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戦いは何処へ

戦いは何処へ


 二人の熱いオタク会話を流し聞きしながら、お菓子をつまむ。すっかり放置されて眠くなった妹は轟のベッドを占領するように横になり、轟はベッドに腰掛けるようにしていた。


「いやぁ。久しぶりにトドロッキーと語り合ったなー。満足満足!」


「いやはや、佐藤と盛り上がるのはこの話くらいしかないがな。」

 

 スマートフォンの時計を見た自分は時刻が18時を過ぎていることに気づく。


「そろそろ帰るかな。」


「そうだな。もう日も暮れてしまったし。」


 名残惜しそうに窓の向こうに光る街頭を見てはふぅと息を吐く。


「退院は明後日か?」と轟に聞くと、「ああ。明日検査をして何も異常がなければ明後日退院だな。」他人事のように答える。


「そうか。じゃあまた明後日退院する時には手伝いに来るよ。」

「分かった。その時はこき使ってやるから二人とも覚悟しておけ。」


「はいはい。もちろんですよ。」


「もちろん!掃除も任せておけ!」


「いやそんな汚さないから!普通に荷物運んでくれ。」


 呆れつつも確かな心遣いに轟は密かに口元を綻ばせた。


「しかし夢ちゃんが寝てしまったな。進藤がおぶって行くのか?」


「ああ。まあ当分起きそうにないからな。」


「なら途中までは俺がおぶっていこう。進藤は駅からも妹さんをおぶって行くのだ。ずっとは辛かろう?」


 そう言われるとありがたい申し出だ。いくら小学生といえど3年生にもなれば重い。「じゃあ途中まで。」と返答すると寝ている妹を抱き抱えて亘の背中に乗せる。


「よし。では行くか。」


 妹を背負った亘は扉を開けて出て行こうとする。自分は食べたお菓子のゴミを片付けては、


「あ、先に行っててもらってもいいか?ちょっとだけ轟と二人で話したくてな。」


 と言うと、亘はすんなりと「わかった!玄関で待ってる!」と言って出て行った。その言葉に首を捻った轟は訝しげにこちらを見る。


「なんだ?進藤?二人っきりとは。まさか愛の告白か?」


 冗談混じりに話してくる轟に自分は大きく息を吐いて真面目な顔をする。


「まあ、大事な話だ。」


「なんだよ。今更大事な話とは。今までは大事じゃないみたいじゃないか。」


「そう言うのはいいんだ。なあ、轟、本当の怪我した理由ってなんだ??正直に話してくれないか??」


 その言葉に彼女はあからさまに顔を曇らせる。俯き、視線を合わせようとはしない。


「なんだ?父上から聞かなかったのか?雨の中ランニングしてたら足を滑らせたんだ。それで頭をガツンとな。まったく雨の夜道というのは怖いな!あはは!」と無理やり明るいトーンで話す轟の言葉が真実ではないことは明らかだ。


「なあ。弓木の調査に関係してるのか?」


 自分の見つめる視線に唇を噛んでは深いため息を吐く。


「はぁー。まったく。あんまりここで粘ってもな。待たせている佐藤にも悪い。正直に言おう。昨日、私は誰かに殴られた。おそらくバットか何かだとは思うが、後ろから殴られて、その勢いブロック塀に頭をぶつけて4針縫う羽目になった。」


 その事実にやはりか。という思いと同時に疑惑が確信に変わった。「なんでそんな大事なこと黙ってたんだ。」とどうしても問い詰めるような、責めるような言い方になってしまうのは嫌なのに、言葉を選ぶ余裕が自分にない。


「いやまあな。父上に心配をかけるわけにはいかなかったというのが一義的な理由だ。あれでいて父上は心配性でな、自分の娘が傷害事件に巻き込まれたとあっては仕事にも支障が出るだろう?それに今回の犯人にはおおよその心当たりはある。」


