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不穏な勉強会

不穏な勉強会


 家の中へと案内された私達は玄関で靴を脱いで靴を揃える。その時にふと見たシューズボックスの上にある写真立てには仲睦まじそうに並ぶ父と母、そして娘の家族写真。フローリングの廊下には埃一つ落ちておらず、行き届いた清掃具合は私の家とは大違いだ。廊下には左手に二つの扉、右手には一つの扉がある。そしておそらく廊下の先はリビングだろう。結城さんはこちら向きになってそれぞれの扉を説明する。


「私の部屋はここだから。そしてお手洗いはこっち。そっちは両親の部屋だから入らないでね。ちなみに両親は夜まで帰ってこないけど、リビングで勉強する?それとも私の部屋でやる?一応テーブルと折り畳みテーブルがあるからそれでなんとか私の部屋でも4人くらいは勉強出来るかな。一人は私の勉強机でやることになっちゃうけど‥。」


 そう言われた私はならリビングの方がいいんじゃない?と言おうとした。その方が両親が帰ってくればすんなり帰る口実にもなるし、第一に女子の部屋に男子をずけずけと入らせるのは気が進まない。と頭を働かせたのだが、この男は違った。


「そうなのか。まあ松田は来るのが遅くなるって言ってたし、結城の部屋でいいんじゃないか?」


 その言葉に思わず眉を顰めたが、私が口を挟む雰囲気でもないし、ここでリビングがいい。


 とか言い出したらそれはそれで雰囲気を悪くしそうな気がして言葉を喉の奥に押し留めた。


「分かった。そしたら折り畳みテーブル持ってくるから、私の部屋で待ってて。」


 そう言われた私達は部屋の主人を抜きにして、部屋に入った。不意に香るアロマの香りがまず私の嗅覚を癒した。


 そして部屋を見渡すと、女性にしたら少し大きなセミダブルのベッドにの上には真っ白な布団が皺一つなく綺麗に置かれている。一人部屋には大きめなシックなカラーリングのテレビ台の上には最新の有機ELモデルのテレビ。


 背丈を超える高さの本棚には洋書から日本の小説と様々揃えてあったが、意外にも少女漫画も棚の下の方に置いてある。勉強机にはさっきまで勉強していたのか、ノートと数学の教科書が開いたまま置かれている。


 私と進藤はなんとなく周りを見渡しながら、真っ白な木製のローテーブルに向かい合って座る。白のカーペットに映えるインディゴブルーの座椅子はさすがに本人の為に取っておこうという気が働いた私達は、テレビに向き合うように配置されていた、座椅子をローテーブルの短辺に配置し直して結城さんを待つ。


「ごめーん。お待たせ。意外と重くて。手間取ってしまいました。」


 155センチほどの結城さんは自分のほとんどを隠すように脚部が折り畳み出来るタイプのテーブルを持ってきた。


「いや、こっちこそごめん!手伝えば良かったね。自分が持つよ。」


 そう言ってすぐに立ち上がった進藤はテーブルを軽々と受け取ると、二人で脚部を立てて白いローテーブルの横に配置する。白いローテーブルに、微妙に高さの高いウッド調のテーブルが並ぶと少し違和感も感じるが、まあこれはこれでいいのだろう。立ち上がっただけで配置するのは手伝わなかった私は所在無げに手を組んでいるうちに、二人が仕事を終えてしまったこと、そしてこの空間に居合わせたことに、ばつの悪さを覚えたのは言うまでもない。二人が机を立てるのに思わず肩をぶつけては、微笑み合う姿に私は邪魔だと悟らない方がおかしい。


「さてと。じゃあ勉強始めよっか。まずは何からやるべきだと思う?」


 進藤の言葉に結城さんは自らの勉強机からノートを持ってきては進藤に見せる。


「実はさ、この前数学のテストの要点と、今後のテストに出そうな箇所を探してみたんだ!だからこれを基に勉強してみたらいいかなぁって思ったんだけど‥どうかな?」


 横に並ぶ二人を机を間にしている私は、ノートを覗いてみる。そこには綺麗な文字で数学の公式や問題が書かれており、蛍光ペンや可愛いスマイルマークで要点が分かるように工夫が凝らされていた。


「す、凄い!!こんな凄いノート見たことないよ!結城!めっちゃ天才だよ!弓木さんもそう思うでしょ!」


 目をキラキラと輝かせてこちらにノートを見せてくる進藤に「そ、そうだね!めっちゃ凄い‥」と頷きながら笑顔で返した。

「そ、そんなに褒められると恥ずかしい‥でもありがとう。」

 

 本当に嬉しそうにしかし赤らめた顔を見せまいと、下を向く健気な結城さんの顔を見て、私はどこか心がざわついた。


 どうしてだろう。


 どう見てもこれは進藤に対する特別な感情の表れであり、好意を示したノートだ。


 こんなにも端正に作られたノートは言わずとも端々に好きと書いてあるようなものではないか。


 でなければこんなノートを作ったりはしない。テスト期間も終わり、いくら勉強が得意な人間でも何時間もかけてノートを作るなんてことは好き好んで出来ることではないことぐらい分かっている。


 嫉妬?


 これは嫉妬なのだろうか。


 自分では出来ないことをやってのける人間に対しての嫉妬。それとも嫌悪感か。


 男を落とす為に策謀を巡らせは、自らの願望を成就しようとする卑しさに、どこか母を重ねてしまうからか。


 いや違う。


 多分これはないものねだりなんだ。人を純粋に好きでいれる気持ちに、人を思って優しくなれる人に、私はどこか憧憬を抱いていたのかもしれない。


 そう思うと、どうしても居た堪れない気持ちが湧いてくる。


「あのさ‥やっぱり私帰ろうかな。」


 ぽつりと呟いた私の言葉に、不思議と二人がリンクしたように目を見開く。


「え?どうした?なんか用事思い出した?」

「え!弓木さん帰るの!!まだ始まってもいないよ!」


「いや、なんか二人の方が勉強しやすそうだし、お邪魔かなぁ。って。」


 そう言うと結城さんがブンブンとポニーテールを振るわせながら頭を振る。


「ち、違うって!!全然邪魔じゃない!むしろ弓木さんが来てくれて嬉しい!!ほんとはいっぱい喋りたかったけど、クラスの雰囲気もあって喋れてなかったから、この機会に仲良くなりたいんもん!‥って勉強会なのに仲良くなりたいなんてふざけた事言ってごめんなさい‥。」


 俯くようにして肩を落とした結城さんの肩に軽く手を置いた進藤は優しく微笑んだ。


「弓木さん、いや弓木。色々あったけどさ。気楽にいこう。弓木なりの考えはあるだろうけど、弓木と仲良くしたい人は大勢いるからさ。」


 どうにも憎めない感じのこの笑顔に、私はどうしても感情が揺さぶられる。一度立ち上がった私は、またその場に腰を下ろした。


「分かった。なんかこっちこそ気を使わせてごめん。わざわざ誘ってくれたのに帰るとか言って。」


「いいよー。別に本当に用事とかで帰りたい時は言って。進藤君も言ってたけど、気楽にやるのが一番だと思うし。」


「まあ、英語は教えてから帰って欲しいけど。」


「結局はお為ごかしか!」


 と進藤の頭に軽くチョップを入れると、どうにも可笑しくて三人で笑い合った。

 

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