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面倒なやつ

面倒なやつ


 次の日、案の定私は寝不足に陥り、授業の合間の休憩時間はおろか、授業中も半分意識を飛ばしつつ教科書を読んでいるフリをして過ごしていた。4限の終了のチャイムが鳴ると、私はお昼ご飯も食べる気になれずに、机の上に突っ伏した。


 するとどこか聞いた声が私の睡眠を邪魔してくる。学級委員の進藤だ。


「あのー。弓木さん?休憩時間中に悪いんだけどさ、ちょっとだけいい?」


 私の中で一番の敵意を向けた視線を投げつけると、少し引き攣った顔をして頬を掻いては一歩引く。


 しかしこれではいけないと思ったのか、再度寄ってきては勝手に話を始める。


「えーっと。実は弓木さんに話があるって生徒がいてさ。その生徒がまあ、それは弓木さんのファン?って感じでさ。それはもう弓木さんに会いたくて仕方ないんだけど、ある事情があってうちのクラスまで来れないって言うんだよ。所謂極度のあがり症?ってやつでさ‥。それでなんだけど、後生一生の頼みだ!頼む!コンピューター研究室に一緒に行ってくれないか?」


 手を合わせて頭を下げる進藤を一瞥してから、私はまた机に突っ伏した。


 どうしてそんな面倒なことをしなくてはならないのか。この場合においてその後に待ち受けるのは十中八九面倒事と決まっている。そんな面倒事は家の中だけで十分だ。


 学校でこれ以上の面倒事は増えて欲しくない。ただでさえ私は本村とのいざこざのせいでクラスでの居場所もない、学校での居場所もない。ないない尽くしで来ているのに、面倒事だけは勝手に向こうからやってくる。


 それなら少なくとも私の方から面倒事に近寄ることをやめるようにしよう。そう心に決めたのだ。それ故に私は無言で進藤をやり過ごそうと決めていると、困った様に数十秒ほど間があった後、何を思ったのか私の耳元で囁いてくる。


「弓木さんの弟さん。巧君だっけ?確か緑ヶ丘第6中学校にいるんだよね。あそこは自分の家から近いんだよね。弓木さんがダメなら弟さんに頼んでみようかなぁ‥。」


 そのいかにも脅しのような文句に私は怒りと嫌悪感を綯い交ぜにした表情で進藤を睨む。私の中で最も嫌いなのは、大切な人を人質に取るような卑怯者だ。


 すると罰の悪そうな顔をして、「本意ではないんだ!単純にどうしても話を聞いてほしくて‥。」と弁明するも、目が泳いでは、あわあわする姿を見て、私は喧嘩腰の勢いが削がれてしまった。


「はぁ。分かった。その代わりに、何か面倒事が起きたら全部進藤、あんたに背負ってもらうからね。」


「も、もちろん!大部分においては責任取るよ!まあ、あいつがどう出るか次第だけど‥。」


 と語尾に向かって威勢がなくなっていったのが気になったものの、残りの休み時間を有意義に過ごす為にも早く面倒事は済ませてしまいたかった。


「ふーん。まあ。いいや。で、その人はもうコンピューター研究室にいるわけ?」


「そりゃもちろん!もう手ぐすね引いて待ってるよ。」


「は?私は闇討ちにでも遭うわけ?」


「ご、ごめん!誤解だ!いや誤用だ!んーんと、普通にPCゲームしながら待ってると思う。てか間違いなくそう。うん。」


 何やら不穏な雰囲気なのか、とぼけた雰囲気なのかは知らないが、その人物に会えば全て分かるそうだ。


 半ば無理矢理押し切られた感はあったが、少し体を伸ばしてから、立ち上がると、コンピューター研究室へと向かう。4階の校舎の端、3階の1年2組からはさほど距離はない。歩いて5分程度だ。


 私は進藤をそっちのけにコンピューター研究室の扉の前までくる。中は暗幕で様子は見えないが、一つ息を吐いてから部屋の扉を開ける。


 すると、中には真っ白な蛍光灯に照らされた30台のPCとその奥に反対向きに向く唯一の教師用のPCが見えた。


 その教師用のPCの前にはかちゃかちゃとキーボードを叩きながらマイクイヤホンで英語を喋る人影が見える。長い黒髪を前に垂らしては、それで視界が確保出来ているのか怪しいその人物は入ってきた私達を見向きもせずにひたすらPCの画面に向き合っていた。


