お見舞いトリオ
お見舞いトリオ
妹が食べ終わるとしばらくは店内で時間を潰して、電車の時間が近づいた頃を見計らって駅に向かうことにした。亘に確認のメッセージを送ると、「お見舞いの花はいらないからな!特大のやつ持って行くから!」と写真付きでメッセージが届く。持ってる人の上半身が隠れるほどの大きな花のバスケットだ。特にひまわりの黄色が映えて眩しい。
「了解、こっちもプリン持ったから食べ物はいらないぞー」と返信する。向こうからも「了解!」のスタンプに返信すると、そろそろ時間だとスマートフォンをトートバッグにしまう。
もちろん現金自腹で会計を済ませてまた地下2階まで降りて地下街を通って駅に向かう。
駅で予定通りの電車に乗り込むと、すぐに病院の最寄り駅だ。乗ったばかりの電車を降りて、東口のバスターミナルに向かう。亘とはそこで待ち合わせしている。
駅を出て歩道橋を渡るとバスは既に何台か停まっている。そこにまず間違えようのない大きな花のバスケットを持った人物がいる。亘だ。
「よお、亘。またデカいの持ってきたな。」
その大きさに苦笑いを浮かべていると、花の向こうから顔を出す。
「おお!咲空!そして、夢ちゃんか!これは珍しい組み合わせだな。」
「どうもです。」
内弁慶的なところがある妹は他所行きの顔で頭を下げるとサッと自分の後ろに隠れる。
「いやまあ、母さんと商店街の花屋の店主が仲良くてな。お見舞いに花持っていく。って話したらこんなデカいの作ってしまってな。断るわけにもいかず持ってきた次第だ。大は小を兼ねると言うしな。まあ重さは難点だがな。」
この暑さの中で持ってくるのは大変だったろうにと労いたいところだが、この花を持っていた時の轟の反応は大方予想がつく。まあそれはそれで元気になるだろうと前向きに捉えてバスの時刻表を見る。
「見た感じ15分に1本くらいはバスはあるなあ。」
路線は4つあり、市営バスが2路線と鉄道会社のバスが2路線ずつあり、どのルートでも聖マリアンヌ病院前に停車するようだ。次に来るバスが2分後と確認すると、丁度ロータリーにバスがやってくる。
「あれじゃないか?」
亘が花の横から顔を出して顎で指すバスは青いラインが特徴的な市営のバスだ。ルーフには「地球に優しいバス」と書かれ、市営バスのマスコットが笑顔でピースをしている。路線バスのゴツゴツとした車体もなんとなく親しみを感じる。
念の為運転手さんに聖マリアンヌ病院に行くことを確認してバス後方の座席に座る。亘がいるからかすっかり大人しくなった妹は品の良い小学生を演じている。そもそも兄に奢ってもらうという大義名分を果たした彼女がもう帰る!と言い出さないことが不思議なくらいだ。
大きな花を抱えた亘はと言うとようやく落ち着けると乗客の少ない車内で、目を閉じていた。さすがの亘もこの暑さと大荷物のせいで疲れているのだろうと、言葉をかけずにそっとしておいてやると、すぐにバスは動き出す。
若干の迂回をしつつも病院へと着実に向かっている。途中のジリジリと上がる坂道をバスはスムーズに上がっていく様子を中から見ながらこの暑さで坂道を歩くようなことは無謀なことだと心底思う。徒歩でも10分ほどと地図アプリは表示していたが、地図アプリは外気温と坂道の大変さを考慮してはくれまい。
そんなことを考えているうちにすぐに最寄りのバス停が近づく。バスの降車ボタンを押して二人掛けのシートに一人で座っている亘の肩を叩く。ビク!と肩を動かすと「あ、もう降りるのか。」と大きな欠伸をする。
つつがなくバスを降りた自分達は、横断歩道を渡り病院へと辿り着く。近くまで来ての第一印象はと言うとここが病院か?という印象だ。病院と言うとどこか暗いイメージだが、聖マリアンヌ病院の外観は非常に綺麗でスタイリッシュな雰囲気を持っていた。
正面玄関から入るとやはり内部も相当綺麗で、待合椅子なんかもイメージする革張りの椅子ではなく、クッション製のある椅子だ。総合案内で別棟の入院案内に行くように指示されて渡り廊下を渡る。
見つけた入院案内では職員に言われて面会カードに名前など記入して面会証を貰う。231号室を探して病院を歩く。案内板の地図を頭に思い浮かべては231号室を探していると、突き当たりの角にその表示を見つけた。ノックして中からの声を待つと、一人の男性が顔を出してきた。
「おやおや、君達が舞君のお友達か!デカい花だなー!そして、ん?そして小さいお仲間もいるようだけど、舞君にそんな小さい友達がいたのかい?」
40代くらいと思われるナチュラルマッシュの髪をセンターに分けたその男はハーフリムの丸眼鏡の奥から不思議そうに妹に視線をやる。
「あ、これは自分の妹です。舞さんとはたまに遊んでもらってたので、付いて来たいと言ったので連れてきた感じです。」
人の様子を窺うようにコクリと頭を下げた妹は自分の腰元を掴んで身を隠す。初対面の大人には大抵こんな感じだ。
「そうだったのか!彼女は意外と小さな子にも人望があるのだな。これは意外。」
そう言って口元を微かに綻ばせる。
「私は高嶺潤一郎だ、舞君とはビジネスパートナーでね。そんなことはまあいい。舞君も喜ぶだろう。ささ、入ってくれたまえ。」
そう言われて中に入ると、個室のベッドには上体を起こした轟がこちらを見る。明らかに渋面を浮かべた彼女の視線の先にあるのは亘の持つバスケットの花だ。
「おい。だからその馬鹿は呼ぶなと言ったんだ。そんなデカい花を持ってきて、お祝いじゃないんだぞ。それとも何か?私が怪我したのがおめでたいという嫌味か?」
頭部に包帯を巻いた彼女はいつもと変わらぬ舌鋒の鋭さで安心する。
「いやートドロッキーにいつもの感謝を伝えようとしたらこうなっちまったんだ。まあ個室だし置いておいても問題ないだろ?」
ようやくこの花のバスケットを置けると亘は部屋を見渡しては洗面台の横に配置しては、納得したようでうんうんと頷いている。
「いやはや、さすが舞君のお友達。そのスケール感が違うな。」と感心したようにひまわりの花を見ていた高嶺氏は部屋の隅にあった丸椅子を持ってきては妹と自分か亘に座るように勧めてくる。自分は妹を座らせて、亘に椅子を譲る。
「そうだ。プリン買ってきたぞ。しかし飲食はお控えください。って面会カードに書いてあったけどいいのか?」
片手に持った袋を指差すと轟は「ああ、あれは建前だ。入院患者によっては食事制限されている患者もいるからな。私は単なる怪我人で内部が悪いわけじゃないから問題なかろう。そうだ、来てくれて早々に悪いが、購買で飲み物でも買ってきてくれないか?お茶だと助かる。ついでにお菓子でもなんでも買ってくれ。お金は父上から貰っているからな。」
そう言ってベッド横のチェストから銀行の封筒に入った一万円札を取り出す。
「おやおや。そう言うことなら私が奢るよ。舞君にはいつもお世話になっているし、何よりお父さんとは非常に懇意にさせて貰ってるからね。」
「いや、高嶺さん悪いですよ。」
「いいんだ。いいんだ。これぐらいはさせてくれたまえ。そしたら一人ぐらい付いて来てくれるかな?みんなの好みが分からないからね。」
「そしたら自分が。」
そう言って買ってきたプリンを亘に預けると、一緒に部屋を出る。




