===夏の日=== 2
ばあやの作り話と思っていたが、妙な胸騒ぎがした。堪えようのないものだった。無関係とはどうしても言い切れない、何かがあるような気がした。
『おい、なんか言えっての』
目の前にひらひらと手が揺れて、魔女は我に返った。
頭の片隅にモヤモヤを抱えながら、瞬時に思考を巡らせた。先ほどまでの会話を繋げるとすれば、こう返そうと、思い至った。
『正直に言うと……いや、やっぱやめとく』
冗談のめかして正直なことを言ってみようとしたのだが、いざ口に出してみると、やはり傷つけてしまうかもしれないと思い直した。しかし、それはソルの好奇心をくすぐっただけであった。
『んだよ、そこまで言ったなら言えよ。俺は王だ、魔女の言葉で傷つくような男じゃない』
魔女の言葉で。という部分が気に障った。たかが魔女ごときと思われているとしたら、甚だ心外である。
『じゃあ言う。魔女だから言う。あんたの威厳は皆無』
とまぁ、辛辣なことを言うのだが。元来の愛らしさのせいか、投げかけた言葉の威力はせいぜい路傍の小石程度である。実際、ソルの胸に当たりはしたが、その弾力性を持ってしてぼよんと弾かれたのだ。
されど、小石が当たって少々痛かったソルは、すかさず言い返した。
『っ! なんだよ、お前だって魔女の長って感じ全くねぇし! 引きこもりの魔女が!』
『傷ついてんじゃん! あたし引きこもりじゃないもん、森の淵で商いしてるもん!』
イーッ! 歯を見せていがみ合う。
それに加えフゥとヤァが魔女に味方しているから、ソルは劣勢である。
『ウィルトス、アラン! 生ぬるい目で見るんじゃねぇ! フゥとヤァも俺の味方しろっての』
命令を無視してくつろいでいるウィルトスは言った。
『兄弟げんかみたいだな。俺は弟たちに会いたくなってきた』
アランは、優雅に飲んでいたカップを置いた。
『そんなつもりはないが』
ソルに向けられるのは温かい眼差し、優しい物言いであった。
アランの魔女へ対するそれらは少々距離感があるから、アランがソルを大事にしていることがよく伝わった。
魔女の胸はキュッとなった。出会って三時間ほどだが、アランの温かい表情や声音が大好きになった。たとえ自分に向けられていなくても、関係なかった。
アランを一目見た瞬間に、恋に落ちていたのだ。
目が合うと嬉しいのに、恥ずかしくなったりする。
しかも初めて会ったのに、なんだか懐かしい感じがしていた。
アランと食事の用意をしたり洗い物をしたりするのが嬉しかった。手が触れた時は、途端に頬が熱くなった。
アランが隣に座ると、恥ずかしさのあまり、適当な理由を付けて席を立った。くつろぐ時間に何を話したらいいのか、皆目見当がつかなかったし、好いた相手と会話が続かないのは死んだに等しいという思考になっていた。
動悸を落ち着かせて戻ってくると、ウィルトスの隣に座った。人好きのするウィルトスは話しやすかったのだ。
初日からこんな具合に、魔女はアランを避けてしまっていた。
そして、事件は起こった。