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真犯人を探して

真犯人を探して


「はぁ、はぁ。ほ、ほんとに速い‥どこに消えたのかしら。」


 息を切らして膝に手を当てた私は、薄らと汗ばむ額を拭う。しばらく運動してなかったツケをここで払わせられるとは思わなかった。


 私の下着を撮影した轟は37歳のおじさんを監禁、暴行した罪を逃れる為にその写真を利用しようとしている。なんとしてもあのスマートフォンを押さえて、全てのデータを消去しなくては。と逃げる轟を追って住宅街を走っていたが、すぐに捕まると思った轟は思いの外俊敏かつ持久力を兼ね備えており、住宅街の角を二、三度曲がったところで見失ってしまった。


「はぁ、はぁ、ま、待って弓木さん。」


 後ろから追い掛けてきた進藤は顔を真っ赤にして今にも倒れそうなほどふらついている。


 深呼吸して息を整えると、バックにあったペットボトルの水を口にする。ゴクリゴクリと喉を鳴らして500mlの半分ほど飲み干すと、口元から少し溢れた水を拭う。それを羨ましそうに見る進藤に仕方なく残りを差し出す。


「あ、ありがとう。」


 間接キスを気にしたのか、口をつけぬように水を浴びるように飲んだ進藤は道路脇のブロック塀に背を付けるように腰を下ろしてへたり込む。


「ちょっと。こんなところで休憩するつもり?轟を追わないと。」

「い、いや、無理だよ。あいつはほんと不思議人間なんだ。地球の重力から解放されてる宇宙人に違いない。」

「は?なにそれ?冗談のつもり?」


 鼻で笑うと大真面目な顔で見つめ返してくる進藤の顔がおかしくして思わず口を押さえて笑ってしまう。


 天を見上げては疲れた様子で座り込んだ進藤は、思い出したようにスマホを取り出しては轟に連絡を取る。


「あ、轟か?今どこだよ?え?もう家に帰るから解散?残りの調査は二手に分かれる?え、ちょっと待て!」


 そう言うとあっさりと通話を切られた進藤は頭を掻いて苦笑いを浮かべていた。


「何?見失ったってこと?」

「そうなるかな。まあ、轟の事だからそんな‥あーえーっと、写真も気にしなくて大丈夫だと思うよ。根は悪いやつじゃないし。まあ本当にあのおじさんが警察行こうとしたら使うかもしれないけど‥ま!大丈夫だよ!」


 何がどう大丈夫なのかいまいち根拠を持たない人間だなコイツは。と呆れてしまう。


「で?二手に分かれるとか言ってたけど、まだ何か調べるつもりなの?」


「ああ、そう!なんかさっきの家で分かった噂をばら撒いた相手のリストが分かったから、そいつらに聞き込みするように。って。轟はあのおじさんが言っていたアビュワールドってゲームを調べるってさ。」


「そう。じゃあ私はもうこれでいいわよね。随分な茶番に付き合わされた気分。」


 走り回って場所が分からなくなった私はスマホを取り出して地図アプリを立ち上げようとする。するとスマホがブラックアウトしたまま反応しない。最悪だ。充電切れ。ここで道を尋ねて歩くのもいいが、その面倒を省くには目の前の人間を利用するのが最も手っ取り早い方法だろう。


