美しい花には棘がある
美しい花には棘がある
どうして始業式や終業式は体育館と決まっているのか。冷房のない体育館は全校生徒が集まればその熱気は凄まじい。
体育館の後ろの方で気持ちばかりの扇風機が虚しく回る。どうして校内放送でやらないのか。こう言う時こそ学級委員として校内行事の改善を進言すべきなんだろうけど、その肝心の学級委員は様々な仕事のせいでおざなりになっていた。
卒業式などと比べてその役割の薄い、どう考えて無用の長物であるその式は校長の長いお話しと諸々の連絡事項を伝えると最後に校歌を歌って散開した。
夏休みが終了し、いよいよ2学期。
遂に文化祭へと突入していくわけだが、我がクラスは残念ながら課題が山積していた。
まず第一にクラスは相変わらず纏まりに欠く状況下であったが、1学期ほどのギスギス感はない。ここは少し胸を張って言いたいのだが、弓木と本村の事件は時間の経過と、蔓延っていた噂の解消によって冷戦状態で休止していた。
これは自分の努力の甲斐があったと言える。無論他のクラスメイト達などの努力にも感謝したい。そしてなりより結城と松田、弓木の三人の仲が急速に深まったことで、孤立していた弓木はクラスの一部にちゃんと溶け込んでいたのだ。
その様子を見て担任の鞍馬は首をかしげては「ほう?夏休みの奇跡ですかね?」と相変わらず他人行儀なことを言っていたが、これは奇跡でもなんでもない。
関係修復に向けた努力の結果なのだ。
協力してくれたクラスメイトに感謝すると共に更なる課題を解決していこー!!おー!!
と盛り上がるクラスではない。
遡ることは7月下旬。夏休みを目前に控えていた我が1年2組は文化祭に向けて重要なホームルームを行なっていた。
教壇に立つのは文化祭実行委員の篠塚さんと武田。演劇部でもある篠塚さんは、緊張した面持ちで手元にあるメモに視線をやりながらホームルームの進行を進めていく。
時折り震え声のような弱い声は自信のなさを感じる。彼女のボブカットの髪の前髪は、余程こだわりがあるらしく、下を向いても微動だにせず、綺麗に整えられた髪がスプレーで固定されている。その後ろで板書の用意と進行を見守る武田は放送部でクラスの中ではムードメーカー的な役回りが多く、亘などとも仲が良いがそれはつまりいじられキャラ的な要素、すべり芸担当とも評されるような人柄であり、このクラスの中心人物とは言えない。つまり何が言いたいかと言えば、この二人だけでクラスの文化祭を無事終わらせるには心許ない。という事実だ。
案の定ホームルームは暗礁に乗り上げる。
「あのー‥ではまず最初にクラスの出し物を決めたいのですが‥何か希望のある方は挙手願います‥。」
恐る恐ると言った感じで意見を求める篠塚さんに対して、クラスメイト達は無言を貫く。
5分待っても一向に発言者が現れない。誰一人として篠塚さんの泣きそうなくらい眉を下げている姿を見てもここで同情して意見やアイデアを出した暁にはその責を負わせられるのは必須、それは是が非でも避けたい。そんな気持ちがまるで示し合わせたかのような沈黙の連帯感を見せる。
そんな中で自分が意見を言えばあっさりその意見が通り、ある程度の責任は負わされるが、なるべく負担の少ない出し物でお茶を濁すことも可能だ。学級委員としてそのような形でクラスの方向性を示してしまうのも悪くないのかもしれない。ベストよりベターを選んで何が悪いのだ。
あと5分、あと5分待って何も意見が出なければ、クイズ大会、カジノ、縁日などそれっぽくかつ大掛かりな装備や準備が要らないであろう出し物を提案しよう。高校生の青春には物足りないかもしれないが、これもクラスのカラーなのだから、クラスに合った出し物をするのが一番だ。
周囲の様子を窺うに固くダンマリを決め込んだ生徒は多く、中には鼻から興味ないと机に突っ伏している生徒もいるくらいだ。
しかしこの残りの5分を待てない人間がいた。我が担任の鞍馬だ。教室前方、顎に手を添えて足を組んで教壇の端に座っていた彼はクラス全体を見回した後に教壇の方へと視線を向け、立ち上がる。
