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進藤咲空の東奔西走

進藤咲空の東奔西走


 暗い空から降る雨の音が弱まってきたと思っていると、その唐突な知らせはまだ醒めない頭を急激に覚醒させた。


 夏休み終盤に差し掛かった今日は文芸部の活動も、文化祭の手伝いもないと油断していた自分はまだ大丈夫だと、7時にセットした目覚ましを止めた。それから30分も経たずに、他人の部屋はノックして入る。という常識などお構いなしで自室の扉を開いた妹の夢は眠そうな声で「お兄ちゃんでんわー」と言い残し部屋を出ていく。


 今どき家の固定電話にかけてくる人間など詐欺師か祖父母くらいなものだが、その電話はそのどちらでもなかった。低音ボイスの冷静な韻律は自分の記憶の中の、白銀の髪を丁寧に撫で付けては、鋭い視線を相手にぶつけて人を自然と威圧する。そんな男性の姿を思い起こさせた。


「朝からすまないね。ご両親には伝えさせてもらったんだが、君にも直接言っておきたくてね。実は昨日娘が夜中にランニング中に血を流して倒れてね。昨晩のうちに病院に搬送され、本人はもう意識を取り戻しているんだが、彼女曰くランニングしてたら水たまりに足を滑らせて電柱に頭をぶつけたというのだよ。状況から察するにそんな冗談のようなことがあるとは思えない。彼女はまた嘘をついていると私は思っている。そこでだ、君は何か知っているのではないかね?また何か危ないことをしてるのでないかね?」


 その言葉には静かな怒りの感情を感じる。娘が怪我をした。ましてやそれが誰か他人のせいだとしたら。それを黙って見過ごしてくれる人ではない。


 轟賢剛。彼は今でこそ国防に関する政策シンクタンクで働く人間だが、防衛大を卒業した元エリート自衛官だ。娘を傷つけられたとあれば平気で1人や2人は殴り殺す威圧感を持っている。轟氏とは何度か会ったことがあるが、子供ながらにその日本刀のような鋭利な佇まいと有無を言わせぬ威圧感に圧倒されたことをよく覚えている。


 基本的に不覊奔放な舞が唯一恐れる人間と言ってもいい。


 その轟氏が怒りを抱いているとあっては大事だ。これは下手なことは言えないと悟った自分は言葉を選びながら適切解を探る。


「いや、自分は特に何も。しかし大変でしたね。舞もあれでいておっちょこちょいなところありますからね。多分足を滑らせたのも本当じゃないですか?いずれにしても心配なので、お見舞いに行ってもいいですか?」


 その言葉に受話器の向こうから無言の圧力を感じる。電話越しでも感じるこの圧力に頬が引き攣る。数秒ほどの沈黙の轟氏は口を開く。


「そうですか。ならいいでしょう。面会は15時から可能です。病院は聖マリアンヌ病院、231号室です。私はこれから仕事ですのでまた何かあれば私の携帯に電話を。では。」


 そう言うと轟氏は電話を切った。受話器を元に戻すとなんとも言えない疲労感を感じる。この圧力を毎日感じている轟のメンタルが強靭になるのも頷ける。


 リビングにかけられた時計を見て15時までは時間があるなと思い、まずは朝食を。と思いトーストを自分で焼いて食べながら、轟にメッセージを送る。するとものの5分もしないうちに返信が来た。


 「心配するな。軽傷だ。検査の為に3日は入院しろとのことだが、すぐに戻れるから見舞いはいらん。」


 とある。そうは言っても入院するほどの大事だ。亘を連れて見舞いに行くと言うと「絶対やめろ。あいつの存在は病院に対して迷惑になる。」


 と返信が来た。いつも通りの返信に安心すると、自分は何か食べたいものはあるか?と送る。すると「プリン」「めっちゃ高いやつ」と来る。「分かった。」と返信するとスタンプ一つで「頼んだ!」と返ってくる。


