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喧嘩するほど仲は悪い

喧嘩するほど仲は悪い


 「ねぇ、弓木さん大丈夫かな。とりあえず本村さん達は私が様子見るから、進藤君は弓木さんの様子見てきてくれない?」


 結城にそう言われた自分はまだ校内のどこかにいるはずだと探してみる。ふと4月の出来事を思い出した自分はあの屋上へと向かう。


 あの時と違って扉は閉まっていたが、なんとなく鍵が開いている気がしていた。そのままドアノブを捻り扉を開けると、夏の風が吹き込んだ。その先にはやはり、彼女の姿があった。しかし今日は立ち竦むのではなく、しゃがみ込んでいた。


「あのー弓木さん?」


 そう言葉をかけられた彼女は眉間に皺を寄せて睨み付けてくる。


「何?またあんた?暴力は悪いから謝れ。とか言いに来たの?」

 

 その口振りからして彼女も平静を装っていた割にはかなり頭にきていたらしい。


「いやそんな事は言わないけど、単純に頬痛かっただろうなって。心配になってさ。それに向こうには先生も結城さんも付いてるし‥だけど弓木さんは一人でどっか行っちゃうからさ。それで余計に‥。」

「ふーん。別に痛くなんてないよ。こんなの普通だし。まあ、前からムカついてたから、一回引っ叩いてやろうとは思ってたからそれはスッキリした。」

「そ、そうなのね。」

「ねぇ、知ってる?あの本村って女、クラスの柊透也が私と話してたってだけで、私があの男が好きだとか、付き合ってるとかあらぬ噂を撒いては勝手に嫉妬して私を外そうとしてたわけ。そのお陰で私はまんまと一人で楽しく学校生活送ろうとしてたら、あの女が突っ掛かって来たってわけ。ほんとマッチポンプもいいとこよね。」

 

 その噂は確かに聞いていたし、それもあってか弓木は孤立してたのは理解出来た。しかし柊透也は確かにかなりのイケメンで、クラスの中でも人気の生徒だ。


 おまけにサッカー部で一年にしてレギュラーというモテる要素だらけの男で、性格もかなり良い。なんと言うか心持ちが良いやつである。学校一の美人とイケメンのその二人が付き合っている。と噂が流れてもおかしくないのは理解できる。しかし当の本人からすれば迷惑この上ないことだろう。


「そうだったんだね。なんか‥色々大変だったね。」

「大変?大変ねぇ‥なんかさ、進藤って普通で良いよね。羨ましいよ。なんか何か起きても、大変。って言って済みそうな事しか起こらなそうだし。」

「え?あ、まあ。そうかな‥。」


 愛想笑いと苦笑いを綯い交ぜにした自分は自分の本当の感情を誤魔化していた。


「まあ、学級委員なんて面倒な仕事押し付けられてもとりあえずはやるあたりは馬鹿真面目だなーって思うけど。」

「まあね。それが取り柄でもあるし。」

「しかし今度は屋上に逃げるのやめようかなー。また進藤に見つかると嫌だし。」


 そう言って立ち上がった彼女はわずかに口元を綻ばせた。しかし自分は彼女の言葉がどうしても気になった。


 大変。


 そう言って済むならまだマシなのかもしれない。


 弓木芽衣にとって自分は普通の人生で普通の生活を送っている。そう思っているに違いない。だけど、自分はその言葉が引っかかって抜けずにいた。


 自分は帰ってからも彼女の言葉の意味を考えていた。夕飯を食べ終え、風呂や学校の課題も一通り終わらせた。なんとなくベッドに横たわり、そのまま寝てしまおうかと考えても、何故か思考は止まらず、ぐるぐると回っていた。


「普通で良いよね。」


 そう言われた自分は何故か自分の人生が否定された様に感じたのだ。自分の実の父は既に他界している。その後今の父と母は再婚した。もちろん両親共に公務員の市役所勤務。普通よりももしかすれば恵まれた自分は普通という言葉にどこか違和感があった。


 実の父は弁護士だった。刑事事件を専門にする弁護士で冤罪と戦う、自分にとってはヒーローみたいな父だった。でも父は自らが弁護した被告人が責任能力がない事を理由に無罪を勝ち取った後、新たに殺人事件を起こした事をきっかけに世間からバッシングを受けるようになった。


 犯罪者を野放しにした男。


 悪の手先。


 人殺し。


 そう言ったことに耐えかねた父はある日、自殺した。忘れることの出来ない6年前のあの日。父はいつもと同じ様に事務所に出勤した。自分も小学校に行き、いつも通りの授業、いつも通りの友達、いつも通りの風景。


 家に帰った自分はまず玄関に父の革靴が出ていることに気づいた。靴は身だしなみの基本。といつも丁寧に磨いていた靴も、最近は光沢を失っているようだった。「お父さん?いるの?」と何気なく家の中に問いかけるも声は返ってこない。


 2階にいるのかな?とランドセルを背負ったまま2階に上がり、自分の部屋に行く。ランドセルを置いて、隣にある父の部屋をノックする。


 普段なら父の優しい声が返ってくるはずが何も返事はない。気になった自分はそのまま扉を開く。扉を開けても部屋の中に父は見えなかった。まだ帰ってなかったのか。と扉を閉めようとした時、ふといつもは閉まっているウォークインクローゼットが開いていることに気づいた。


 自分は中に入って扉を閉めようと近づいた。すると、だらりと垂れた足が伸びており、視線を上に上げると中にはクローゼットの鉄パイプに紐を括り付けて首を絞めた父の姿があった。


 自分は酷く驚いて尻もちをついた。


 力無いその姿に既に生気はなく。


 息絶えていた。


 それでも自分はすぐに救急車を呼んだ。しかし救急車を待つその間に力無くぶら下がっているだけの父を下ろしてあげることが出来なかった。


 怖かったのだ。


 今までの父とはまるで違う人物がそこにいるようで、とても自分の父とは思えなくて、そこはかとない死への恐怖で近づくことが出来なかった。


 葬儀が終わって残された遺書を初めて見た。母にあてた手紙と、妹にあてた手紙を見る。そして最後に自分あての手紙を開く。父から残された言葉。咲空へ。と強い力で書かれた文字の後に、


「人の心に寄り添える人間になれ。強くなくていい。いつか咲空の花を咲かせてくれ。」


 その言葉の重みに、自分の心は強く締め付けられた。


 あの日を思い出しては自分は普通とは何かを考えていた。一般常識、条理、社会通念上相当とか、普通である事の基準はたくさんある様に思えるけれど、その解釈はそれぞれ異なり、互いの普通を押し付けあってるような気がしていた。


 あの時彼女に「普通で良いよね。」と言われて反論するでもなく、誤魔化してしまう自分はやはり弱いのだと、自覚した。そして彼女もまた普通の呪縛に囚われているように思えた。


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