「おーい。轟。連れてきたぞ。」


 と進藤が声をかけるが全く反応がない。それに対していつもの事なのだろうか、教師用のPCまで近づくと、マイクイヤホンを取り外す。


 すると「うわ!何をする!」と予想よりも高い声が響く。一瞬の見た目だけでは女性か、髪の長い男性かは区別がつかなかったが、声から判別するに相手は女性らしい。


「何って。今日の昼休みは弓木さんを連れてこい!って言ったのは轟。お前の方だろ?」


「ああ。そんなこと言ったな。いや、言ったけか?まあいい。そこの女。進藤から聞くに知りたいことがあるんだろ?」


 やたら無粋で尊大な言い方に少々の腹立たしさはあるものの、面倒事は起こさない。と心に決めている私は目を瞑り、一呼吸おいてから話を始める。


「いえ、別に知りたいことなんてないけど?むしろあなたの方が私に用事があるって聞いたけど?しかも私のファンだと。」

「用事?ファン?おい、さてはまたテキトーなことを言って連れてきたな?進藤。」


 長い前髪の間から覗かせる眼光は進藤を刺しているが、その進藤は知らんぷりを決め込んでいる。


「まあ、いい。私の用事、というか依頼に関することはもうほとんど調査済み。んで調査結果は本人に聞かせた方が早いと思ってな。まあ私が呼びつけた。という解釈でも間違いはないわな。んで、早速調査結果から言うとだな。」


「ちょっと待って。依頼って何?私はあなたとは初対面だし、何かを依頼した覚えはないんだけど?」


「あっ、そっかー。そう言えば依頼自体は進藤だったな。まあどっちでもいいだろ。そもそも進藤はこの依頼結果をお前、弓木芽衣に伝えるつもりだったんだろうしな。又聞きするよりははるかに効率がいいからな。」


「何それ?私は聞いてない。そんなわけのわからないことで呼び出されて依頼の調査結果だとか言われても気味が悪いわ。悪いけど、それ以上の話がないなら私は帰るから。」


 そう言って立ち去ろうとする私に少女はキーボードのスペースキーを押して全てのPCの画面を私の顔を写した画面にする。さっきまでついていた蛍光灯は全て消えて、暗がりに不気味にコラージュされた私の顔が画面だけが残る。そしてケタケタと不気味な笑い声とリンクしてデモニッシュな笑みが映し出される。


「えっ。何これ。」


 不快感に眉を寄せると轟という少女は不敵な笑みを浮かべる。


「ふふふ。驚いたかね?これくらい世界の轟にすれば楽勝よ。画像加工からPCのハッキング、遠隔操作なんて朝飯前。むしろ晩御飯後ぐらいなもんよ。」


「何?脅しのつもり?」


「脅し?私は脅迫という行為には美学を感じないのだよ。これは単なる示威行為だよ。私の実力を知ってもらう為のね。」


「は?何それ。笑えない冗談なら外で言ってくれる。私は時間ないからもう帰る。」


「まあ、待ちなって。弓木芽衣。あんたのことは調べてある。県内有数のハイジャンパーでありながら、中学での大会を最後に引退。絶世の美女アスリートとして、スポーツ雑誌にも掲載された、彼女の過去と真実。」


 嫌味っぽい言葉使いに眉根を寄せて睨み付けるも、全く意に介する様子はない。


「は?何?私がなんで引退したか知ってるって言いたいわけ?」


「ああ知ってる。弓木芽衣、身長168センチ、体重54キロ、

 女子走り高跳び1m63、県内最高記録。その記録を出した後は、彼女はぱったりと大会にも出なくなり、そのまま引退した。それはなぜか?彼女は怪我をしたのか?いいや。違う。彼女は元気だピンピンしている。その彼女が競技を辞めた理由。それは金銭面での負担の大きさだね。違うかい?」


「だったら何?そのくらい誰だって予想つくわよ。だって私の家は母子家庭で大会の遠征費も出せないくらいの家だもの。それくらい周りの人だって薄々気づいてたわよ。」


「だろうね。じゃあこんなのはどうだい?家庭内暴力、虐待、そして児童養護施設への預かり。小学生までは色々と大変だったみたいだね。今も残ってるんだろ?虐待の痕がさ。」


 その言葉に自分の肌が粟立つのが分かった。背筋が凍る。そんな言葉だけでは言い表せない恐怖が私の中のトラウマを呼び起こさせる。そして微妙に声が上ずり平静を保てなくなる。


「だから‥だからなんだって言うの?私が虐待されててそれが理由で児童養護施設に預かりになったことがあることぐらい、調べれば分かることでしょ?そんなことで今更怖気付くとでも?」


「怖気付くさ。あんたは怖い。今でもお父さんが怖いんだ。怖くて怖くて、泣き叫びたい程にね。」


 冷静な韻律の言葉には脅しとも取れるワードが並ぶ。僅かに震える手を握りしめては相手を見る。彼女は至って冷静で両手を前で組んでは黒い髪の間から鋭い視線を返してはニタリと笑みを浮かべる。


「何?私のことを調べてどうしようって言うの?今更週刊誌にでも情報を売りつけるつもり?」


「違うね。私の目的はそこじゃない。あくまでも私は情報屋。知りたがりの土竜なのさ。土竜は掘った土をどうにかしようとなんて考えないからね。あくまでも話を聞いてもらう為の布石にしか過ぎない。でもこれで私の話を聞くつもりになったろ?弓木芽衣さん。クックック」

 

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