会議!!
会議!!
「では早速ですが、文化祭の出し物、演劇の脚本や舞台演出、大道具、出演する配役など、必要な役割を洗い出して、次回のホームルームにてそれぞれ決定したいと思います‥って感じでいいですかね?」
机と椅子を四つ対面で並べて座る自分達は、学級委員が窓側、文化祭実行委員が廊下側に座る。自信なさげに話す篠塚さんは、会議に参加する残りの3人のメンバーの顔を心配そうに窺う。
「うん!大丈夫だよ!」
優しい笑顔で返す結城の言葉に安堵したように胸を下ろしては手元のメモに視線を落とす。メモには箇条書きで演目、脚本、舞台演出、大道具、配役、衣装と書かれており、とりあえず決めるべきことを書き留めておこうということらしい。
「そうだな!ちなみに音響なら俺に任せておいてよ!バッチリ合う音楽探してくるからさ!」
すっかりクラスメイトから冷たい視線を浴びせられたことを既に忘れてそうな武田は、まだ何も言われてないのに自分のノートに音響、武田恒久とボールペンで書いて満足そうに頷いている。
やる気があるのはありがたいことだが、どうにもこのクラスで演劇をやるというハードルが高いが故に、前向きな気持ちが持ちづらいのも正直ななところだった。もちろんそんな様子を見せることは、演劇を提案した篠塚や大賛成の結城に失礼だと思い、無理矢理その気持ちを腹の奥底へと押しやる。
「んーん。まあ役割はそんな感じでいいよね。後は予算かな。学校から出る文化祭の出し物用の予算で大道具や衣装とかの購入費用に充てるけど、足りないようなら、生徒から徴収しないといけないかも。そこら辺も説明した方がいいかもね。」
後ろ向きな心と頭を切り離して今必要な事を提案していく。それが今やるべきことだろうと切り替えると余計なことは考えなくなる。
「なるほど。確かにそうですね。進藤君、的確な指摘ありがとう。去年クラスで演劇をやった先輩におおまかに予算がどれくらいかかったか聞いておきます。」
「うん。お手数おかけするけどよろしくお願いします。」
自分が軽く頭を下げると、篠塚さんは恐縮したように手を前に出してオロオロする。
「あ、頭下げられるほどのことじゃないですよ!これぐらい普通です。それに言い出しっぺの私がやるのは当然ですし‥。本来なら私がもっと頼り甲斐がある人ならいいんですけど、お二人の力を借りることになって申し訳ないです‥。」
そう言って顔を俯かせる篠塚は上目遣いで結城と自分を交互に見る。
「いや、そんなことないよ!私はとっても嬉しかった!篠塚さんが演劇やりたいって言ってくれたことにすっごい感謝してる!!それにね、体育祭の時も手伝ったりしたけど、なんか消化不良で終わっちゃったから、文化祭はリベンジマッチなんだ!」
鼻息が聞こえてきそうなくらいの意気込みの強さだが、彼女のやる気はいつもより10倍増しくらいな気がするのは気のせいだろうか?
その横にいるからか、自分も後ろ向きな発言をするわけにもいかず、「全然大丈夫。体育祭の時も手伝ったんだから、文化祭も手伝うのは嫌じゃないよ。」と口角を上げて伝える。
どうにも笑顔は苦手だが、相手の反応を見る限り不自然な笑顔ではなかったらしい。
「そうなんですね。良かった。正直言って演劇って言った瞬間のみんなの目が怖くて‥途中からみんなのこと見ないようにしてました‥。」
苦い記憶に眉を下げる篠塚に結城は声を強める。
「大丈夫!!なんとかなるって!今は最初の頃よりギスギスしてないし、なんと言っても文化祭はお祭りだよ!お祭りが嫌いな人はいないもん!」
大分語弊というか、思い込みが強い発言だとは思ったが、体育祭は運動が出来る者以外にとっては難点も多いが、文化祭は運動も出来ない人間も参加し易く、門戸は広いとは言える。その意味では体育祭よりも協力を得やすい可能性はあるのも確かだ。
「そうだなぁ。文化系の部活の活躍の場でもあるし。」そう言って同調する武田は腕を組んでまた頷いている。
「そうだといいんだけど‥。」
不安そうにため息をつく篠塚さんに自分は敢えて話題を演劇の話に戻す。
「ちなみにさ、篠塚さんは演目としては何かアイデアあるの?」
その言葉にこちらを向いて目を見開いたかと思えば、また目を伏せる。
「いや‥あるにはあるんです。でもそれが上手くいくか自信なくて‥。」
「ええ!聞かせて!!篠塚さんのアイデアなら大歓迎だよ!」
前のめりに机を挟んで篠塚さんの手を握ると結城は目を輝かせている。その勢いに目を瞬かせて困惑した篠塚さんは少し距離をとりつつも話を続ける。
「そ、そのですね。オリジナル脚本で演劇をやりたくて‥本当は演劇部でやれたらなって思って、入学してから脚本を書いてたんですけど、今は先輩方が脚本を書かれるのでしばらく出来ないし‥。そう思ってたら今回こうなったので、じゃあこのクラスで出来たら嬉しいなって思って。どうですかね?」
