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引きこもり魔女と硬柔騎士様の幸福論  作者: 段数マーカー
30/33

カウントダウン

 

 ⁂


 デアは自室のベッドに腰をおろして、溜息をついた。

「とうとう異世界に来てしまったか……」

 眠りから覚めたら世界が変わっていた、なんて。小説によくある話だ。

 ファンタジーを現実に持ち込んでしまいたくなるくらい、デアは混乱を来していた。

「否……現実だな」

 ラミアが差し出したドッグタグが現実を教えてくれた。

『俺と結婚してくれ……デア』

 そう言ってくれた彼は、今は幻だ。

 不自由な体だ、結婚なんかしたらアランに迷惑をかけてしまう。だから結婚するつもりはないのだが……さりとて冷たくされると案外堪える。

 あの声で『デア様』と呼ばれると胸が痛い。

 だのに。

 やたら距離が近いから更に辛い。辛すぎる。


 アランの王女認定以降、彼は誘導や介助で手を握る時、親指で手の甲をするりと撫ぜるのだ。それも毎回。周りに人がいても構わなかった。誰も気が付かないくらい密やかに行われるのだから。秘密めいた仕草は、腰のあたりをもにょもにょさせた。これがロマンス小説的に言う『甘い痺れ』というやつだろうか。

 別れ際に頬に触れる時もあった。こちらは周囲に人がいない一瞬の隙を見計らって行われるらしいのだが、これが本当に心臓に悪い。

 それから、立ち上がろうとすると手を取り腰を支えてくれるのだが。それはもう抱きしめていると言っても過言ではないような密着具合なのだ。


 そして今日、極めつけともいえる事件があった。

 必要なものを買いに街を歩いていた時だ。アランの冷静な声が「危ない」と告げた次の瞬間。その腕の中に抱きしめられていた。

 後頭部をむんぎゅと抱え込まれ、胸に顔をうずめている状態だ。

(アランと今、ぎゅってしてる!)

 逞しい体がはっきりわかるし、いい匂いはするし、温かい。デアの心臓は爆発寸前だった。

 だがアランは追撃の手を緩めなかった。更に後頭部を優しく撫でたのだ。

(慈愛に殺される……)

 口から魂が抜けかかるデアの横を、馬車がゆったり通り過ぎていった――

 という出来事があった。


 介助とは言え、やたら愛しみを感じる。だから触れられるたびに息をするのを忘れて窒息しかけることも度々ある。そのせいで立ち眩みを起こした時はお姫様抱っこされて部屋まで運ばれたから、心臓がいくつあっても足りない。


 アランの裏腹な態度について理解が及んでいないデアだったが、これだけは予感していた。アランの冷や甘対応はいつか自分を死に至らしめるだろうと。


「けど、やめてとも言いにくい」

 独りで立つこともできるし、気合を入れれば一人で外を歩くこともできる。だから断ることもできるのだが……善意で介助してくれているのだと思うと、無下に断ることもできない。

「身が持たないかも……冷たいならとことん冷たくていいのに。森まであたしを迎えに来た時みたいに」

 大の字に寝転がり盛大な溜息をつく。


 どれくらいの間、そうしていたのだろう。

 無意識にドッグタグを撫ぜていた指が止まった。

 デアは飛び起きた。その顔は歓喜に満ちていた。

「そうか、そうだよ」

 アランの記憶を消してしまえば、態度も冷たくなるはず!


 ⁂


 尻もちをつくように、ベッドに腰掛けた。

「はぁ……」

 ……そういえば先日も同じように腰をかけて、ため息をついたような。


 デアは疲れ切っていた。

 王女扱いするアランに、へそを曲げて魔女口調にならなかった自分をほめてあげたいくらいだ。

 冷たい態度にめげず、なるべく好意的に、気安く、親しみ深く接した。

 何度心が折れかかったことか。それでも諦めなかった。

 すべてはアランと二人きりになる好機を窺うため。記憶を改ざんするために。


 もし、アランと二人きりになれたとして。

 記憶を改ざんする際は人に見つかって報告されたらまずい。ソルの承諾を得ていないのだから。

 記憶を改ざんするのは少し時間がかかる。その間にウィルトスがすっ飛んできて問答無用で切り刻まれるだろう。

 何としてでも人目につかないところで二人きりにならなければ。


 ……などと長々計略を巡らせたが。要らぬ心配だった。

 結局、作戦はどれも失敗に終わった。

 惨敗としか言いようがない。

 一緒に料理をしようと誘った時は必ず、ソルかウィルトスが同席した。

 街に誘った時も、散歩に誘った時も、アランのほかに数人の兵が一緒だった。

 最終手段で部屋に呼んでみたが「男を部屋に呼ぶなど、王女としての自覚が足りない――」云々……懇々と説教を受ける羽目になった。


 何と忌々しいことか。その間もアランの行動は更に優しくなって、死亡までのカウントダウンが始まっているような気さえする。

 奥歯を噛み、眉間に皺が寄る。

 ぎりぎりぎり……奥歯が鳴る。

 眉間の皺が世界一高い山くらい切り立った時だ。顔の力が抜けた。

 口元が歪み、企み顔に変わってゆく。

「……こうなったら奥の手だ。ふふ、ふふふふふ」

 悪魔のような囁きだった。右手のラミアは震えあがり、袖に引っ込んだ。



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