血ぃすうたろか
「私を恐れないのは、先の戦いに身を費やしたからだろう? 近衛騎士団副団長なのだからな。王は闇の力に操られている魔物らを片っ端から駆逐し、あの黒びかりジジイに刃を向けたのだったな」
「くろびかり……?」
キョトンと首を傾げたアランを、魔女は見入っているようだったが。それも一瞬、可愛らしい声を上げて笑った。
「お前たちが魔王と呼んだ、黒の魔法使いのことだ。黒光りしていただろう」
戦いが終わったのは一年前だ、アランは黒の魔法使いと対峙した時の様子を鮮明に思い出すことができた。
「確かに光っていたが。容姿をどうこう言うのはよくないと俺は思う」
光沢のある浅黒い肌で、スキンヘッドには立派な牛の角が生えていた。こちらも磨きあげられて黒々光っていたのが印象的だった。
「真面目だな」
「そうだろうか。自覚はないが」
アランは言い終えて、ふと、何かに気づいたように顔を上げた。
「心配があるなら問題ない、責任を持ってあなたを支援する」
返事をはぐらかしている理由は、身体的な不安があるからではないかと気が付いたのだ。
柔らかい口調で投げかけると、魔女は下唇を小さく噛んだ。
「森から出てはならないと、古の王が決めたこと。守らねば税金か首を取られる。そういう決まりだ」
不愛想に話す魔女が本心を言っているとも思えなかった。適当に理由を付けて拒んでいる印象を受けたのだ。面倒くさいと暗に言われているような、そんな雰囲気だった。
「世に安寧が訪れた今、陛下はそれらの見直しをされている。時代に合わないもの、必要でないものは廃止を検討されているのだ」
「……ほぅ」
つまらなそうな返事の後、女はぼんやり言った。
「いよいよ魔女の長を引きずり出してどうにかするつもりのようだな」
「陛下がどのような考えであなたを呼んでいるのか、俺にはわからない。だが、悪いようにはしないはずだ」
「ふぅん」
朝露を弾く蓮の葉のように、何を言っても受け流す魔女であったが、アランは誠心誠意伝え続けた。
「星の祝福を受けた白星である王は、黒星を打ち倒し、世を闇から救った。これからは人々を導いていく光となられるお方だ。俺は信じている」
アランの熱意を黙って聞いていた魔女は、おもむろに席を立った。
「ずいぶんご執心なことだ……少し休む。屋敷は自分の家と思って自由に使え。わからないことはフゥとヤァに聞くといい。部屋は先ほどの部屋を」
安楽椅子に腰を掛け、編みものを始めるのだった。
⁂
時折、暖炉の薪が弾ける。
アランは書架から本を数冊取り、テーブルで読んでいた。
どれくらい経っただろう。魔女の毒草辞典を読みふけっていたアランはふと顔を上げた。
窓の外は薄暗くなっていた。
魔女は相変わらず安楽椅子に腰かけている。しかし、編んでいた編地を床にだらしなく落として動かなかった。
しばらく見ていたが、あまりにも動かないから、アランは心配になってきた。
そうっと、魔女の傍まで行ってみる。
暖炉の前で遊んでいたフゥとヤァにじっと見つめられながら、アランは魔女を覗き込んだ。
魔女は眠っているようだった。呼吸は深い。無防備な寝姿が可愛らしく、こうして見てみると、年相応の女性であった。
だらりと投げ出されている袖の下に、編地が転がっている。アランはそれを拾って、毛糸が入れてある籠へ片付けようとした、その時だった。
ローブの袖から、にょろにょろと動く緑の蔦が顔を出した。
それは素早い動きで腕に絡みついてしまった。
目前までやって来た蔦の先端が、これ見よがしにパクっと開いた。その内側には、鋭い歯がみっちりと並んでいた。
アランはこれを知っていた。魔植物である。獲物の振動や熱に反応して取りつき、血を吸うのだ。
ギョッとして振り解こうとした腕を、横から掴まれた。ごつごつした紫色の拳はヤァである。
「何をする、」
逆にヤァの腕を掴んで離そうとするがヤァは離さなかった。そのうちにも、魔植物は腕に吸いつこうとしているというのに!