面倒なやつ2
面倒なやつ2
不気味な笑みのその女は私の知られたくない過去を知っている。それだけでも十分な脅威だった。
「ええ。少なくともあんたの情報網は気になったわ。で?布石と言うからには本丸があるんでしょ?」
「ああ。私の本丸は弓木芽衣の今流れている噂の発生源と、嫌がらせをしている犯人。それを見つけた。という事だよ。」
机に肘を立てて手を組んでいた轟は「パチン!」と指を鳴らすと、蛍光灯は元の明るさを取り戻し、PCの画面も暗闇へと戻っていた。
「ぷはぁー。や、やっと本題か。轟の演出と真剣さにちょっとビビったわ。」
息を詰めていた進藤はやっと話が出来ると、安堵の表情を浮かべている。
「何?噂?嫌がらせ?どうゆう事なの?説明して。」
「まあ、待って。まずは順を追って説明させて。まず、自分が轟に、あ、ちなみにコイツの名前は轟舞って言って1年5組、コンピューター研究会の部員な。その轟に弓木さんと柊君が付き合ってるって話を流した犯人を探してもらう事と、弓木さんが孤立するようにし向けた張本人がいるかどうか調べてもらったんだ。それがまず依頼の始まりなんだ。それで今日、その依頼の調査結果が分かったから本人同席で教えたいって話だったんだけど‥。」
「何それ。誰がそんなこと頼んでって言った?余計なお世話なんだけど。」
正直言ってはた迷惑な話だ。そんな事調べてどうすると言うのか。私の学校生活にこれ以上の不安要素をばら撒かないでほしい。それが本音だ。
呆れるような慈愛の心で世界を平和にしようとか本気で考えてそうな発想だ。吐き気がする。偽善なんて大嫌いだ。そう言ってやらないだけ私は大人だと思う。もし不満な態度が出ているとしたらそれは相手の責任だろう。無駄な時間を過ごしたと感じた私は深いため息を漏らす。
すると足を組んで尊大な姿勢を崩さない目の前の少女は喧嘩腰に言葉を投げる。
「ほう?じゃあ知りたくないと。自分を陥れた張本人は楽しい学校生活を送っているのに、陥れられたあんたはやられっぱなしの、不幸人生で良いと。さすが、不幸人生にどっぷりと浸かってる人間は言うこと違うなー。自分の人生の不幸は全部背負えば良いと思ってるわけ?勘違いすんなよ、このヒョロなが女が。面が良いからみんなが同情すると思ったら大間違いなんだよ。てめぇの人生くらいてめぇが救わないでどうすんだよ。こっちはてめぇの人生なんてどうでもいい。だがな、不幸面して何もしない人間は嫌いなんだよ。」
「お、おい。轟。それは言い過ぎじゃ‥。」
その言葉に私は酷く動揺した。どうしてだろう。どうして言い返せないんだろう。人を見た目で判断する人間なんて大嫌いなのに、いつもなら相手を罵倒するくらいわけないのに。どうしても言葉が出てこない。出てくるのは悔しい涙だけ。拳をグッと握りしめては、自分の無力さに嫌気がさす。
「ほーら。図星だと言い返すことも出来ずに、涙を流すだけ。そこら辺の小学生と変わらないな。」
醜い私を見て嘲笑する轟に拳を振り上げてやろうとした。けれど、一瞬もブレずにこちらを見返す威圧感に私は拳を下ろした。
「なんだ?殴らないのか?お父さんと同じ暴力で物事を解決するんじゃないのか?」
「しない‥絶対に‥しない!!あんたの言葉なんかで傷ついたりしない!!」
「ほう?じゃあどうする?その怒りは、悲しみは、苦しみは、どうやって解決するんだ?また我慢の繰り返しか?」
挑発的な言葉を繰り返す轟はわざとだ。こうやって私を焚き付けようというのだろう。普段は冷静な仮面を被っている私でも、許せないこともある。
だから私は反論する。
「違う。私は‥私の幸せを取り戻す。」
真っ直ぐに相手を見つめ返すと、前髪の間から見えた口角が僅かに上がるのが見えた。
「ふっ。そうかい。じゃあ教えてやるよ。あんたのことを陥れた張本人をね。そしたら放課後、校門の前で集合な。もちろん進藤!お前も来るんだぞ。いいな?」
「は、はい!」
「こっからは反撃の時間だ。楽しみだな。クックック。」