 自分も「了解!」のスタンプで返す。亘は今日はお店の出勤日ではなかったはずと思いメッセージを送ると、30分後にメッセージが返って来た。「なんかトドロッキー大変だったみたいだなー。店は大丈夫!最寄り駅に14時30分集合でいいか?」と来るので「それで大丈夫!」と返信する。


 スマホで既に聖マリアンヌ病院は最寄り駅からバスで10分程であることを確認していたが、高いプリンを買う為に一回最寄り駅とは反対のターミナル駅に向かう必要がある。諸々の時間を考慮して12時には家を出ようと目算を立てる。


 慌ただしく両親は準備をして仕事に出掛けて行ってしまったので、家には妹と二人っきりだ。



 ソファに体を横たわらせて鎮座しては口を半開きにしながら微睡んでいる妹に、「午後から出かけるから、留守番頼むな。」と声をかけると、のっそりと起き上がってくる。


「轟のお姉ちゃん入院したん?」


「うん。なんか頭打ったらしい。そのお見舞いに行ってくる。」


「うちも行く。」


「え?」


 その言葉に最大限嫌そうな顔を向ける。家に一人に残すのが心配でお見舞いに妹を連れて行くなんてどれだけ過保護だと言われそうだし、何より何か魂胆があるのは見え見えだ。


「おい、お兄ちゃん反抗期はどうした。お兄ちゃん大好きだと思われるぞ。」


「ええー。じゃあお兄ちゃん反抗期やーめた。お兄ちゃん大好き!」


 精一杯可愛いさをアピールするようにあざとく片目を瞑る様子に騙される自分ではない。


「うわわ、すごく、かわいい。」


 機械の如くオートマティックに発声すると拗ねたようにフンと鼻を鳴らす。


「まあなんと言おうと付いて行くからね!」


「なんで今日はそんな強硬なんだよ。それに夏休みの宿題は終わったのか?勉強は学生の本分だぞ?」


 その言葉にこちらをジトっとした疑いの目で見つめてくる。


「ねぇ。その言葉をそのまま自分の心に訴えかけてみて。心が痛まない?」


 うぐぐ。そう言われると心が痛い。我が妹ながら的確な指摘だ。盛大なブーメランを喰らった自分はその場に膝をつく。


「自覚したなら良し。それに夏休みの宿題なんてのは8月の前半には終わったもん。どうせ遊んでたお兄ちゃんは終わってないんでしょ?」


 その言葉に何も言い返す言葉はない。ただ平伏するばかりだ。


「じゃあそう言うことだから!お兄ちゃんの奢りで、スイーツね。」


「なぬ!なんでそうなる!お見舞いに行くんだぞ!」


「お見舞いにはお土産が付き物でしょ。買うついでに奢って。じゃないとお店の前で寝転がって駄々こねる。」


 お互いの主張の違いから鋭い睨み合いが続く。一歩も譲る気はない妹の目は本気だ。本気でお店の前で、「買って!買って!」のあの行為を行う覚悟がある。


 5歳児までに許容される特権を、なんと小学生3年生女児が行おうと言うのだ。


 公衆を前にしてプライドをかなぐり捨てるその愚行を堂々と行うことで、自身に有利な条件を引き出そうとする。なんたる強心臓、厚顔無恥とはこのことだ。


 しかしその様子を想像するだけで自分は背筋は怖気立ち、冷や汗は止まらない。周囲からの奇異なものを見る目と嘲笑。それに耐え得るメンタルを自分は持ち合わせていない。


「わ、分かった。一つだ。一つだけ奢ってやろう。」


 王将への詰みのルートか見えた自分は、仕方なく投了を申し出る。それを満面の笑みで受け入れた妹はるんるん気分で、「じゃあ準備してくるねー」と言いリビングを去った。

彼に戻って来ましたね!

物語は中盤を超えました!


ここまで読んでくださる方はいらっしゃるのか‥


最終回にはネタバレあらすじを投稿するつもりなので、

それを読んで面白そう!って思ってくれて読んでくれる人がいればいいんですけど‥

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