ゴーゴー勉強!
ゴーゴー勉強!
しばらく勉強のことについて話したりして歩くと、気づけば高校の最寄り駅まで来ていた。駅のエスカレーターを上がり改札口の方へと向かう。駅ナカのテナントはいくつかあるが、お目当ての書店は改札口に向かい合うようにしてあり、私達はそこに入った。
本当は隣駅の駅ビルに大型書店が入っており、そこの方が品揃えも良いのだが、進藤は別に本格的なテキストじゃなくていいから。と言いこの店を選んだ。
L字の店舗は入り口付近は雑誌や漫画、L字の奥の方に小説や文庫本、入り口から真っ直ぐ行った突き当たり付近にスポーツ関連の本と並び資格試験対策の本や参考書が置いてあった。
とりあえず良さそうな参考書があるか見てみるが、どれもパッとしないものばかりで、やはりオススメ出来るようなものはない。唯一私も使っている英単語帳を手にして「これはどう?」と勧めてみる。
「んーん。英単語帳かぁ。まあ勉強にはなりそうだし買おうかな。ちなみに問題集とかはどう?なんか良さそうなのある?」
そう聞かれるとない。と答えるしかない。
そもそも受験までまだ時間のある私達が書店で多く置かれている受験対策用のテキストを購入しても、レベルが高すぎるか、そもそも授業の範囲から出るテストと関係性が無さすぎて、無駄な努力となるのは目に見えている。頭を悩ませた私は平積みされていた一つの本を手に取り進藤に渡す。
「お、これか‥って!「小学生から始める英会話」じゃん!!」
あからさまに肩を落とす進藤の姿に反対を向いて堪えるように笑いを誤魔化す。
「いやまあ、基礎は大事だよ?まあそもそも学校の授業範囲以外のテキストで勉強してもね。無駄骨だし。無難に教科書に出てくる問題解くのが早いよね。」
「それは‥ごもっとも。じゃあこの英単語帳だけ買うか。」
「それがいいと思うよ。頻出のイディオムや短文も載ってるから勉強にはなるよ。暇な時に読んで覚える。あとはひたすら文法、後リスニングね。幸い英検とか受けるわけでもないならスピーキングは捨てても大丈夫だしね。」
「そっかぁ。でもそれもなんだかなぁ。英語って人と話せるのが一番役に立つのに、テストじゃなそれが一番生きないのはおかしいよなぁ。」
「そう?でもそのおかげで勉強する事が減るんだから楽でいいじゃない。」
「うぐぐ。やっぱり弓木は正論という名の暴力装置を兼ね備えてるな‥。」
「あ、そんな風に言うならもう教えないけど?」
私がちょっとだけ意地悪なことを言うと、いつも通り慌てて両手を顔の前で合わせて謝ってくる。そんなところは素直で羨ましさすら覚える。
とりあえず英単語帳だけを購入した私達は電車に乗り込み、3駅ほど上りの電車に乗ると、進藤が「ここで降りるから。」と言い先に電車を降りる。私は後ろから付いていく形で、ホームに降り立つと、進藤は私を振り返ってから「ここの駅は利用したことある?」と何気なく聞いてくる。
私はどう答えようかと一瞬戸惑った。真実を話すなら、この駅から徒歩5分のラブホテルをそう言った目的で利用したことがある。
しかしそんなことを言えば進藤からどんな風に思われるかなんて事は自明のことだし、そんな事は考えたくもなかった。もちろん冗談めかして真実を言うのも一つの手ではあったけど、そのことだけは、冗談でも口にするのは憚れた。
平凡な質問に対しての不自然な間に、首を傾げてこちらを覗き込んできた進藤に、自然に口角を上げて笑顔を作る。作り笑顔なら進藤にも負けない。
「いいや。ないよ。いっつも通過してるかな。」
「そう?じゃあ自分とほとんど一緒だなー。一回この駅は使ったことあるんだけど、それ以来来てないから。住所は聞いてるんだけど、何かあるといけないから、弓木も地図見ておいてくれる?」
