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進藤咲空の文化祭

進藤咲空の文化祭


 校舎入り口に掛けられた白地に黒の立て看板の文字に自分は言葉を重ねる。


「文化祭‥か‥」


 今年の文化祭は開催も危ぶまれるそんな非常事態の年だった。


 在校生の殺人未遂に、教員の逮捕。続け様に起きた不祥事は文化祭の中止という選択肢もあった。


 その中でも中止にせずに開催にこぎつけたのは、在校生を見守ってきた地域住民の方の支持があってこそだ。主に学校最寄り駅の商店街の方々には、苛烈するメディアの取材から生徒を守ろうと見守り活動を強化して頂いた。


 また学校側も文化祭においても不審な人物を締め出す為にあらかじめ外部の来場者には身分証の提出を求め、入場番号を付与すること。生徒の関係者には入場者カードを配布することで一般入場者になりすますメディアを排除した。そんな苦労もあってこぎつけた文化祭は見事なまでの晴天に恵まれた。


 クラスそれぞれの出し物をイメージしたカラフルな立て看板が、校舎の校門から昇降口までずらりと並ぶ。


 我がクラスの立て看板はバラとジャーマンアイリスが印象的に交差するそんな作品をイメージした看板になっている。細部の花弁の表現までこだわって書いてくれた美術部の倉田さんには感謝しかない。


 騒がしく動き回る生徒達は9時から開始される文化祭に向けて最終準備をしていた。自分はと言えば、昇降口の空きスペースに設置された総合案内のパイプ椅子に座しては、目の前に積み上げられたパンフレットの一つを手に取る。


 そしてこの二日間におけるタイムスケジュールからして自由な時間はほとんどないことを自覚しては、深いため息をついていた。


 10時30分から舞台準備、11時から公演開始、終わって片付けを含めて13時、お昼を挟んで学級委員としての生徒会のお手伝い、そして文芸部の部誌販売と、部室での店番。怒涛のスケジュール感に目が回りそうだ。


 二日目こそ、学級委員の仕事の割り振りはないが、そうなれば文芸部の仕事をしろと言われそうだ。というより十中八九そうなる。自分を含めてわずか6名の少数精鋭の文芸部はとにかく人手が足りない。


 部誌は文芸部の活動資金において重要な存在であり、存在意義でもある。それをとにかく売らないことには話にならないのだ。目標100部完売という高い目標を掲げた文芸部部長の皇花蓮先輩は高校生を対象とした小説コンクールで金賞と取るというちょっとした有名人だが、皇先輩はその物語もさることながら、その厳しさも一段と凄く、文芸部員達はその恐怖政治に震え上がるほどだ。


 というのは些か過言であるかもしれないが、それくらい今回は文芸部としても気合いが入っているという事なのだ。


 その気合いに乗らないのも忍びない自分は、なるべくなら三年生の最後の文化祭を良い思い出で終えて欲しいという思いも多少なりともあり、なるべく部誌の販売促進の宣伝も請け負う約束をしてしまった。


 結果的に自分の首を絞めたのは自分自身なのだ。10時20分までの時間はこの場所でパンフレット配布と、道案内をこなし、他クラスの学級委員が交代に来るのを待つ。9時になってぞろぞろとやってきた来場者はパンフレットを手に取ると、思い思いの場所へと向かっていく。


 この時間帯は生徒の保護者や近隣の住民の方が多い。午後になればうちの高校を志望する受験生や生徒の友人などが来るのだろう等と推察していると、校門の方が何やら騒がしい。


 同じ時間帯を担当する隣のクラスの学級委員、鈴代にしばらく総合案内を任せては外に出る。すると人だかりと共に大きなカメラを持つ人、そしてマイクを片手に入場者に取材をしようとするテレビクルーやディレクター。キー局のテレビ局が5人も押し掛けていたのだ。


