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夏の獣

夏の獣


 県立公園に付随したプールほど、こぢんまりしたプールはない。25mのプールにウォータースライダーの付いたスライダープール、幼児プールに遊具プール、噴水プールの5つで構成されたこの県立公園のプールはおおよそ対象年齢が小学生以下に向けたものが多く、高校生が遊べるのは25mプールとウォータースライダープールぐらいなものだ。


 その25mプールで女子生徒に一人混じってあいつはビーチバレーもどきをやっている。憎らしい。女子生徒に囲まれてハーレム気分か。今度あいつの腑抜けた寝顔をばら撒いてやろうと心に決める。

 

 第一に、今こうして周辺のスマートフォンを中心にマルウェアを仕掛けては、弓木芽衣の行動を監視する輩がいないか監視しつつ、新しいマルウェアのソースコードを作成しているのは、あいつの頼みでもあるのだから、人に仕事を押し付けて青春気分とはなんたる所業か。


 まあ私個人のハッカーとしての能力向上の為。という位置付けでもあるだから恨み節ばかりを口にするのは良くないだろう。まあ本音を言えば、裏で姑息な手段を使って人を陥れるようなやつの顔を見てやりたい。という下賤な欲がないわけではない。


 ちなみに今日のメンバーの中でほとんど縁のない、同じ学校だという関係性ながらも、あいつの情報をやり取りする中で、結城かなみとはそこそこの関係とは言える。友人と言うには深い関係とは言えないが、単なる知り合いというのもなんだか不釣り合いなのだ。その微妙な関係性が今回1番の仇になった感は否めない。


「あのさ、みんなで夏休みにプール行くんだけど、轟も行かない?」


 結城からそうメッセージが送られてきたのは夏休みが始まる前、終業式の前日のことだった。時を同じくして、あいつからも「轟、この前の件に絡んで頼みなんだけど、一緒にプールに行かないか?」と誘いのメッセージが来た。


 これは示し合わせたのか?と疑いを持った私は、全校生徒に入れたランサムウェアを使ってスマートフォンの通信履歴を見る。すると意外にも二人の会話の中には私を誘おうという策謀の痕跡はなく、各々の意思で私を誘ったということが判明した。 

  

 そうなると私は意外にも悩んだ。夏というものが特に好きではない私は、夏らしい事をした覚えがあまりない。そもそも暑い夏に行動しようなどという非効率的な人間の行動が理解出来ないのだが、長い人生において、夏らしいことをする。


 というのは見聞を広げるという観点から一度くらいはしておいても良いのかもしれないと思ったのだ。それに曲がりなりにも若さを謳歌出来るのは今しかない。特に結城からの続きのメッセージが気になったのだ。


「私も水着を買いに行くから、一緒に買いに行こう!」


 なんたる世俗にまみれた欲望だろうと、今なら思うのだが、その時の私はSNSを中心に流れる煌びやかな姿に、刺激された私は、本気を出せば私だってこれくらい。という負けん気が出てしまったのだ。普段ならシニカルにそれらを一蹴していたのに、その時は愚かなプライドに流されてしまったのだ。


 結城に乗せられて来た水着売り場で、様々なタイプの水着を着用させられて、弄ばれた感は否めないが、最後はシャーリングデザインでオフショルの黒トップスと、黒のボトムスという比較的落ち着いた水着を購入した。


さすがの私ではセクシーさを売りにした水着はどうにも気恥ずかしく、似合わない為勧められても絶対に購入しなかった。翻って結城はというと、クロスデザインで脇腹が見え、後ろはリボンが付いているという可愛さとスタイルの良さを強調する白いビキニを購入した。


 そして迎えた今日、私はとりあえず購入した水着を着てはいるものの、上にカーディガン、つばの広い帽子を被っては、フレームの大きなサングラスをかけて紫外線を防備していた。正直言ってこの状況は憤懣やる方ない。


 家族連れや学生が楽しげに遊ぶ喧騒の中、特に結城とあいつに満腔の憎しみを込めて、クーラーボックスを机に見立てて開いたノートPCにマルウェアのソースコードを打ち込んでいく。


「なんだか今日のトドロッキーはやけに気合入ってるなぁ。」


 呑気に隣で休んでいる佐藤、通称あの馬鹿は、私の格好を見て言ったのか、それともソースコードを打つスピードの事を言ったのかは知らない。が私のイライラは隣で休む男子二人にも向けられていたのだ。


「うるさい!黙れ!」


 そう怒気を飛ばすと、「ご、ごめん。」とわずかに距離を取る仕草をする。すると私に気を使うようの小声で佐伯晃と名乗った男子とあの馬鹿は会話し始める。


「いやぁ、なんだか暑いなぁ。あいつらもプールの中とはいえよくやるなぁ。」


「ほんとな。まあこう見てると、うちのクラスの女子は意外と可愛いやつらなんだなぁ。弓木はダントツだとしても、結城も、あの変人の松田も見てくれは可愛いもんなぁ。」


 内心その話を聞いて更にイライラは募る。お前ら男子の見てるところはそこだけじゃないだろ。


 どうせ胸だ。胸部のたわわな膨らみだろう。


 ボールが跳ねているのか、胸が跳ねているのか違いが分からないくらいにお前らの視線はそこに向かってるのは明らかだろうに。


 特に結城!