そう言って進藤はLINEのメッセージに住所を送ってきた。その住所は駅の東口から出て大通りをまっすぐに歩いて徒歩10分ほどのところだった。そんな迷うような道のりではなさそうだが、心配性の進藤はスマホの地図アプリを見つめながら時折をお目当ての建物が近づいているか確認しながら歩く。
私は進藤が前方不注意で歩く人にぶつからないように気を配りつつ、一応自分のスマホを覗く。10分の道のりはあっという間で、すぐに目的地には到着した。
大通りに面するだけあってその建物は上を見上げれば首を痛めそうなくらいの高さで、所謂高層マンションというやつだ。エントランスの前にはポートタワーミライとローマ字で書かれている。中に入れば瀟酒なデザインの壺や絵画がこれ見よがしに飾ってあり、出迎える人間のランクを推しはかるような、そんな作りが嫌味のように思えて仕方なかった。
進藤は管理人室の小窓から管理人に話しかけては、オートロックの仕組みを確認しては、LINEのトーク履歴を片手に部屋番号を押していく。呼び出し音が鳴ると、すぐに部屋の住人から応答がある。
「えっと、結城?見える?」
そう言ってインターホンのカメラに手を振る進藤を後ろで待っていると
「あ!進藤君!今開けるね!」
と声の主は明るい声で言い、オートロックを開錠して扉が開く。進藤は
「じゃあどうぞ。」と言われて私は先にエレベーターホールに入る。
エレベーターホールもまた広い作りになっており、3台のエレベーターとライトアップされた観葉植物達が鎮座している。この建物はどうしても豪華さをアピールしたいのだと思うと辟易してしまう。そんな気持ちを隠してはエレベーターを待つ。
「部屋は何号室なの?」
「701号室。通路の一番奥って話だけど、ひとフロアに8部屋くらいしかないから迷わないと思うよ。って結城は言ってたからすぐ着くと思うよ。」
「ふーん。そう。」
エレベーターが一階に着くと、私達はエレベーターに乗り込むが、まずそのエレベーターの内部からしてひと味違う。
ダークウッドの壁に、ステンレスの操作盤に液晶パネルが付いており、何よりその階数の多さからボタンも多い。7階を探して押すと、静かに扉が閉まり上階へと滑らかに動き出したエレベーターはほとんど振動を与えることなく、瞬く間に液晶パネルの階数は7を指して止まった。
今度は私が開くボタンを押して進藤を先に行かせると、進藤は頭を少し下げて先に降りた。
「えっと、こっちかな?」通路には左手と右手に伸びていたが、どちらかと言えば左手の方が奥まった感じがしたのだろう。進藤はそちらに歩きながら部屋番号を確認していく。
「お!あった!弓木さんこっちこっち!」
そう言って手招きされた私は少し歩みを早める。進藤は改めてインターホンを鳴らすと、中で鍵を開ける音がする。
「どうぞー。」と声をかけて出てきたのは、学級委員の結城さんだ。満面の笑みで結城さんは進藤に微笑みかけると、すぐ後ろにいた私に気づく。その姿に目を丸くした彼女は次第に目をぱちくりさせては明らかに困惑の表情で進藤と私の顔を交互に見た。
「え、えっと‥佐藤君は?」
「ああ、亘はデュソルハルバードの餌をやらないといけないから、後から来るって。それだと二人っきりになっちゃうし、それは結城が困ると思ってさ。弓木さんも呼んだんだけど、ダメだったかな?」
「ああ‥ワンちゃんの餌やりか‥そ、それなら仕方ないよね‥。」
全く悪びれる様子もないその言葉に結城さん何か残念そうに斜め下を見つめては、はぁ。とため息を漏らす。そして気持ちを切り替えるようにこちらを向く。
「い、いいよ!全然!!弓木さんなら勉強会も捗りそう!」
明らかに心の葛藤があっただろう数秒間を無視した進藤は
「そうでしょ!やっぱり女性がいた方が心強いだろうし!」
と純真無垢にニコリとした笑顔で言った。この時私はこの男の女性の恋愛感情に対してあまりに鈍い男だと思い知った。




