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事件の余波

事件の余波


 私は学校を休み、巧の病院に向かった。麻酔の切れた巧は元気そうな顔で、病室には入った私を見つめた。


「お姉ちゃん!」


その変わらない声に安堵する。


「良かった‥本当に良かった。」


「何?泣いてるの?大丈夫だよ。幸い先生からも後遺症はなさそうだって。それに刺されて生きてたって人生で自慢出来ること増えたよ!」


「バカ‥」


 泣き顔を隠すように巧の頭にチョップを入れる。


「いて!」


「まあ、とりあえず一カ月くらいは入院生活らしい。あー。この間に勉強出来ないのは痛いなー。」


 巧の白々しい言葉に私はにやりと笑う。


「大丈夫!明日にでも勉強道具とか持って来て貰うから!なんか私の友達の知り合いって人が色々助けてくれるって。入院費用も負担してくれるから安心して!って!」


 すると訝しげにこちらを見ては疑いをかけてくる。


「ねぇ。その友達の知り合いって大丈夫な人なの?なんかあまりにも都合の良い人過ぎない?後で肝臓よこせ。とか言ってこない?」

 

 疑り深いその言葉に私は思わず笑みを溢してしまう。そもそも肝臓をよこせなんて言ってくるのは漫画の中だけだろうに。そう言った発想が出てくるのは中学生だなと微笑んでしまう。


「大丈夫!轟は信頼出来る友達だし、その知り合いの人も結構有名な会社の社長さんみたい!電話だけど、話した感じ悪い人ではなかったよ。」


 ふーんと鼻で返事した巧は視線を反対に向ける。


「あのさ、俺を刺したあの人、お姉ちゃんの友達?だよね‥

 あの人は大丈夫だったの??」


 複雑な感情を隠すように横を向いた巧に、私は美優との関係を話した。そして彼女が今は集中治療室で意識不明の状態であることを伝えると、力無く「そうなんだ‥」と答えるだけでそれ以上は質問してこなかった。


 私は巧に謝った。すると巧は「お姉ちゃんが謝ることないよ。」と目を伏せて言った。


「あのさ、お姉ちゃん来週文化祭でしょ?必ず出てね。俺のこと気にしてやめるとか絶対しないで。お姉ちゃんの人生はお姉ちゃんのものなんだからさ。」


 私は「分かった。」と短く答えると巧は安心したようにまた目を閉じた。


 あの日起きた事件は想像した以上の影響を及ぼしていた。私を脅していた生物教師、柴田は東美優への脅迫や青少年保護育成条例違反として逮捕される事態となっていた。


 おそらく轟の仕業だろうが、私が脅されていた事実などは上手く書き換えられていたらしく、私は蔑むような視線を受けることはなく、世間の反応はむしろ同情的であった。


 それでも私の過去が週刊誌のネット記事に載せられると、私の周囲の反応は腫れ物に触るような扱いで見つめる者も多かった。それでも変わらずに接してくれる者もいた。


「芽衣ちゃん!!」


 授業の合間、いつものように自席でスマートフォンを見ていると、机をバン!と両手で叩いてはこちらを真剣な眼差しで見つめてくるのはかなみだ。


「ど、どうしたの?そんな血相変えて‥」


「そ‥その‥ちょっとだけ‥ツラ貸して。」


 引き攣った顔に感情を押し殺したその目は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。そしてツラ?という彼女の普段の言葉遣いからは想像出来ないほど物騒な雰囲気に気圧されて、私は黙って頷くと、3階と2階を繋ぐ踊り場に連れ出された。


 深く深呼吸をして心を整えると、彼女は神妙な面持ちで口を開く。


「芽衣ちゃん‥大事なこと‥私に隠してるよね?」


 真っ直ぐに向けられた視線に私は思わず目を逸らす。かなみに言われたことで、いくつかの事が頭をよぎる。


 借りた少女漫画に出てきた女の子が可愛過ぎていけない大人な想像をしてしまったこと。


 もちろん汚れないように配慮したので、シミひとつ残っていないはずだ。


 それとも一緒にお弁当を食べている時にこっそりかなみの好きな卵焼きを盗み食いした事だろうか。


 あの時の私はどうかしていた。なんて卑しいことをしたのかと反省している。


 そうか!私は肝心のことを忘れていた。借りたマウスウォッシュをそのまま借りパクしようとしていたことだ。


 キスに備えてお互いにマナーは必須。ということでかなみからマウスウォッシュをシェアしようと渡されていたのだ。これは言い訳なのだけど、残りが少ないそのマウスウォッシュをわざわざ返すのも面倒だし、なんなら新しい物を買って返そうかと思案していたのを忘れていたのだ。


 私は顔の前で手を合わせると「ごめん!」と頭を下げる。すると彼女は血の気が引くように顔が青ざめる。


 そうして後ろによろよろと引き下がると、項垂れて壁にもたれかかる。


「そ‥そうなんだ‥あ、そ、そっか‥あはは‥いや、そっか‥。」


 予想以上の狼狽えぶりに私の方が動揺した。そんなに大事なマウスウォッシュだったのかと、私は確かバックに入れたままだったと記憶を辿った私は「だ、大丈夫!!すぐ返すから!」と彼女の両肩を持つ。


 すると彼女は目をぎろりと光らせて、怒りと軽蔑の視線を向けてくる。


「か、返す?親公認の関係で‥返す?芽衣ちゃんの進藤君への思いはそんなのものなの?所詮物の貸し借りみたいなものってこと?」

 


 そこで私はようやく話が繋がった。決定的で核心的な部分において大きな誤解がある。私は慌てて誤解を解く為に話をした。進藤家には確かに今は居候状態だが、しばらくしたら轟家の方に移ること。進藤とは友人関係に過ぎず、まったく持って健全な関係であり、彼やその家族が雲心月性(うんしんげっせい)の人達であったことを必死に伝えた。


 すると彼女は耳まで紅潮させるほどに顔を赤らめては、両手で顔を隠した。


「ご、ごめんなさい。また人の噂を信じるなんて‥ほんと恥ずかしい‥」


「いや、私こそごめん。あんまり心配かけたくなくて‥それでもちゃんと伝えるべきだったよね。本当にごめんなさい!」


 深く頭を下げた姿に彼女は抱き付いてきた。ふわりと香る彼女のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。


「いいの。全然。私も芽衣ちゃんに遠慮して全然事件のこととかも聞こうとしなかったし、言いたくないこともあると思ってたから‥そうだ、なんなら轟さんの家、私も一緒に泊まる!文化祭前に決起集会開こ!」


 太陽に照らされたような屈託のない笑顔に私は拒否するわけもなく頷く。


「分かった。轟に聞いてみる。」


「絶対だからね!」


 悩みが晴れた彼女の顔は天使のように可憐で、尊く感じた。

 

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