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東美優の深淵

東美優の深淵


 なぜなの?

 

 なぜこうなるの?


 私の人生はこんなことばかり。


 私は人生の選択を間違えてきた。幾重にも連なる幸運の糸を断ち切っては後になってぼろぼろになった糸を見て思うのだ。


 私の幸運はここにはなかったのだと。そう思い込むのだ。

 

 私の間違いは私のせいであって、私のせいではない。そう思わなければ私は私の心を守れないから。


 闇に食い潰された私の心は快楽によってしか救われないのだ。人の不幸という快楽が私の唯一の救いであり、この世で最も愛すべきものなのだ。


 人が不幸であることは、私より幸せでないと言うことだ。


 相対的にであってもその他者が私よりも低い位置にいることは、私の心の水を満たす。


 例え満たされた水が酷く汚れていても構わないのだ。


 己の渇きを満たすのに、その水が酷く汚れていようとも、人はその渇きには抗えない。


 汚れた水を啜り己の体を破壊しようとも、目の前の衝動を抑えることなど出来ないのだ。


 今を思えば、私は幼い頃から歪んでいたのかも知れない。


 他人の物が欲しい。


 人が羨む物が欲しい。


 人より優れていると認めて欲しい。


 それは人が本来的に持ち合わせている欲望、羨望、承認欲求という概念に近いようで、私のそれは決定的に違うところがあった。それは他者を支配したいという感情が私の中に根本に流れていることだ。


 しかし、私は父と母をコントロール出来なかった。幸せそうな家族という演出を私が支配することで作り出せなかった不満を、他の他者へと向けた。


 他者を支配するコツを学んだのは小学校の担任教師が大いに役に立った。彼は体育大学を卒業した新任の教師で、根っからの体育会系であり、その直情的な性格は御し易いことこの上なかった。自身を遥かに超える背丈と筋肉を持ち、か弱い少女など容易く汚すことが出来る立場にありながら、そうはさせずにジワジワと、まるで餌を前に待てを命じられた犬のように脳を支配していく。


 これが愉悦と言わずになんと言うのだろうか。私はこの上ない快楽をそこに見出した。


 他者を支配するには主に4つのパターンがあると知った。一つ目は好意だ。人から好意を持たれることで、その人間への要求は通りやすくなる。最も安全かつリスクが少ない。次に衝動の誘引だ。生理的衝動などを刺激してやることで、その行動を支配していく。そして罪悪感だ。罪悪感に苛まれた人間は己の自己肯定の為に他者への依存を高める。


 罪滅ぼしという免罪符を盾に己の悪を肯定させるのだ。最後は恐怖だ。自己の保全という人間の本質的な行動原理を利用して、自身の身の安全の為に行動するように仕向けるのだ。そうして支配を強めていく。私はこのパターンの手法や強弱を組み合わせて支配する。


 しかし初めての成功体験も小学生時代だったが、初めての失敗体験もまた小学生時代だった。一対一の関係性なら私の手法はほとんど間違いを犯すことはなかった。そもそも私自身が、人よりも容姿が優れているという自負もあったし、そのおかげで、好意による支配も成立させやすいと感じていたからだ。だが、それは同時に諸刃の剣であることを知った。


 嫉妬。


 それは他人を羨む気持ちと共に人を妬み、憎しむ、悪感情の種だ。それは芽吹いた途端に人の善性を破壊して、人をより凶悪で醜悪にさせる。


 私は失敗した。


 当時クラスの中、いや、学年の中でも断トツに人気を持っていた柊透也を籠絡しようとした。


 誰もが羨む人間を支配する愉悦。それを手に入れることは私の中の喜びに繋がる。


 しかしそれは同時に他者の幸福の可能性を奪うことだった。幼い私は集団での利益の奪い合い、多数の人間の感情が作り出す混沌に対して無知であった。


 それ故に一種の抜け駆けという集団規範を逸脱する行為を取った。それはおそらく一対一の関係性ならば何も問題はなかった。しかし社会は、殊に学校という閉鎖的な集団の中では集団規範を乱す者は排除される運命にあることを、私は身をもって知った。


