別れ
別れ
進藤から教えてもらった情報は私にとってはにわかに信じられない情報だった。その現実を受け止めるにはそれなりの覚悟が必要だった。それでもあの日見た虹はきっと彼女の心にも届くと信じていた。
いつも通りにスマホで彼女に連絡を取り、いつもと同じ緑ヶ丘公園を指定する。秋の気配を感じる夜はいつもよりも空気は凪いでいた。
東屋のベンチに座る彼女は白いTシャツにフレアスカートというシンプルな格好にスマートフォンを片手に持っていた。
スマートフォンの光が彼女の顔を薄暗く闇の中に浮かび上がらせる。
「ごめん。待った?」
いつもと変わらない調子で声をかけると、彼女は普段通りの笑顔を返してきた。
「ううん。大丈夫。でも芽衣から話があるって珍しいね。どうしたの?」
いつもなら彼女の隣に腰を下ろすところだが、私は彼女の隣には行かずに、東屋の端で止まった。微妙な距離感に彼女は首を傾げて立ち上がる。
「ほんと‥ごめんね。今まで怖くて言えなかった。私の中の気持ちが、ほんとはそうじゃないってことを‥。」
その言葉に察しの良い彼女はあからさまに表情を曇らせる。そして冷たい視線が私の体を突き刺す。
今までの私の行為を、業を、断罪する処刑人のように彼女はぎょろりと目を剥いた。
「ねぇ。いい加減にしてよ。何が言いたいわけ?はっきり言ったらどうなの?それとも何?私から言わせたいわけ?」
相手の強い口調に怯まないように私は手に力を込める。自分の意思がぶれないように固く握った拳は自分を鼓舞する為でもあるのだ。
「私はね‥本当は美優のこと‥好きじゃない。全部自分本位だった。寂しかった。苦しかった。それを分かち合える人が欲しかった。誰でも良かった。たまたま現れた美優を都合良く利用した。それが私の本性なのに、それを隠して、騙して‥本当にごめんなさい。」
私は彼女に対して頭を下げた。それが私の精一杯の誠意だった。全ての原因は私だったのかもしれない。
曖昧な態度で気持ちを繋ぎ止めておくことで、彼女が傷つくことを知っていたのに。
「くふっ、ふふ、ふははははは!!!!」
彼女は私の姿を見ては抑えきれなくなったように哄笑し始めた。聞いたこともないようなどす黒い声はおよそ今までの彼女の声と同じとは思えなかった。
「うわーーーーーーーーー!!!!!」
公園内にこだまするような笑い声は突如感情が切り替わるように叫び声をあげる。デモニッシュな彼女の声は息を吐き切るとピタリと止まる。
暗闇に染まった彼女は髪を掻き乱し、その姿は酷く窶れては厭悪の感情を剥き出しにしてはこちらをギロリと睨む。
「おい!このかまとと女がよぉ!!いやあばずれ女か?あ?何今更純情ぶってんだよ!!こっちは知ってんだよ!おめえが、汚え大人相手に売春してたことも!裏でコソコソ嗅ぎ回ってたこともよお!!」
「ずるいよなぁ、自分だけが不幸みたいな面しやがってよ。綺麗な面をもっと苦痛にゆがませろよ!もっと苦しめ!もっと不幸になれ!もっと汚く、見窄らしく、ボロボロになって、私の気持ちを満たせよ!お前の苦痛が欲しくてたまらないんだよ!!」
ルナティックなその言動に全身が粟立つ。目の前にいる彼女は私の知る彼女ではない。
でもその姿は彼女の本当の姿なのかもしれない。私が目を背けてきた彼女の姿は酷く醜く、そして脆い。
「そっか‥知ってたんだね。じゃあやっぱり噂をばら撒いたのも美優がやったんだね?それも他に協力者を使って‥なんでそんなことしたの??」
その言葉にこちらを見ては不敵に口を綻ばせる。
「なんで?なんでだと?可笑しいな、可笑しい。やっぱりお前は可笑しいやつだよ。言ったろ?私はお前に不幸になって欲しいんだよ。」
「綺麗なものが汚れてく。綺麗なものが壊れてく。その姿がたまらなく美しく愛おしいんだよ。絶望に染まるその不幸な面が、私は好きで好きで好きで好きで、だーい好きなんだよ!!お前をいたぶるのは楽しかったよ。どうして柴田がお前の秘密を知ってたと思う?私が!私が教えたんだよ!あのキモおやじ喜んでお前のこと犯したろ?まったく笑える!本当に可笑しくて気が狂いそうだった〜。」
恍惚の表情を浮かべては身悶えしてはこちらを嘲笑する。その姿を見て私は彼女に対する同情心を捨てることが出来ると、どこか安堵していた。これでいいんだと、自分自身を納得させることが出来ると。
「そうなんだね‥。私はさ、美優のこと許せない。けど、美優のことを憎んで生きていくのは嫌だ。だから美優とはこれで終わり。もう一切関わらない。それに美優のしたことを警察に言ったり、裁判をする気もない。でもね、もし、また同じようなことを私や、私の友達、家族にするようなら今度は容赦しない。絶対に罰を受けさせる。」
すると途端に彼女は顔を能面のように無表情になる。壊れた操り人形のように首を左右に動かす。頬には涙が伝う。感情が横溢し、崩壊した彼女は両膝から崩れ落ちた。
「さようなら。もう会うこともないと思う。」
背中を向けた私は、彼女のことは見なかった。そして街灯の光る公園を歩く。背中に感じる彼女の気配は遠ざかる、それでも私は前を向いて歩く。選んだ選択を後悔しないために。
この別れでどうなっていくのか‥
次回は必読です!!




