キオク
⁂
===== ===== =====
ばあやが読み聞かせてくれている。
白馬の王子様が、森で眠っているお姫様の目を覚ます物語だ。
目覚めのキスなるものをすると、目が覚めて、そして二人は結婚するのだ。
『ばあや、けっこんて何?』
『互いに愛し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで、健やかなときも、病むときも、常に真実で、愛情に満ちていることを誓約することです』
『むずかしい』
『要するに、めっちゃ好きでずっと一緒に居たい相手と、仲良く暮らすことでございます』
『あたしとばあやみたいな?』
『それはちょっと違うかもしれませんねぇ』
『ちがうのぉ?』
『二人で手をつないで散歩すれば仲良しエネルギーが貯まって、それがいっぱい貯まると愛の結晶となり、コウノトリが赤子を運んできてくれるのでございます』
『よくわかんない』
『白馬の王子様が現れたらきっと、わかりますよ』
『白馬の王子様、現れる?』
『現れますとも。ここは森の中ですからね』
『じゃあ早く寝る。寝てるときに王子様がくるから』
『寝ていたら王子様が来ても気付かないかもしれませんよ?』
『ああああああああああー、ばあや、イイこと言う』
『デア様はデア様らしくお過ごしになればよいのです。ばあやはデア様が大好きでございますから』
『デアもばあや大好き!』
===== ===== =====
画面が断ち切れて意識が浮上した。
夢を見るのは好きだ。明るくて視覚が自由だから。
現実は昼も夜もただ暗いだけだ。御多分に漏れず今も暗い。
寝かされている。静かな場所だ。
鳥が鳴いているから、朝なのだろう。
体を起こそうとした時、話しかけられた。
「具合はどうですか」
声はアランだが、敬語で、口調がやけに冷たい。それこそ出会った時の、距離感のある口調だった。
けれども、支えてくれる手のひらから愛しみがひしと伝わってくる。
気配が近い。ほのかに香るアランのにおいに胸は否応なしに高鳴ってしまう。
「アラン?」
「はい、そうですが」
やはりアランである。裏腹な態度にデアは戸惑うばかりだ。
「どうしてそんな話し方なの」
「王女とお話しするのですから、当然かと」
「何、それ……」
「あなたが王女であると、俺は確信しています」
王女に仕立て上げようとしていたソルに食ってかかってくれていたのに。突然手のひらを返したアランに、嫌な予感を感じずにはいられなかった。
唇を引き結ぶデアを冷たい目で見つめていたアランだったが。小さく息を吐いて椅子に腰かけた。
「黒の魔法使いを討伐して王都へ帰ってきた時、俺の瞳の色が変わったと皆口々に言った。黒の魔法使いの膨大な魔力に中てられて変わったと俺も認識していたから、疑うこともなかった。だが記憶を取り戻して気が付いた。魔力に中てられて変わったんじゃない、この瞳はデアの……王女の瞳の色だ」
瞳の色を覚えていたとは予想外だった。さすが参謀長をしているだけのことはある、素晴らしい観察眼だ。
「ウィルトスとは子供の頃からの付き合いだ。俺の記憶では、あいつの右肩にほくろはなかった。右肩に並んだほくろを見たのは黒の魔法使いを討伐した後だ」
「……そぅ」
庭園で記憶を改ざんしおけばよかったと後悔しても、後の祭りだ。
明るい朝日が差し込む部屋に、寂しげな声音が消えていく。
「警護は今まで通り行います。何かあればお申し付けください」
冷たい口調が胸を斬るようだった。
「あたしは魔女の長、王女じゃない」
精一杯強がってみるけれど。アランは取り合わない。
颯爽と立ち上がる気配がした。
その時だ。優しい指先がデアの頬をしっとり撫ぜた。
ひくりと反応してしまって、かぁっと背中が熱くなってしまう。
「これで失礼します」
口調は冷静そのもの。足早に部屋を出て行く。
強く握り込まれた拳も、悲しげに伏せたまつ毛さえ。デアは知る由もなかった。