 あろう事か、文化祭実行委員の腕章を付けた生徒が取材をやめるように進言しようとすると、彼らは生徒にカメラとマイクを向けた。


「東美優さんのことはご存知ですか?今回の事件について何か知ってることあれば教えてもらえませんかね?それとも感想だけでもいいんです。人を刺すという事件が同じ学校の生徒によって引き起こされたことについてどう思いますか??」


 興奮したように矢継ぎ早にぶつけられる質問に困惑した生徒は明らかに対応に苦慮していた。


 それを見た自分はカメラマンに体当たりしてはカメラを壊して追い払おうかと、危ない考えが浮かんだ。


 まるで一昔前の学生運動ばりの実行力で、「革命!」と書いたヘルメットでも身に付けて、金属バットを持って出ていけば盛り上がりそうだ。


 暴力学生現る!野蛮な考えを育成する学び舎の真実!


 というタイトルの見出しが容易に浮かぶ。


 これはダメだな。


 と頭を振っては、ここは穏便に助け舟を出そうと人だかりを避けて近づいていく。


 すると昇降口よりも校門に近い職員入り口から教師が出てきた。やる気のない副校長は責任者として出てきたのだろうが、もう一人は意外だった。


 我がクラスの担任、鞍馬光だったからだ。いつもシニカルな笑みと、省エネな行動、時折り見せる大人の狡い部分はこう言った闘争には向かなそうだ。それでもいつもと変わらない冷静なその視線はマイクを向けた取材班に冷徹な笑みを浮かべた。


「ごめんなさい。どこの方ですか?取材許可取られました?」

 

 その言葉にメディアは自信満々に「ああ、ここの先生ですね!丁度良かった。今回の事件に関連して同僚の方も逮捕されてますよね?どういった方でしたか?やはり普段から生徒に対して不審な行動を取っていたのでしょうか?」


 鞍馬の言葉を無視して質問をぶつける取材班に対して、目を細めて微笑む。


 その視線は確かにマイクを向ける男に向いてた。


「あのー聞こえませんでした?許可取ってますか?取ってないですよね?ここは文化祭に参加される方が通られる場所です。あなた方のような方が横柄に占拠されては困ります。」


 明らかに怒気を含んだその言葉に先程までの余裕の表情から一気に剣呑な雰囲気に変わった。


「あの、お言葉ですけどね。おたくの学校どうなってるんですか?人殺そうとするような生徒、未成年を脅迫するような淫行教師、こんな問題だらけの学校が、こんな呑気に文化祭やってていいんですか??真相究明して、被害者の救済と、再発防止対策するのが最優先でしょ!」


 正論を言っているという自信と自負から男は鞍馬に詰め寄る。それに対して鞍馬は普段は見せない鋭い視線で睨み付ける。


「そうですか。真相究明、被害者救済、再発防止対策、どれも重要なことでしょう。しかしそれは私達大人がやるべきことです。生徒達には関係ありません。生徒達は文化祭に向けて一生懸命準備してきました。たかが文化祭という方もいらっしゃるかもしれません。」


「それでも彼ら、彼女らの大切な思い出に必要なのです。高校三年間しかないその中で、学業以外に学ぶ、貴重な機会をどうか奪わないでください。それとも、あなた方には生徒の貴重な思い出を、奪う権利があるのですか??」


 鞍馬の言葉に取材班は反論することが出来ない。悔しさに顔を歪ませていると、鞍馬は畳み掛けるように「どうぞ、お帰りください。」と手で示す。


「じゃあいいです。後で教育委員会と学校宛に文書で質問状送るので、回答お願いしますね。」


 そうして苛ついたように男は捨て台詞を吐く。「はっ、こんな時にお遊びやってるなんてどうかしてる。」


 鞍馬は無言で撤退するテレビ局の取材班にお辞儀すると校舎に戻る。


 副校長とやり取りの内容を話しながら鞍馬はいつもと変わらない様子だった。自分はその一連のやり取りを見ていて、鞍馬光という教師を誤解していたように思えた。


 やる気のない、生徒任せの割には都合の良く介入する狡い先生。その印象だった鞍馬の評価は、意外に生徒思いな一面もある。と書き加えられていた。

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