みんなでやろう!
みんなでやろう!
4人での会議の後、夏休み期間中の文化祭準備に向けて役割決めのホームルームが行われた。演目がオリジナル脚本でタイトルは「二つの花」に決まったこと、脚本や演出が篠塚さんになったことに異論や反対は出なかった。
加えて学校から支給される予算では足りない可能性が高いということで、一人300円の徴収をする予定である事を伝えると、一部の生徒から不満の声が聞かれたが、ここで担任の鞍馬が5000円をポケットマネーから支払う事を進言したことで、一人当たりの費用負担は150円となり、不満を表面していた生徒は溜飲を下げた。
ここまでは割とすんなり決まり、残りの項目を決めていく。大道具は篠塚さんの事前の根回しもあり美術部の倉田さんが、衣装に関しても自分がダンス部の三人にそれとなく依頼したところ、思ったよりもすんなりと受け入れてくれた。それぞれが予定通り挙手にて立候補し、拍手にてクラスメイトから承認されると、議題は配役に移った。
しかしこれが大いに難題であった。配役に関しては篠塚さんの希望があったものの、事前に立候補をお願いするような根回しは行わなかった。事前の練習時間や当日の負担を考えると自主的にやりたい人を優先すべきという考えで、4人の中でもある程度共通理解として出来ていたからだ。
無理強いするのは良くない。
もし立候補がいなければそれはまた考えようと楽観的に先送りした結果、結城と西園寺の二人以外はやはりと言うべきか希望する生徒はいなかった。
これを受けて篠塚さんは今まだ時間もあるし、練習自体は夏休み明けから開始予定ということを告げて、夏休み明けに再度希望を募る。という形で夏休み前のホームルームは終わりを告げた。主役不在の中でスタートした文化祭の準備は明らかに幸先の良いスタートとは言えなかった。
生徒会から委託された生徒会広報誌に文化祭の宣伝チラシを挟み込むという地味な仕事を学級委員の結城と自分は二人きりの教室で向かい合いながら行っていた。意図的ではないにしても結城の作業ペースはゆっくりで、ふと何か頭を擡げる事柄が浮かんだのか手が止まる。
「ねぇ。進藤君はどう思う?夏休み明けに希望者出てくるかな?」
チラシを挟み込んだ生徒会広報誌をパタンと閉じて、結城の方を見やる。逆ナイロール眼鏡の奥に光る彼女の澄んだ瞳が自分の姿を映す。彼女の瞳に映る自分がなんだか頼りなさげに見えて、思わず目を逸らした。
「どうだろう。このまま何もしなかったらまずいかもね。やっぱり個別にお願いはした方がいいかもしれない。それにみんなの前で立候補するのは恥ずかしいって人もいるかもだし。」
「そっかー。まあそう言うこともあるよね。やっぱり個人的には芽衣ちゃんと柊君に頼みたいんだけどなぁ。」
「んーん。まあな。というか結城と弓木ってそんな仲良かった??」
下の名前で呼ぶのが女性同士でも親密さを表すのはある意味常識ではあるがゆえに自分は疑問に思ったのだ。すると結城は嬉しそうに口を綻ばせる。
「実はね、この前の勉強会で仲良くなったんだ。それでちょくちょく連絡してるよ。」
「そうなのか。まあ仲良いのは良いことだよな。弓木はクラスで浮きがちだったし、結城みたいな良いやつが友達でいてくれると助かるよ。」
何気なしに言った言葉に結城の表情が曇る。
軽く息を吐いた彼女は作り笑いを浮かべては下唇を噛んだ。
しばらくの沈黙が空気を支配する。
ジリジリと照らす太陽が窓から見え、外は部活動の生徒の声と蝉が鳴く。
まだ冷房を付けていたはずの教室がどうにも暑く感じる。途端に空気が変わるわけもないのに、気が漫ろになる。
ようやく彼女が口を開くと、同時に止めていた手を動かす。
「良い子‥良い子かぁ。進藤君にはそう見えるんだ。別に私は良い子じゃないよ。結構ずるいところあるし、嫉妬もする。
進藤君はさ‥良い子じゃない私を知ったら‥嫌いになる?」
憂いと妖艶さを帯びたその表情に自分は答えのない問いを与えられたように、自分は狼狽えた。