「なるほど。皆さん意見がないみたいですね。どうでしょう?この際文化祭実行委員からも意見を出しては?実行委員は意見を出してはいけないというルールはありませんしね。」
その手法は4月の、あの学級委員決めの時のような陰賢なリードだ。発言がないのなら発言者を限定させて逃げれないようにして意見を言わせる。
それがあたかも自発的であるかのように見せるのが非常に姑息だ。内心また犠牲者が。と思ったが、意見はないよりはあった方がいい。
とりあえず意見を聞いてみようと様子を見ていると、困惑しつつも、担任の圧力に屈した篠塚さんら非常に言いづらそうに言葉を発する。
「えっと‥演劇とか‥どうでしょう?」
その言葉に水を得たように微笑を浮かべた鞍馬は「なるほど演劇ですか。確かに素晴らしい提案です。篠塚さんは演劇部ですし、クラスを纏める役にもぴったりですね。武田君はどうですか?演劇、素晴らしいと思いませんか?」
その誘導尋問的な質問に、思わず「あ‥はい。」と反射的に頷いた武田はその視界の横で捉えたクラスの雰囲気を見ては、顔を引き攣らせる。
明らかに憎しみと何言ってくれてんだこいつ。という怒りの視線が武田に突き刺さる。
「では他に意見がなければ演劇で決定ですが、よろしいですか?」
文化祭実行委員の主体性を取り上げるように鞍馬は無理矢理クラスの意見を決定しようとする。
ここで抗う勇者はいないか。と周りを見るが、どうにもそのような勇者はいないようだ。
ならば自分が名乗りを上げるか?
どうにも都合のいい時だけ自主性を放棄させて圧政を敷く方針に反旗を翻すなら今しかない。
少しは学級委員の仕事を果たそうと決意を固めて、手を挙げようかとしたその時、ガチャン!と音を立てて立ち上がる生徒がいる。
驚いて何事かと後ろを見やると、「先生!意見、良いですか?」と真剣な眼差しで鞍馬を見つめるのはなんと結城だ。彼女がそこまで文化祭に対して熱い思いを持っていたとは意外だが、案外鞍馬の高圧的な態度に我慢ならなかったというところだろう。
あれでいて義侠心みたいな心を持ち合わせた人間だ。同じ学級委員として彼女が責務を果たしてくれるなら安泰とほっと胸を撫で下ろして、挙げそびれた手を元に戻しては彼女の言葉を待つ。
どんな意見を展開してあの鞍馬を黙らせるのか。理路整然とした意見にクラス中から盛大な拍手が上がるに違いない。そんな様子を心待ちにしていると、彼女からは思わぬ言葉が飛び出る。
「演劇!とっても素敵です!!大賛成です!!」
いや、そっちねー
思わずコントばりに椅子から滑り落ちそうになったのを誤魔化す。もちろん期待した周囲のクラスメイトもため息を隠さない。
「そうですか。結城さん。貴重な意見ありがとうございます。では反対意見がなければこれで1年2組の出し物は演劇で決定とし、詳しい内容は文化祭実行委員と‥せっかくだし結城さんやりますか??」
その言葉に「はい!」と元気よく返事した結城はほわーと周りに花が咲いたように笑顔を振りまいていた。
「じゃあ結城さんも参加するのなら学級委員として進藤君、君も参加しますかね?その方が文化祭実行委員のお二人もやりやすいでしょうし。男女2対2で偏りない議論が出来そうですしね。いかがですか?」
そのいかがですか?のはてなマークは明らかに質問系ではなく強制力を持った命令であろう。悪魔的な笑みを湛えた鞍馬は停滞していたホームルームが存外スピード感を持って進行したらことに機嫌をよくしたに違いない。
そこで自分の意見を強硬に主張しても、いたずらに時間を浪費する可能性も高く、そうなれば鞍馬はまた議論を整理すると言って方向性を無理やり決めてくるに違いない。そもそも結城が大賛成という錦の御旗を掲げている以上、賊軍は速やかに軍門に下るしかないかと抵抗するのは諦める。
「分かりました‥。」
その言葉に満足そうに頷いた鞍馬は「では皆さん素敵な演劇を期待してますよ。」そう言ってこの日のホームルームはお開きとなった。




