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友達

友達


 廊下に出た高嶺氏は柔和な笑顔で話しかけてくる。


「えっと、君の名前を聞いてもいいかな?」


「自分は進藤咲空と言います。轟‥舞さんとは小学生からの友達で、今も同じ高校に通ってます。」


「ああ、そうなのか。通りで仲の良い感じがするわけだ。とするともう一人の彼も一緒の高校?」


「そうです。あいつも小学生の頃からの友達です。」


「ほう。彼の名前は?」


「佐藤亘ですけど‥何か気になりますか?」


「いや。単純な質問だよ。他意はない。進藤君はそしたら舞君のお母さんが3年前に亡くなってることは知ってるわけだ?」


 問いかけてくる質問はどこか尋問めいていたが、そこに害意や敵対心のような感じはしない。


「ええ。お葬式にも参加させて頂きましたし。高嶺さんは舞さんとどういった関係で?」


 その質問に「んーん。」と高嶺氏は顎を触りながら首を捻る。


「そうだな。舞君のお父さん、賢剛さんとは昔から仕事をしていて、交友関係がある。そう言う意味では父親の友人ってことなんだろうけど、最近ではビジネスパートナーって言う方が適切かな。舞君にはセキュリティホールの探索やマルウェアの作成まで色々やってもらっているんだ。彼女のお陰で官民両方から仕事が沢山来ててね。うちの大事な戦力さ。」


 その言葉を聞いて昔の轟の言葉を思い出す。「私の手にかかればネットバンクなんてすぐに落とせる。」と豪語していた。あれはあながち冗談でもなんでもなく本当のことだったのだと思うと、彼女の恐ろしさを改めて実感する。


「そうなんですね。舞さんがそんな仕事してるなんて知りませんでした。」


「まあそうだろうね。彼女は社交的とは言えないし、秘密主義なんだろう。まあそう言うところが賢剛さんも心配しているところなんだろうね。これは愚痴になってしまうんだけど、今日は賢剛さんには酷くお叱りを受けてね。娘を利用して儲けるのは勝手だが、娘に危害を及ぼすようなら容赦しないってね。いやー凄い剣幕だったよ。昔から恐い人ではあったけど、娘のこととなるとね。奥さんの楓さんを亡くしてからは余計に恐い人さ。それもあって今日はお詫びに来たわけだが‥進藤君、君達は何をしてるんだい?何か危険なことに首を突っ込んでいる。そう言うわけではないよね?」


 先程までの笑顔の中に鋭い疑惑の視線が混じる。


「いや‥別にそう言うことは‥。」


 なぜか後ろめたい気分がした自分は自然と目を伏せる。言葉の中に混じる自分の中の疑惑は徐々に膨らんでいく。


「そうかい?これはさ、自戒の念を込めて言うんだけどさ、優秀な武器は使いようによっては自分自身を傷つけるよ。舞君は非常に優秀な人間だ。情報セキュリティ関連の技術や発想は群を抜いている。それを武器として利用する我々大人はいつか彼女から痛いしっぺ返しをくらうかもしれないし、その相手は舞君自身かもしれない。」


「友人として彼女に頼るのは自然なことだろう。しかし彼女が戦う世界は決して優しい世界じゃない。サイバー空間での戦いに勝ち目がないと判断すれば実力行使に出る人達もいる。その危険を背負うのは舞君だと言うことだ。今回は軽傷で済んだかもしれない。しかしそれは非常に幸運だったということを忘れないでほしい。」


 そこまで言うと神妙な面持ちだった高嶺氏はまた柔和な笑顔を浮かべて財布から取り出した一万円札を胸に押し当ててくる。


「んじゃそろそろ僕は帰るかなー。悪いけど舞君にはよろしく伝えておいてくれる?まあ、今回の件は僕も個人的に調べさせてもらうよ。大人として子供の安全を守るのも仕事だからね。」


「は、はい。でもこれは大過ぎないですか?」


 渡された一万円札に狼狽していると、高嶺氏は満面の笑みを返してくる。


「いいって。愚痴を言ったことの口止め料も入ってるから。無論!賢剛さんにはさっきの話は絶対内緒だからね!そんなこと言ってるってバレたら僕の命も会社も危ないからねー。」