 一旦はその場を離れようとした私は踵を返して進藤に近づく。


「ん?弓木さんどうした?」


「ねぇ。スマホ貸して。」


 その言葉にポカンと口を開けた顔をした進藤にもう一度言う。


「ス・マ・ホ!貸して!」


「いや、なんで?」


 面倒なやつだ。女性がスマホを貸して欲しいと言ったらすぐに貸すのが紳士な男というものだろう。すると何かを悟ったのかスマホを渡すフリをして直前で手を引っ込める。


「ちょっと。なんで渡さないのよ。」


「いや、もしかして道に迷った?そしてスマホの充電切れたんでしょ?」


 したり顔で言ってくるのが頭に来る。けど悪意めいた視線はない、純粋に人を真っ直ぐに見つめる瞳には夕日が写る。


「じゃあさ、せっかくだし少し付き合ってくれないかな?本当は色々弓木さんとは話したかったんだ。」


「なにそれ。告白?」


 そう言って茶化してみると、存外慌てふためいて、必死に否定したところを見ると案外図星なのかもしれない。私に好意を抱いたところで幸せな結末なんてないのに。


 呼吸も落ち着いてようやく歩く気になったのか、スラックスに付いた土埃を払うと、スマホをポケットに入れて歩き出す。

 目的地を告げない進藤にそのまま付いて行くと住宅街を抜け、コンクリートに囲まれた用水路に出た。夕日の差す水面はキラキラと反射して光を放っている。


「ねぇ。そのまま無言で歩く気?」


 用水路に沿って歩く進藤に私は言葉をかける。


「いやぁ。なんかこうして話そうと思うと、なかなか言葉が出てこなくて。あ、ちゃんと家の方には向かってるから!それは安心して。」


 そう言って進藤は微かに息を吐いた。歩くスピードは少し遅く、何かを言い出せずいるのは確かだった。


「あのさ。言いたいことあるならはっきりと言ってくれる?その方が何かと楽なんだけど。まあ告白ならお断りだけど。」


そう言うと進藤は目を細めて作り笑顔をした。


「いやはや、やっぱり弓木さんは鋭いなぁ。言葉のナイフを持ってる感じ。」

「は?それって悪口?」

「いやいや!褒めてるよ!相手に突き刺さる言葉を持ってるってそれは才能だと思うよ。自分なんて回りくどい言い方しか出来ないし。」


 そう言うと遠くを見ては頭を掻いて愛想笑いを浮かべた。


「んーん、何話そうかと悩んでたんだけど、昔話してもいい?」

 そう言って進藤は昔の自分の話をし始めた。



 進藤の実の父は弁護士だったこと、正義感に溢れ、世の中を良くしようと必死だった進藤の父は、世間からのバッシングに耐えかねて自殺したこと。遺書に残された言葉、「人の心に寄り添える人間になれ。」その言葉の意味を考え続けていたこと。どうしても俯きがちになってしまいそうな話題を、空を見上げながら進藤は話した。



「ねぇ。それを私に聞かせたのは何か理由があったの?」

 

 私は疑問だった。私の事を知って何か不幸な境遇を共感してほしいのかと。その為に話したのかと。知られたくない過去なら誰しもあるだろうに。それを話すことに意味があるのかと。私は疑問がぐるぐると回って答えを求めた。


「なんかさ。弓木さんには知っておいて欲しかったんだよね。弓木さんなら変に慰めたりしなさそうだから。」


 そう言うと、また作り笑顔を見せては本音を誤魔化したように思えた。そこには見えない境界線があって、そこには立ち入らせようとしない。そんな境目を感じた。


「ふーん。まあいいけど。じゃあ私からも話していい?」

「もちろん!」

「どうして私に関わろうとするの?」

 そう言われた進藤は途端に眉間に皺を寄せては難しい顔をした。

「いや‥なんでなんだろう。多分なんだけど、自分のその理由を探してるのかもしれない。人の心に寄り添うってなんだろう。って考えてるうちに、答えを探して迷路に入って。そしたらそこに弓木さんがいた。って感じかな?ごめん答えになってなくて。」


「ふーん。別にいいけど。ねぇ、進藤ってこの後暇なの?」


「え?まあ、暇かな。」


「じゃあさ。さっきのリストの聞き込み。手伝ってあげる。」

「へ?」


 鳩が豆鉄砲喰らったような顔をした進藤の顔があまりにも可笑しくて私はまた笑ってしまった。


「私の幸せは私が守るの。他力本願なんて柄じゃないし。」


私がそう言うと、進藤は口元を綻ばせた。


「ありがとう。」


「なんで進藤がお礼を言うのさ。私がやりたいからやるの。」


なんだかそう言っている私の方が気恥ずかしい感じがした。

 

 

 

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