この問いに対して間違えた回答をすれば、結城の心を酷く傷つけてしまう気がしていたからだ。
それでも何か答えねばと、必死に頭を動かす。彼女の視線、文脈、挙措、何かから情報を得ようと自分は彼女を再び見つめた。
艶やかな髪を耳にかける仕草、長い睫毛に縁取られた双眸、僅かに動く唇は綺麗な桜色をしていた。その姿は息を飲むほどに美しい。手に触れたい、近くに寄りたい。根源的な衝動が心に渦巻く。
彼女の頬に手をやり、理性と感情の狭間にあった自分の意識は感情に飛び込む寸前で、廊下でした物音でハッと意識を取り戻す。手を引っ込めては何か彼女の魅力に吸い込まれそうになった自分を戒めるように両手で自分の頬を叩く。痛みで自分を取り戻すのは古典的かもしれないが、それでも気持ちの切り替えはしやすい。
「いや、嫌いにはならないよ。それも含めて結城だろ?少しぐらい悪い子でもいいよ。結城の本質的な部分が素敵だと思ってるからね。」
少々詭弁が過ぎたかもしれないと彼女の顔を覗くと、彼女は僅かに口角を上げたがそれと同時に目を伏せた。どこか好意と不満の両方を抱えた彼女は作り笑いで誤魔化した。
「そっか。まあそう言ってくれるならいいかなー。」
結城は自身をずるいところがあると言った。けれどそれは自分も同じだ。決定的な答えを出さずに逃げた。そしてこれ以上の詮索を受けないように違う話題を引きずり出す。自分もそう言う人間なのだ。
「そう言えばさ、結城は部活動大丈夫なの?コンクールも近いだろうし、文化祭とか手伝ってて大丈夫?」
「大丈夫だよ。うちの吹奏楽部はそんな強豪じゃないし、夏休みのコンクールが終われば3年生も引退だからね。ミラクルが起きて東関東大会とか、全国行ったら大変なことになるけど。」
冗談混じりに笑みを浮かべた彼女はいつもの結城だった。
「じゃあ、さっさと終わらせよー。」
先程までよりもペースが上がった彼女は黙々と完成品を机の上に積み上げていった。それでも自分の方が先にノルマが終わり、結城の分を数部手伝うと彼女は優しい笑顔を浮かべた。
「よし。終わったね。じゃあ私は音楽室だから。コンクールに向けて最後の追い込みだからねー。」
「そっか。頑張ってな。」
「うん。じゃあ。」
ベージュのリュックサックを肩にかけると、彼女は手を振って教室から出て行こうとする。すると入れ違いで教室に弓木が入ってきた。
「あれ?芽衣ちゃん。どうしたの?」
「いや‥忘れ物しちゃって‥ペンケースを机に入れっぱなしにしちゃってて。」
どこかいつもの強気な弓木とは違う、気まずさを内包しては手首を押さえる様子に結城は首を傾げる。
「そっか。まあしばらくは学校来ないもんね。そうだ!配役のことなんだけどさ!」
と言葉を投げたところで自分は遮る。
「結城、もう行かないとだろ?多分音楽室で先輩達待ってるぞ。」
その言葉に、結城は眉を上下に動かして、自分の意図が何であるかを納得したように、「わかった。じゃあ芽衣ちゃんも、進藤君もまたねー。」
廊下に消えて行った結城を見送ると、弓木に声をかける。
「弓木、今日ちょっとだけ時間あるか?」
「え?いや‥今日はすぐ帰るよ。弟の分のご飯も作らないとだし。それに‥」
弓木は言葉を途中で止めて「あ‥」と口を片手で覆う。
「ん?何か言いたいことでもあるのか?」
「いや、まあ。今はいいや。」
「じゃあ帰り道だけ付き合ってくれ。ジュース奢るから。」
その言葉に訝しげに眉を顰める。
「あんたね。手法が古典的過ぎない?モテないでしょ?」
その言葉には自覚があった。というか図星だ。
思わず笑ってしまう自分をずっと不審者を見るよう視線を続けている弓木に自分は外向的な笑顔を浮かべては、両手を前に合わせてお願いをする。
「いや、まあそうだね。でも、大事な話なんだ。とりあえず聞いてもらえると助かる。」
自分の様子を見て、深いため息をついた弓木は仕方がないかと、半分諦めのような表情で「分かった。駅までだから。絶対寄り道しないからね。」と念押しして承諾してくれた。