 お前はジャンプするな!


 どう考えても揺れる胸が視線を集めてるだろうが。好きな男にアピールするどころか不埒な視線集めやがって。それとも何か?私に対する当てつけか?この貧相な胸を見て笑おうと言うのか?そう考えると余計に腑が煮え繰り返る。そしてこの苦行を課したあいつと、その原因となるひょろなが女も仲良くビーチボール遊びとは、良いご身分だ。


 後で特別料金ふんだくってやる。残りのソースコードを打ち込んでいると、プールの方からご機嫌うかがいのごとくあいつが近づいて来た。


「いつも悪いな。轟。そろそろお前もプール入らないのか?通信状況の解析なら亘も少しは出来るだろ?亘に任せても大丈夫じゃないか?」


「お、おう。そうだよトドロッキー。せっかくプール来たんだし、遊んできなよ。」


「うっさい!今やってんだ!邪魔すんな!」


 思ったより大きな声が出たのに私的にも驚いたが、1番驚いていたのは、あいつかもしれない。呆気に取られたあいつは私の手を止めようとして、思い直すようにしてやめた。そして思わぬ事で耳目を集めた私は急に恥ずかしくなった。何をムキになっているのか。スタイルがどうとか、見た目がどうとか、一番気にしてるのは私じゃないか。悔しい。自分の愚かさが悔しい。


「うわー!もう!やめた!むかついたから結城の胸をしばいてくる!」


「え?しばく?」


 馬鹿にノートPCを預けると、帽子もカーディガンもサングラスも放り投げる。長い髪をゴムで後ろに纏めてポニーテールにすると、私は飛び込み禁止のプールに飛び込んだ。


 日差しに温められたプールの水の中を人混みをかきわけて、ビーチボールで遊ぶ三人の元に近寄る。そしてお目当ての結城を後ろからホールドすると、思いっきり揉みしだいてやった。


 その様子は完全に周囲の男性からの視線を一気に集めることになったのだが、それでいいのだ。愚かな男の欲望を私が満たしてやるのだ。これでもかと揉みしだいてやると、なぜか松田あゆみがギョロっとした目で垂涎するように「わ、私もしていいだろうか?」と聞いてきたので、「今なら揉み放題。」とホールドした状態で松田に結城の胸を触らせる。


 この時実に性根が出ていると思ったが、随分といやらしい手付きで水着の上から二揉みする。


「ふぁあ!や、柔らかい!マシュマロのような感触!轟さんありがとう!」


 感謝する相手を間違えているだろうが、まあいい。肝心の結城は放心状態で無防備だ。故に弄ぶことなど私の技術を持ってすれば容易い。


「ちょ、ちょっと!二人とも何してんの!」


 そう聞かれれば、私は公衆の面前で女性の胸をしばいていたのだ。と答える。これはセクハラではなく、一種の教育なのだ。己の行動がいかに男性の不埒な視線を集めていたかを思い知らせてやることで、今後二度とこんな愚かな行動をしないようにその身を持って体感させる。という親心なのだ。


「あの。そこの方。周りの迷惑になる行動はやめてくださいね。」


 気まずそうにプールの監視員に注意された事から私は素直に教育行為をやめた。ぐったりと力の抜けた結城を三人でプールから引き上げると、プールサイドにあいつがやってきた。


「大丈夫か?肩貸すか?」


「重い!脂肪がたっぷり乗ってるからこの女は重いぞ!」


 もちろん皮肉を込めて言ったつもりだが、これでも先程の教育行為で溜飲を下げた私はこのまま彼に結城を預けてやれば、少しは罪滅ぼしになるかと考えた。また私自身やりすぎたのは自覚していたし、彼への良い当てつけになると思ったのだ。


 「そ、そうか。まあ結城ぐらいなら大丈夫だ。自分が救護室に連れていくよ。」


「そうだな。お前が責任を持て。全部お前の責任だ。」


 私は結城を彼に背負わせると、ふん!と鼻を鳴らした。


「いやぁ、轟さんがこっち側の人間だったなんて嬉しいなぁ。やっぱり結城ちゃんのはやりがいあるよね。」


 いやらしい手付きで恍惚とした表情を浮かべる松田に私はきっぱりと否定する。


「いや、私はそう言うんじゃないから。ただ、結城があんまりに不甲斐ないから気合入れてやっただけ。」


 そう、これは教育行為であり、彼女の思いを汲んだ支援なのだ。もちろんそこに私の個人的感情という名のイライラを乗っけた事は事実だが、まあプラマイゼロどころかプラスにしてやったのだ。感謝されて然るべきだろう。


 すると佐藤の馬鹿が私を呼ぶ。


「おーい!トドロッキー!来た来た!反応あったよ!」


 それを聞いて私はノートPCの方へと駆け寄る。

 

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