不気味な笑みを浮かべた轟はPCの電源を落としては何事もなかったかのようのスルスルと床面を移動して出口まで行くと、コンピューター研究室から消えた。
放課後、私はこのどうでも良い約束を律儀に守っていた。
するとまずやって来たのは進藤だった。
「あ、えっとさっきはごめんなさい!轟があんな風にするなんて聞いてなくて‥。めっちゃ失礼なこと言ったよね。本当にごめんなさい!」
90°の角度のお辞儀をして謝る相手を無碍にするほど私も落ちぶれてはいなかった。適当に「別に気にしてないから。」と言いスマホに目をやる。時刻は16時7分だ。そろそろ来なければ帰ろうかと思っていた矢先、背中から人の気配を急に感じる。
「ひっ!」
後ろから首筋にかけて息を吹きかけられた私は思わず体をバタつかせる。
「おいおい。私はお化け扱いか?そもそも敵に背後を取られるなんて剣士の名が廃るぞ?」
「いや、弓木も自分も剣士を名乗ってないから。そもそも背後から忍び寄るのやめない?マジで心臓に悪い。」
「何を言う。私が昇降口から大腕振って現れるとも?そんな馬鹿のする事をする訳がなかろう。まあいい。目的地は割と近いぞ。徒歩20分ほどの家だ。付いてこい。」
そう言うと轟は不気味な歩行スピードで歩いて?いや軽く走っているような気もするが進んで行く。身長は150センチほどで私の歩幅から考えるに、普通に歩いたら追い越してしまいそうなところを気を抜くと置いていかれそうなスピードで行っているのが不思議で仕方ない。
「なあ、今日の轟は歩くのが速くないか?」
「なあに。善は急げ。悪は滅ぼせ。というだろう?悪者退治はスピードが命なのだよ。」
「はあ。」
訳のわからない自作の慣用句を披露した轟は歩みを止めることはない。
「まあ、歩きながら話すとだな。今向かっているのは、30代後半、男性の一人暮らしの家。てか37歳ニートの家だな。親の脛を齧り、なんとかネットで仕事を請け負う悪辣業者さ。まあそいつが噂を広めた犯人なのは間違いない。問題は誰が依頼したのか。それが知れれば後は煮るなり焼くなり好きにするといいよ。クックック。」
相変わらずの不気味さに正直言ってその情報の真偽が本当なのか怪しんでしまうのだけれど、私のことをあれだけ調べられる調査能力からして全くの嘘というのもないだろうとは思っていた。ここは黙って付いて行き、推移を見守る。
という選択を取った私は、そのまま二人の会話を聞きながら付いて行く。二人は着いたらどうするのか?とかどうやって話を聞き出すのか。と言ったことで議論していたようだけど、轟の方が、策があるからまあ任せろ。と言いひとまず議論は終止符を打たれたようだった。
しばらくすると、住宅街の中に三階建ての鉄筋コンクリート造の集合住宅が見えてきた。大手の管理会社が管理を担っているようで、入り口の近くには大きな看板で不動産会社の名前があり、入居者募集中とある。
そこに全くの躊躇も見せずに轟は正面玄関を入って行くと、迷わずに3階へと向かう。見るからに築年数も浅いと思われる物件は各部屋の扉の横には警備会社のステッカーも貼ってあり、警備は万全。というところだろう。轟は3階の階段上がって右手の方の部屋へと進むと、なんの迷いもなく背負っていたバックから郵便局の逓信局の郵便マークの入った帽子を目深に被る。そしてインターホンを押す。
「すいませーん。郵便局です。簡易書留で受け取りお願いしまーす。」
さっきまでの轟の声とは似ても似つかない男の声で話しかける。ボイスチェンジャーでも使っているのかと注視するが、どうにも機械らしきものは装備していない。とすると彼女の特技なのだろうか。
インターホンにはカメラが付いているが、あれだけ近寄っては誰が来たのかは正確に判別出来ない。それが狙いなのだろう。
「はいはい。」
と呑気に出て来たのが後の祭りだ。ガシャン。と扉の入り口に足を挟み込んだ轟は長い髪の奥でニタリと笑った。