 そこから私は考え方や手法を練り直さなければならなかった。


 いかに集団の論理において、自身の身を守りつつ、より効率的かつ安全に支配するかを私は考えた。


 その中で見つけたのは、集団を忌避する者、集団から外された者に狙いをつけた。


 彼らは一様に孤独を抱えている。孤独を抱えている人間は容易く何かに依存する。


 人や物、彼らが欲しがる物を与えてやることで、私は支配を達成した。それでも私は集団から排除されることはない。


 なぜなら彼らは最初からいない人間なのだから。


 いない人間を見つけようとする。そんな物好きな人間は滅多にいない。


 集団はその内側の構成員に注目をするが、その外側の人間に対してはとんと関心が薄いのだ。


 何か外部の集団に攻撃されるなどの事態が起きない限りは、集団は常に内部にのみフォーカスがあたるだけで、それ以外には興味がないのだ。


 それを理解した私は大いに支配のスキームの練度を高めていくことに成功した。


 そして気づいたのだ。


 もし集団に支配したい人間がいる時はどうすれば支配できるのか。


 その答えは存外簡単に出た。


 集団から排除されるように仕向ければいいのだと。


 私はやはりというか、美しい者への憧憬が大いにあった。


 それは小学生時代の柊透也に対してでもあったし、中学時代においては、その対象は弓木芽衣へと変わって行った。


 しかし大きく異なるのは彼女は鼻から孤立的であったことだ。当初支配することは容易く、すぐに目標は達成されるかに思えた。しかし彼女は孤独でありながら、自立心が強い人間であった。要は人間強度とでも言うのだろうか。非常に固いその殻は簡単に破ることは難しいと感じていた。


 悩みや苦しみを人に見せるという弱みを見せてこない。彼女は想像した以上に手強い相手だった。


 それ故に私は彼女をより深く知る為にも情報収集が必要だった。そして調べる過程で、私は何人かの人間を籠絡し、支配し、そして利用した。


 特に大学生の加賀進也は非常に使える駒だった。


 情報通信に精通しており、スマートフォンにマルウェアを仕込むことで、弓木芽衣の情報を簡単に手に入ることが出来るようになっていた。


 彼女が金銭に困り売春をしていることを知ったのはこの時だった。

 

 それを知った私は心の中でどうしようもない興奮と歓喜が渦巻いたのを覚えている。


 清廉潔白のような顔をして、裏では男を相手に体を売って金を稼ぐという醜悪さ。


 そのあまりの落差により彼女の魅力に取り憑かれた。


 その情報をもってして、彼女を貶すことも可能だったろう。しかしそれはしなかった。


 なぜならそれをリークしたところで処罰されるのは大人で、彼女はむしろ保護される。


 公的機関により支援され、彼女は私の支配下に置けなくなる。そう考えた私は一計を案じた。


 以前から籠絡していた柴田を使い彼女を精神的、肉体的に追い詰め、更には加賀を使い、ガセネタをばら撒くことでクラス内での孤立を促した。


 ここまでは順調であったが、誤算は起きた。進藤咲空、轟舞、あの二人は私の計画の邪魔をしてきた。夏休みに入ると、轟舞は加賀の築いた監視網を破壊するばかりか、逆に私達が監視される立場に追いやられた。


 しかしそれで諦める私ではない。柊の籠絡に失敗した私は窓から覗いた彼の姿に、私は勝機を見出した。彼は本当に私のことが好きなのだと。するとすぐに良い考えが浮かんだ。

  

 あの日は台風の接近に伴い大雨だった。河川の増水による洪水警報も出る中、私は轟舞を自身を監視するGPSを逆手に取って誘き出した。


 まんまとやってきた轟の後頭部を石を詰めたバックで殴打すると、彼女は上手くブロック塀に頭をぶつけて気を失った。私はここで柊を利用した。


 ストーカーが家の外を彷徨いている。助けて欲しい。そう願い出ると、彼は大雨の中私の近所までやってきては倒れた轟を見つけては、通報した。それは私の中では思惑通りだった。


 しかしそれと同時に時間的猶予はほとんどないことは明白だった。轟にはほとんどの情報が知られていると、加賀は言い、彼は自己保身の為にこの計画から抜け出たいと言い出した。私は彼を引き留めることはしなかった。


 やめたいやつはやめればいい。


 その代わりに裏切り者には相応の罰を与える。


 しかし彼にはまだ生きてもらう必要があった。私のスケープゴートにする為だ。そう私の罪は加賀や柴田に押し付け、そして私は可哀想な少女を演じる。


 それでこの計画は終わる。それでもなお、最後は私の手でやらなくてはいけない。


 最大の裏切りと、屈辱を与えた弓木芽衣は、その全ての

責任を負わねばならない。


 写真に突き立てた刃は真っ直ぐに彼女の心臓へと向いている。


「許さない‥絶対に‥お前は‥私のものだ。永遠に‥」

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