みんなで勉強会!
みんなで勉強会!
あの噂をばら撒いた男の家を突撃した日から私と進藤は噂を受け取った生徒一人一人に話を聞いては、真実を話す作業をして回った。私としてはここまでする必要性があるのかと、疑問がなかった訳ではないのだけど、熱心にみんなに話して回る進藤を前に止める理由はなかった。
最近の気温はすっかり夏日を超えることが日常となり、季節は夏の日差しが眩しい日々になっていた。
夏服の生徒がほとんどになり、私もいよいよ長袖のシャツは暑く感じていたが、半袖にするのは日差しもあって躊躇われた。いつものように机に突っ伏して寝るにも暑苦しさに邪魔されて、不快指数は極度に上がっていた。
寝るのを諦めて下敷きで扇いでいると、幾分か弱すぎる冷房の冷気を感じる。
昨今のエネルギー事情や、地球温暖化対策で冷房の温度は28度と決めた学校側の判断を私は疑う。
そもそも環境省のHPによれば、室温を28度にすることであり、設定温度ではない。また外気温や湿度、日差しなどの条件なども考慮して設定温度を判断してほしいと言っているのに、なんと柔軟性のないことか。
と職員室に行って、この決定をした副校長を詰問してやろうかと思った。
がしかし、もちろんそこまでの勇気はなく、仕方なくこうして赤シートとしても使える下敷きをパタパタと扇いでいると、私の方に近づいてくる男がいる。進藤だ。
「あのさ‥えっと、今日って暑いね。32度くらいまで上がるらしいよ。32度でこの暑さじゃ35度とかもう大変だよね。」
半袖のシャツの胸元をパタパタ靡かせては暑さをアピールするこの男は気温が高いと暑くて大変。
という当たり前のその客観的事実をわざわざ女子生徒の近くまで来て呟くのが趣味なのかと、若干の腹立たしさを覚えつつも、とりあえず一瞥をくれてやる。
「そうだね。で?」
思わず語尾に棘を生やすような言動をしてしまう私だが、私としても大人の対応をしたいとは思っている。しかしどうでもいいことで話しかけられるのは対応に困る。
ここ最近進藤と行動を共にしていたことで、今度は進藤の浅からぬ関係ではないかと疑われ始めているのだ。ましてや教室で堂々と世間話をするほどに仲が良いと思われるのは彼にとってもよくないだろう。
そう思って素気無い態度を取っていると、彼は口を真一文字に引き結んだかと思うと、意を決したのかようやく口を開く。
「いや、迷惑だとは思うんだけどさ、勉強会‥参加しない?」
「勉強会?」
思わず聞き返してしまったのがまずかったのかもしれないと後になってみれば思うのだけれど、この時の私は夏の暑さにやられて冷静な判断力を失っていたんだと思う。
「そう、勉強会。クラスの奴らを誘って勉強をしようって話になっててさ、もちろん女子もいるよ。夏休みを前に気を抜かずに勉強する事で2学期のテストで好成績を皆んなで残そう。って趣旨ではあるんだけど‥どうかな?」
どうかな。
と聞かれても本音はそんな面倒な会はお断りだ。
と一刀両断したいところだが、ここで私は変な打算が働いた。いつも放課後に時間を潰していた日々も夏が深まるにつれて酷暑の厳しさは私の体にも例外なく降り注いでおり、口実を作って冷房の効いた部屋で時間が潰せる。
しかもタダで。
という卑しい考えが浮かんでしまったのだ。その一瞬の誤った考えで私は進藤に、「いいよ。別に。暇だし。」と答えてしまった。
「ほんとに!良かった。丁度英語が得意なやつが足りてなかったんだ!ちなみに今日の放課後なんだけど。大丈夫?」
随分といきなりやってきたかと思えば、今日のことだったとは。スケジュール管理の杜撰さに呆れてしまう。それでも暇を持て余した人間は都合良く予定がある訳でもなく。
「分かった。場所は?」と聞くと、放課後、HR終わったら昇降口で待ち合わせ。勉強場所は案内するから。と言われてそのまま教室を出て行ってしまった。
勉強会の仔細を聞く機会を失われた私は一瞬立ち上がり、消えて行った背中を追い掛けようかと思ったが、教室を出て行った進藤をわざわざ追いかけるのはなんだか間尺に合わない気がしてやめた。誘っておいてすぐに放置されたことにむくれては座席に腰を下ろしてからも、しばし貧乏ゆすりをして周囲を威嚇した。
