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ビンタは平手でやるもの

ビンタは平手でやるもの


 それからはまずは数学ということで、結城さんを中心にテストの間違えた箇所の復習から、今後の試験対策まで解説してもらい、私もかなり勉強になった。


 やはり学年一位の結城さんの実力は本物で、しかも教えるのが非常に上手なのだ。頭ごなしに教える天性の天才型とは違う、努力型の天才であると思った。


 次に私が英語を教えると、落第生徒の進藤は数学で頭を使い過ぎたのか、終始目が虚ろだった。なので時折頬をつねったり叩いてやると、ピキーンと背筋を伸ばして正気に戻った。昔の玩具のような動きが女子二人には可笑しくて仕方ない。


 私たちは調子に乗って交互に二人して叩き過ぎたら、両頬が赤く腫れてしまったのは反省すべきことだと思う。最後の方はおたふく風邪の患者のような有り様だった。


 

「あの‥二人ともあんまり叩くものだから腫れて喋りづらいでふ。そして痛いでふ。氷持ってきてもらえまふか。」


 ふぉごふぉごと話す言葉をようやく聞き取った私と結城さんはそこでようやくことの重大さを理解したのは、若気の至りだろう。最初は結城さんが「私が取りに行くから。」と言ったものの、私も同罪だと思い、「私も行く。」と二人してキッチンに向かった。


「行ってらっふぁい。」


 とふぉごふぉご喋る進藤を一人残す。広いリビングの扉を開けて、キッチンに着くと、やはりその豪華さに驚く。IHのクッキングヒーターに備え付けの食器洗浄器やオーブン。大きな両開きの冷蔵庫に、高価そうな食器棚に、綺麗に入れられた食器達。思わず息を呑んだ私を気にすることもなく、結城さんは冷凍庫から氷を取り出すと、キッチンの引き出しから透明な保存袋を二つ持ち出しては中に氷を詰める。


「まあ本当は氷嚢とかの方がいいんだろうけど、これでも大丈夫だよね。」


 入れた氷が溶けた際に水漏れしないかチェックした結城さんは何かを思い出したように拳と開いた手を合わせる。


「あ!まだお茶も出してなかった!しかもお菓子もあったのに!」

 

 その言葉に私は思わずクスッと笑ってしまう。


「それ、気づくの遅くない?」


「いや、まだ大丈夫!佐藤君も松田さんも来てないからギリセーフ!弓木さんは何飲む?紅茶か緑茶、コーヒーもあるよ。」


「じゃあ紅茶で。」


「了解。じゃあ私も紅茶にしよ。まあ進藤君はコーヒーだね。カフェイン摂らないと寝ちゃいそうだし。」


「いや案外もう寝てるかもよ。今にも気絶しそうな目してたし。」

「ほんとほんと!起こす為に頬を叩いてあげるとビクッ!ってなって背筋伸びるのがめっちゃ面白いけどね。」


「だねー。」


 そう言ってまた二人して笑うと、心の中が満たされていく感じがする。


「お菓子はこのクッキーをどうぞー。なんか知らないけど、高いクッキーらしいよー。お父さんが貰ってきたから値段分からないけど。」


 漆黒の缶に金色の文字でブランド名が刻まれたその蓋を外して私の方に「どれでも好きなの取って。」とむけてくるので、私は見た目に惹かれた花の型をしたクッキーを手に取る。真ん中にはイチゴのジャムが注がれており、口にした瞬間にサクサクとした食感とイチゴの風味が口に広がる。やはり高級なのは間違いないだろう。


「んーん!美味しい!」


「ふふふ。それは良かった。」


 ケトルからティーポットにお湯を注ぎながらこちらをちらりと見ては満足そうな顔をしてくれた。洋風の瀟酒なデザインのトレーに、ティーポット、ティーカップ二つ、コーヒーを入れたマグカップを載せる。


「弓木さん。氷とクッキーは持ってもらえるかな。トレーに載せると危ないから。」


「もちろん。それくらい持つよ。」


 そう言って二つの保存袋と、クッキーの缶を持った私は先導して扉を開ける役割も担う。


「おーい。お待たせ。っておい。」


 扉を開けると、床にへたり込んだ進藤が寝息を立てている。


「あれ?やっぱり寝ちゃったか。」

「いや、起こす。」

 そう言って私は氷の入った保存袋を頬に当てる。

「冷たっ!!」

「ほら起きた。」

 飛び起きた進藤は腫れた頬を押さえている。

「ご所望のものを持ってきてやったんだから、寝るな。」

「いや、まぁ。睡魔の限界でした。」

「まあそう言う時もあるよねー。ちょっと休憩にしよ。」


結城さんは持ってきたトレーをテーブルに置くと、ティーポットからカップに紅茶を注ぐ。


 その様子を見ながら進藤に、「結城さんのお父さんが貰ってきたクッキーだって。美味しいから食べてみたら。」と勧める。すると「じゃあ頂きます。」と言いシガレットクッキーを口にする。


「んーふ!ふまい!」


「ふふふ。それは良かった。コーヒーも入れたから飲んでみて。」


「ありがとう。」


 入れてもらったコーヒーを飲むと、少し目が覚めたのか、目つきが正気に戻ったのがよく分かる。しかし眠気が覚めると今度は痛みが気になるのか、保存袋で両頬を冷やしていた。


「そう言えばもう6時30分だね。佐藤君遅いな。道に迷ったのかな。」


 そう言って心配そうにスマートフォンを取り出してメッセージが来てないか確認する結城さんに、進藤が思い出したようにスマートフォンを取り出す。


「あ、今見たら亘のやつ店の手伝い行かないとダメになったって来てた。」


「なーんだ。それなら心配いらないか。」


「いや、でもバイトの黒崎さんが急遽休みになったから大変っぽい。自分も手伝いに行った方が良さそうだな。悪い、まだ松田来てないけど、帰るわ。」


「え、じゃあ私も帰ろうかな。」


 と言うと、結城さんが寂しそうな顔でこちらを見つめてくる。

「弓木は残りなよ。どうせ時間あるんでしょ?」


 両頬を膨らませたしたり顔で言われても説得力に欠ける。しかし結城さんにこくんこくんと頭を上下にさせて頷かれると、ここで帰るのはどうも申し訳ない気持ちになる。


「じゃあ‥もうちょっとだけいようかな。てか!いつの間にか、呼び捨てじゃん!」


「ええ。もういいじゃん。弓木さんに戻すの面倒で。」

「良くない!敬意が足りない気がする。」

「ええ。敬意かぁ。」


 と困り顔になる進藤に結城さんが手を差し伸べる。


「じゃあ芽衣さんはどうかな?下の名前の方が親しみやすいし。」

「おお!良いね!」

 私は慌てて同調する進藤に待ったをかける。

「ダメダメ!そんな男子から下の名前で呼ばれるのは恥ずかし過ぎる。」



「んじゃやっぱり弓木だな。」


 そう言われると代替案を持たない私は黙り込んでしまう。


「よし、じゃあ弓木で決定!っと!じゃあ自分は帰るから。弓木も帰る時は気をつけてな。氷袋は置いていきますと。あと松田によろしく。またねー。」

「ちょっと!」


 そう言って呼び止めようとしたが、進藤はそそくさと帰ってしまった。

 

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