感触がした。
「ん?」
疑問に思って目を開けると轟が「馬鹿もん!目を瞑っておれと言っただろう!」と頭を叩く。
「痛て。分かったけど、今なんか‥。」
「まだ儀式は終わっておらん。ほら、結城!そんなところで突っ立ってないでこっちに来い!」
儀式という謎の言葉に疑問を投げかけようにもそんな暇を与えてはくれない。呼び寄せられた結城は唇を噛んではおずおずと自分の真正面に立った。
「さ、早く進藤も目を瞑れ!」
「分かったって。なんだよもう。」
再び目を閉じると、今度は首筋に結城の手が触れるのが分かった。
数秒の後、至近距離に近づく気配と共に、唇に柔らかな感触がある。
触れたその感触に反射的に目を開ける。すると目の前に結城の姿があった。
少し距離を取っては、恥じらいから頬をほんのりと赤らめては自分と合った目を逸らす。
「よし。これで良かろう。ミッションコンプリートじゃ。」
困惑から腰を地面に着いた自分は「いやいや!何が?!全然意味分からんのだが!!」と声を上げるとニタリと轟は笑う。
「クックック。健康祈願の儀式だよ。南米に伝わる儀式でな、妙齢の女性が健康になって欲しいところに唇をつけるとそこが健康になるらしい。無論私はお前がもうちょっと頭がマシになるように祈願してやったのだよ。」
「なるほど‥って!!それって自分のこと馬鹿にしてる?」
そう言うと轟は鼻で笑う。
「まあそんなところだ。ちなみに結城は進藤の唇の乾燥が治るように祈願したらしい。な?」
「そ、そうかなぁ〜。まあそんなところだと思う‥。」
顔を伏せたままスルスルと後ろに引き下がる。
「なんだそりゃ。」
納得のいかない自分に轟は片手をひらひら上げて校舎の方へと戻って行く。
「ま、とりあえずこれで報酬は頂いたから。後は弓木と二人でご自由にどうぞー。」
「え!ちょっ!ちょっと!話違うよ〜!!轟さーん!!」
轟と弓木、自分を見た後に、頭を抱えては「あー!もう!」と言葉を発すると追いかけるように轟を追いかけて行った。
「なんだったんだ‥。」
全く持って意味が分からないと首を傾げていると、弓木は深い嘆息をつく。
「はあ。まったく鈍いなぁ。進藤!ちょっと手出して。」
自分は言われるがままに手を出すと、弓木は唇を手の甲につけた。
「えっ?」
困惑する自分の顔を見て弓木は純粋な少女のように破顔した。
「進藤の作品好きだよ。今度はメインヒロインと幸せになる物語、作ってね‥じゃあ。」
そう言い残すと彼女は校舎の方に消えて行く。
残された自分はさっぱり彼女達の行動が理解出来なかった。
その場にぼんやりと立ち尽くすと、ふと空を見る。突然吹き付けた西からの風に手を翳しては目を細める。風に乗せて息を吐くと心からの思いが残る。
見上げた空に浮かぶ月は、確かに綺麗だった。
次がラストです!!
創造主が降り立つ‥