「やっぱり弓木の事を陥れてようとしてた犯人か?」


 その言葉に彼女は頭を悩ませる。


「んーん。まあ半分正解だが、半分外れだ。進藤には言ってなかったがな、犯人は複数人いる。」


 その後彼女は犯人の名前、住所から家族構成、SNSまで把握している全ての事を自身のスマートフォンで見せてくれた。轟曰く情報を知られた犯人は最後の手段として口封じに実力行使に出たんだろうと言った。


「しかしこれを元に警察に言うことは出来ないのか?」


「無理だな。この際言うが、私の調査手法はほとんど違法だ。真実であっても違法な手段で集めた証拠は裁判では使われない。」

「じゃあなんで、犯人は轟を襲うなんてことを?」


「まあ意趣返しじゃないか?そもそも気絶した後に殺すことも出来たろうに、そうはしなかったあたりは向こうもそこまでの覚悟はなかったのかもしれんがな。」


 自分が殺されたかもしれないという状況を淡々と話す轟はどこ他人事で自分の命について軽視しているような気がした。


「そもそも、なんで昨日の大雨の中出かけたんだよ?」


 そう聞くと恥ずかしそうに頭を掻く。


「いやな、実は犯人の家に行こうとしてたんだよ。位置情報を見てたら家を出て河川の方に向かうから、洪水警報も出てる中だったろ。これは自殺するんじゃないかって焦ってな。あの大雨の中だ、傘は意味ないと思ってカッパを着て走って行ったんだ。」


「まあその意味ではランニングは嘘ではないな。犯人を探して、犯人の家の近くを彷徨いていたところをガツンとやられてな。気づいて目を開けたら病院の天井だった。ってわけだ。まったくもって不覚。」


 何か笑える失敗談かのように話す轟に自分は険しい表情で言葉を投げる。


「なあ。そもそも轟も大雨で危険な目に遭うかもしれなかったんだし、なんでそんな無茶するんだよ。もっと頼れよ。友達だろ?」


 そう言うと罰の悪そうに苦笑いをしては頭を下げてくる。


「すまなかった。独断専行が過ぎた。本当は犯人の情報も早く伝えればよかったんだ。それで弓木なりにストーカー被害ってことで警察に動いてもらえばもっと早く解決したかもしれん。これは私の責任だ。本当にすまん。」


 轟が自ら頭を下げることはほとんどない。己の正しさを疑うことなく突っ走るタイプの彼女が素直に過ちを認めるのはそれだけ彼女の中で反省しているということなのだろう。その姿にこれ以上彼女を責めるようなことは出来ないと、自分は深いため息とともに気持ちを入れ替える。


「分かった。これからはもっと頼ってくれ、佐藤も自分も、轟がいなくなったら悲しむどころじゃないからな。轟の命は轟のだけのものじゃないからな。それを肝に銘じてくれ。」


「ああ。分かった。」


「ちなみにまた犯人が襲ってくることはないのか?」


「まあ、その可能性はある。しかし対策は打ってある。高嶺さんに会ったろ?あの人は警察にも強いパイプがあるんだ。父上には秘密で動いてくれるよう頼んだからいざとなったらあの人にも頼るさ。まあ何かあったら進藤、お前も呼ぶから金属バットと防具用意しておけよ。」


 轟の最後の言葉は明らかに冗談だったが、それに突っ込みを入れることはせずに「ああ。グラブとボールも持っていくからな。」と口元を綻ばせながら言った。


「じゃあそろそろ。佐藤を待たせ過ぎたら悪いからな。」と言い病室を出る。去り際に


「おう。今日はありがとうな。そうだ、夢ちゃんに言っておいてくれ。今日は可愛い妹が出来たみたいで嬉しかった。ってな。これでいて妹がずっと欲しかったからな。夢が叶ったよ。ありがとな。」


 轟らしくない素直な感情の言葉にこちらがなんだか恥ずかしくなる。


「そんなのは自分で言うんだな。元気になって、また家に来いよ。そしたら直接言えるだろ?」


 背中越しに言葉を残すと自分は二人が待つ正面玄関に向かう。思わず速足になる自分の顔はどうにも暑かった。

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