ライトライト
ライトライト
そこからは二人で轟から届いたリストを元に聞き込みを行った。進藤がインターホンを押して話を聞きたいと言うと、不思議と皆話をしてくれた。聞いている最中に後ろに私がいると時々こちらを見ては何かを勘繰るような視線を感じたが、それも無視してはむしろじろりと睨み返してやる。
すると向こうの方から視線を外した。
学校の近くに住む生徒を中心にリストの半分ほどを聞き終えると、駅前まで戻っていた私達は駅前の時計台を見上げた。時刻は22時を回るところで、既に星は天に輝いていた。
「うわ。ごめん、もうこんな時間か。遅いし送っていくよ。」
「いいよ。でも聞き込みって言うよりは、弁明してるみたいだった。」
「え!そんな風に聞こえた?なんかそれは弓木さんに悪いことしたなぁ。」
「別にいいけど。でも噂なんてそんなもんなんだなぁ。って私もよく勉強になったよ。根拠なんてなくても信じる人はいるんだから。」
「ほんとだね。まあ今日聞いた人だけでもみんな真実を知ったわけだし、誤解が解けるといいよね。」
そう言って私に向けられた屈託のない笑顔にたじろいでしまう私がいた。
どうして進藤は赤の他人にこうまでして力を貸すのか。彼の過去を知った今でもその答えは分からない。本人ですら分からない答えを私が考えるのも無理な話なのかもしれない。けれど、彼を知りたいと考えるには十分な理由だった。
私は帰ってからも進藤の言葉、行動、その一つ一つを思い返しては、ぐるぐると思いが堂々巡りを続けて、考えが纏まりそうになかった。
充電の切れたスマートフォンを充電器に差してしばらくすると、ブラックアウトしていた画面に光が灯り、LINEの通知がポップアップする。
いつものように美優からのLINEだった。
「どうしてる?」
とのメッセージに
「返信遅れてごめん。同じクラスのクラスメイトに頼み事されて遅くまで付き合ってた。」
と送ると、すぐに「そうなんだ。それは大変だったね。」
「今から通話できそ?」と連投でメッセージが来る。
私は寝息を立てている弟を起こさぬように、リビングに行くと、充電器のコンセントをリビングの方へと挿し替えてから、「大丈夫。いいよ。」と送る。すると美優からLINEで着信が鳴る。私はBluetoothイヤホンを繋げると、応答ボタンを押す。
「もしもし?芽衣?」
「ごめんね。返信遅くなって。」
「いいよー。こっちこそ夜遅くにごめんね。」
「ううん。大丈夫だよ。」
「なんかクラスメイトと一緒だったって聞いて、気になっちゃって‥。結構遅くまで一緒だったの?」
「まあね。でも何もなかったから。ほんと色々散策して解散した感じ。」
「ふーん。そっか。」
どうしてか素直に真実を言う気になれなかったのは、美優を信頼していなかったからなのか、それとも心配させたくなかったのか。私も自分の気持ちが分からないまま、ただその場の空気に合わせるように話す。
「芽衣がクラスメイトと行動するなんて珍しいよね。なんか妬いちゃうな。」
「そう?でもたまたまだよ。普段は全然話すことない人だし。」
「ねぇ、芽衣?その人‥男でしょ?」
「えっ?」
美優の言葉に思わず動揺が漏れる。
「芽衣の声聞いてれば分かるよ。芽衣はモテるからなぁ。」
「そんなことないよ。」と否定すると、途端に美優の声色が怖くなる。
「いや、あるの。あるから困るんじゃん。芽衣はさ、人を勘違いさせるんだよ。変に愛想振り撒いてさ、あの人は自分のこと好きなんじゃないか。って気を持たせるの。そう言うところあるの気づいてた?あ、気づいてないからそんな事言うのか。まあでもそう言う感じだから碌な男が寄ってこないんだよ?分かってる?だから芽衣には私しかいないの。私しか芽衣を幸せに出来ない。その意味分かる?」
早口で捲し立てるように言い募る美優に私は困惑した。そしていつもと違う美優に違和感と、ある種の恐怖すら感じた。
「う‥うん。」
「分かればいいよ。分かればね。ねぇ芽衣?私のこと好き?」
「え‥。」
「ねぇ!私のこと好き??」
明らかに怒気を込めた言葉に私はスマートフォンを持つ手が震えた。明らかにいつもと違う美優は嫉妬と怒りを隠そうとせず、私に好意があるかと迫ってくる。
元から美優が嫉妬しやすいタイプだとは思っていたが、今日の様子はいつものそれとは違っていた。
「好き‥だよ。」
押し切られるように好きの言葉を伝えると、スマートフォンの向こうで満足したかのように小さく息をこぼした。
「分かってたよ。芽衣は私のこと好きだもんね。ああ、よかった。なんか心配しちゃったよ。芽衣は裏切らない。そうだよね?」
その言葉に私はどうしても違和感が拭えない。美優のことは大切な人であるはずなのに、どうしても燻る不信感が消えない。
「そう‥だね。美優は大切な人。裏切ったりしないよ。」
「ありがとう。それが聞けて良かった。今日はいっぱい歩いて疲れたでしょ?もう寝る?」
その言葉に私は「そうだね。美優こそ遅くにありがとうね。」と言葉を返す。
「いいよ。私達は恋人同士でしょ。なんでも話さないと。知らないことなんてあっちゃいけないんだから。私は芽衣の全てを愛してるからね。」
愛してる。
その言葉のが私には虚空に投げる石ころの様に感じた。どんなに高く、遠くに投げても最後は地面に落ちて、どこかに忘れ去られてしまう。
そんな言葉を心のどこかで胡乱げに思ってしまう。所詮愛しているの言葉は己の劣情をカモフラージュする道具に過ぎないのだと。しかしそんな事を口に出したらこの関係は泡と消える、だから私は口を噤むのだ。
「ありがとね。おやすみなさい。」
「うん。おやすみなさい。」
そう言って通話を切った。
いつもの彼女との会話はもっと心地のよいものだった気もする。でも今日は違った。
この違いはなんだろう。
心のモヤモヤは晴れないまま、私は弟の巧が寝る寝室に戻る。いつかのトラウマを呼び起こさないように、私は巧の寝顔を見つめる。
優しくも整った目鼻立ちの拓実の鼻を優しく触れては、心の中でおやすみ。と呟き、心の水を満たすようにして眠りについた。