いつまで手を握られるのか?という困惑と助けを求めるような視線を投げて来るので、自分は「まあ落ち着いて。」と結城を宥めて席に着かせる。
「そうだな。オリジナル脚本は悪くないと思う。色々都合よく変更出来るし、舞台の時間の長さの調整も容易だ。自分は良いと思う。」
「おお!俺も賛成!誰も見たことない作品の方が音響もやりがいあるし!」
「私も賛成!篠塚さんの作品気になる!!」
一同が賛成すると篠塚さんは、噛み締めるように微かに口を綻ばせた。
「それじゃ私のオリジナル脚本でお願い‥します。ちなみに脚本なんですけど、ほとんど書き終えてはいて、みんなの意見や修正を入れて完成。って感じを考えてます。あの‥みんなのLINEに送るから読んでみて欲しい。忌憚なき意見を‥出来れば優しい言い方で待ってます。特に進藤君なんかは文芸部員として作品として直した方が良いところあったら言って欲しい。やっぱり作品書いてる人の方が違和感とか気づけるだろうし‥。」
そう名指しで言われると責任は重い。しかしその文芸部での活動は最近の悩みの種だ。文化祭で配る部誌に掲載する作品を書き終えていない。残り2週間で書き終えなければ作品掲載なしという文芸部員としてあるまじき事態に陥る。それを回避すべく地道な努力は続けているが、締め切りとはギリギリの攻防だろう。
「まあ、作品が良くなるように協力はするよ。」
お茶を濁した回答をしてその場を逃れる。
「よし。じゃあ脚本は篠塚で決定。後は演出を誰がやるかだな!もし誰もやらないなら俺が‥。」
と武田が言い出したので、そこで言葉を遮る。
「いや、演出も篠塚さんが良いと思う。演劇部で演出の仕方も大体分かるだろうし。脚本家のイメージにあった舞台の方が作品として良くなる。」
そう言うと結城も賛同してくれる。その言葉に勢いを弱めた武田は凪のように穏やかになる。
「分かりました。じゃあ演出も私で。大道具は美術部の倉田ちゃんが手伝ってくれると思います。衣装は‥。」と言ったところで篠塚さんのメモに書く手が止まる。
「衣装は、ダンス部の本村、田村、黒田でいいんじゃないか?ダンス部で色んな衣装の知見もあるだろうし。他に希望者がいなければ自分が頼んでみるよ。」
その言葉に結城や武田は驚いたようにこちらを見つめたが、自分としても何も勝算もなく言った訳ではない。
クラス行事に積極的な彼女達を中心にすることは必然だろうし、発言力のある人物が外部にいると、外から批判が出て崩壊する自体があるだろうと踏んだのだ。内部崩壊は余程無責任な人間がいればあり得るが、その責めを負わされたくない心理を突いてクラスを纏めようという魂胆もある。
「分かりました。じゃあその三人にお願いするとして‥後は配役ですね。予定では女性の主人公、二人と、男性キャスト二名がセリフの多いキャラになります。後は街人や商人、女中がいる感じです。」
「んーん。演劇部の西園寺には入ってもらうとして、残りの男一人と、女性主人公二人が難役だな。演出を篠塚にやってもらう以上は劇に入るのは無理そうだし。」
武田思案顔でペンを額に当ててカチカチと芯を出したり引っ込めたりしていると、隣にいた篠塚さんが「あの。」と手を挙げて発言をしようとする。
「どうした?」
「私としては主人公のアイリスには弓木さん、ローズには結城さんをお願いしたいです。加えてジェラルドは柊君、アイリスの父には西園寺君の構成が一番だと思います。」
その言葉に自分達はより一層頭を悩ませる。
「いやー。結城、西園寺はまだしも、弓木と、柊はないだろ。あの二人は演劇なんてまるで興味ないと思うぜ。文化祭なんて知らない。って感じだし、弓木なんてホームルームの時寝てたぞ?」
武田の言葉に思わず同調したくなる自分がいた。まだわだかまりの残る弓木と、クラス一番の人気者なれど諸刃の剣の柊。両方を取り込もうと言うのは無茶を通り越して無謀だろう。クラス崩壊を避ける人選をしていたつもりが、その選択は非常にリスキーな選択だろう。それでも篠塚さんの意見に結城が乗っかる。
「いや、私は篠塚さんの配役は的確だと思う。二人はやっぱり舞台映えするだろうし、脚本家が描く理想の舞台の為にやれる事をやるのは舞台成功の為に必要不可欠だと思うから。それに‥いつまでも過去に囚われてちゃダメだと思う。みんな前に進まなきゃ。」
その言葉はどこか結城自身にも言い聞かせるようなら言葉に聞こえた。そして自分もその言葉が妙に重くのしかかる。
過去に囚われた人間は、いつ解放されるのだろうか。どうにも重い課題が突き付けられた気がした。