その後の授業はおざなりに受けては、放課後のことを考えたりして時間は過ぎた。放課後のHRが終わり、それぞれが部活に参加したりまたは家路につく。
私は進藤が先に教室を出て行ったことを確認してから、教室を出て、まずは女子トイレへと向かった。無論個室に入るわけでもなく、入ってすぐの手洗い場の鏡を見て自分の身だしなみを確認する。
わずかに外に跳ねた髪を手櫛とヘアスプレーで整え、前髪を眉毛にかかる絶妙なところで前髪を作っては、入念にヘアスプレーをかけて崩れないようにする。夏場はヘアスタイルが崩れてしまいがちだし、何より他の女子生徒がいるのであれば変なところは見せたくないと、一応気を遣ったのだ。
とりあえずは格好がついた私はトイレを出て昇降口に向かう。本当は校則違反な香水、ホワイトフローラルの香りを纏い心の準備を整える。階段を降りた先、昇降口には15時を過ぎても容赦なく照りつける日差しを手を翳して見上げていた。
そこにさもいつもと変わらない様子を装って話しかける。
「ごめん、待った?」と全く悪びれるつもりなど微塵もないが社交辞令として言葉をかける。
「いや!全然!しかしやっぱり暑いな。早いところ駅まで行こう。」
「うん。」
そう言って歩き出しては進藤の隣を歩く。校舎を出て駅の方へと続く道はしばらくは下り坂だ。前へとはやる重心を後ろに意識しつつ、歩みを進めていく。
「ねぇ。勉強会って具体的にはどんな感じでやるの?」
と私が問いかけると、進藤は自らの鞄をゴソゴソと探ったかと思いきや、2枚の紙を取り出して見せてくる。
「えっと‥18点の数学のテストの解答用紙と、32点の英語の解答用紙‥これはつまり進藤は馬鹿ってこと?」
その言葉に胸を貫かれたように手で押さえる進藤は行動も馬鹿なようだ。
「い、いやぁ。まあ今回はこんな感じだけど、まあ確かに。はい。馬鹿なんだと思います‥。」
言葉の後ろに行けば行くほど元気がなくなる進藤の解答用紙を見ては、私も思わずため息が漏れる。
「まあ、これは勉強を誰かに教えてもらわないと悲惨でしょうね。」
「まあ、そうなんだよ。まあ1学期の成績は壊滅したから、来学期こそは。ってことで、テストの復習と、今後の授業の予習とかが出来れば。って感じかな。あと駅前の本屋でテキストを買おうと思ってる。出来ればそれも付き合ってくれるとありがたいんだけど‥。」
上目遣いにこちらをのぞいてくる進藤に私は深いため息をこぼしては「まあいいよ。」と軽く返事をした。
「ありがとう。ほんと助かります。」
「でさ、後のメンバーは誰が来るの?まさか村本とか呼んで私と喧嘩させるつもりとかないよね?」
そう言うと大慌てで否定した進藤は
「ま、まさか!そんな修羅場は作りたくない。残りは同じ学級委員の結城、ハンドボール部の松田、あとは同じ馬鹿枠で佐藤亘。つまり自分達合わせて5人だからそんな大人数ってわけじゃないよ。ちゃんとした勉強会だから。」
と言って額に浮いた汗を拭った。
「ふーん。ならいいけど。そのメンバーなら結城さんと私が先生役ってこと?」
「そうなるかな。松田も意外と頭いいらしいけど、今日は部活だし、帰りにちょっと顔出す。ってくらいらしいから。実質4人かな。」
「なるほどね。しかし英語なら轟も得意なんじゃないの?ペラペラと英語話してたし。」
「あー、あいつね。あいつは無理だよ。協調性ないし、そもそも勉強を教えるのめっちゃ下手だから。前に亘と自分とで轟に教えてもらうおうと勉強会みたいな会を催した時があったんだけど、物事を省略して説明するものだから、過程が全然分からなくて、答えだけ教えて、後は放置。って感じで全然勉強にならなかった。まあ夏休みの課題の時は助かるんだけどなぁ。」
と言い苦笑いを浮かべる。
「そう。まあそれならいいけど。」
本音を言えばあれから轟から真犯人がどうなったのか全く知らせがなかったことが気になっていた。進藤が轟とは幼馴染であると以前話の流れで聞いて、その親密度なら勉強会にも来るかもしれないと思ったが当てが外れたようだ。
まあ真犯人なんて今更見つかったところで、余計な悪感情を抱くだけで精神衛生上良いとは思えなかったし、今はクラスの他の女子生徒と良好な関係を作る良い機会と思うことにした。