 冗談混じりにお茶目に笑う高嶺氏は「じゃあ!」と手を上げると正面玄関の方に向かって行った。お礼を言いそびれた自分は後ろ姿にお辞儀をして見送る。


 一人になった自分は購買でお茶とお菓子を大量購入して病室に戻る。


 病室の扉を開けると妹は轟のベッドに腰かけては轟がその髪を結っているところだった。その様子は仲の良い姉妹のようだが、どうしてそんなことになったのかは謎だ。


「んおー!戻ってきたか!先に頂いてるぞ!」


 スプーン片手にプリンを食べる亘は相変わらずと言えるだろう。苦笑いを浮かべては空いた丸椅子に腰掛ける。


「ほい。お茶。お菓子も色々買ってきたから。」


「ありがとう。高嶺さんは?帰ったか?」


 髪を結いながらこちらに僅かに視線を向けた轟はスマートフォンと妹の髪の状態を見比べながら試行錯誤している。


 自分は買ったお茶3本はベッドテーブルに載せ、残りの1本を冷蔵庫にしまう。


「うん。轟によろしくって言ってた。」

「そうか。あの人も忙しい人だからな。しかし‥存外難しいな。あ!そうか。ここをこうして。ふむふむなるほどな。コツが掴めてきたぞ。」


 髪を結うのに夢中な轟は普段は滅多に見せない優しい顔をしていた。そうやって髪を結われる妹は面映そうに足を揺らしては完成するのを待っている。


「しかしなんで夢の髪を結ってるんだ?」


「いやまあ、夢ちゃんが髪を結われたことがあんまりないって言うからな。それなら私に結わせて欲しいとお願いしたんだ。」


「轟のお姉ちゃんがね!プリンセスみたいな髪にしてくれるって!羨ましいでしょ!」


「そうかい。それは良かった。帰りはかぼちゃの馬車を用意しなきゃな。」


 その言葉が皮肉っぽく聞こえたのか、妹は頬を膨らませては怒りを表している。自分としては上手い返答だった気がするが、どうにも地雷踏んだらしい。


「まったく兄ともあろう人間が妹の可愛さを素直に褒められんとは嘆かわしいことよ。帰りはリムジンに乗せて帰るぐらいのことを言わんとな。」


 いや、乗り物の違いの問題なのか?と疑問を呈したくなるがそんな事を議論しても致し方ない。


 買ってきたプリンを自分も食べようと開けると、妹が口を開けて食べさせろ。と主張してくる。まあ仕方ないとプリンを掬って口に運んでやると「もっと」と単語で要求してくる。これでは誰の為のお見舞いなのか分からないし、やっているのは幼児保育のそれと変わらない。


「よし。出来た。完成!夢ちゃん写真撮ってもいい?」


「いいよ。そしたら記念に二人でも撮ろ〜。んじゃお兄ちゃん撮影よろしく。」


 そう言われた自分は反抗することもなく轟のスマートフォンで並ぶ仲睦まじい姉妹のように撮影した。横に見切れた亘の存在は不要な要素だったが、これもまた思い出としてはいい写真だろう。


「ありがとうねー。」

「いいよー。こっちこそありがとう。お姉ちゃん大好き!」


 そう言って抱き付くあたりは妹の処世術の上手さを感じる。人によって上手い距離感を演じられるのは才能の様な気がする。それに抱き付かれて満更でもない顔をしていた轟を見ると妹を連れて来たのは正解だったのかもしれない。


「轟もプリン食べろよ。せっかく買ってきたんだし。」

「ああ。頂くよ。しかしこのプリンはターミナル駅の百貨店まで行ったのか?」


 容器に書かれた特徴的なカウボーイハットのおじさんのロゴを見てはすぐに気づく辺りはさすが情報通だ。


「おお。知ってるのか?」


「まあな。プリン好きにはあの店は常識だ。しかし進藤にしては悪くないチョイスだ。しかも私の好きなかぼちゃ味を買ってくるとは。褒めてつかわそう。」


 どこかの有力大名のような口振りに自分は「それは恐悦至極にござりまする。」と返答するとニヤリと轟も笑う。


「なんだー?俺の花は褒めてくれないのか?」


 と亘が口を挟むと「いや、まあひまわりは好きだけどな。程度の問題だ。持って帰る時は佐藤‥絶対手伝えよな。」


 顔を背けては照れ隠しの言葉を言う轟の姿に亘は嬉しそうに「おうよ!絶対手伝う!」と言うと、「あ!」と忘れていたであろうものを取り出してくる。


「これさ!セイクリッドデストロイヤー コンコルディア編の円盤が出たんだけど、トドロッキーはもう見た??」


 それを見た一瞬にして目を輝かせる。


「うわ!マジか!佐藤やるな!あれって先行販売は限定店舗でしか販売してないやつだろ?お前これどうやって!」


「ふふ。並んだよ。3時間!先行販売限定封入特典はオーディオコメンタリーとポストカードだぞ!」


「うわー。やばい。これをくれるのか?」


「まあな。普通版は後で買えるし、いつもの感謝を込めてな。」

「おい、佐藤。お前って馬鹿だと思ってたけど、いい奴だよな。」

「いやトドロッキー褒めて貶してるからそれイーブンよ。」


 そのやり取りを聞いてるだけでこちらは笑ってしまう。

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