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引きこもり魔女と硬柔騎士様の幸福論  作者: 段数マーカー
26/33

夕食

 

 ⁂


 その晩。

 デアは王家専用ダイニングにいた。

 結局、ソルは大臣との謁見をキャンセルし、夕食の時間を優先したのだ。


 王家専用ダイニングは至ってシンプルだ。アイランド型のキッチンもごく一般的なものである。

「黒の魔法使いを倒して以来、このダイニングを使う時は料理はもちろん、後片付けも自分たちでやる事にしたんだ」

 だから使用人はこの部屋に入らないんだとソルは言った。

「個人的な空間という訳だね」

「そう。三人で旅して知ったんだ。自分たちで作業する楽しさに」

 あの夏も、彼らは自分に出来ることを活かして作業を分担していた。料理担当はアラン、食材担当はソル、野営地設営担当はウィルトスだったとデアは記憶している。

「んで、今晩の献立はミウライス、ユリ貝のスープ、川魚の香草焼き、蒸しモーイ。アランが腕を振るってくれた」

 部屋に入った時から、絶対に美味しい香りがしていた。アランが料理をこしらえたと聞けば尚のこと、デアの腹の虫が騒ぎ出す。数時間前に市場グルメを食べ歩いていたというのに。


 ミウライスはプロメテウスの名産で、黄金色でさっぱりした食感の米だ。最大の特徴はミウの花に似た優しい芳香である。

 モーイはこぶし大の野菜で、土の中で育ち、煮ても焼いても揚げても蒸してもよし、人気の大衆野菜である。


 食卓に並んでいるものすべて、民衆が日々食べているものばかりだった。森で暮らすデアも、ミウライスやモーイは栽培しているし、川魚も食べる。

 王の食卓には、巨大魚の塩釜焼や、豚の丸焼きだとか、見たこともない豪奢な料理が並ぶのだろうと勝手に想像していたから、庶民的な食事と知り肩の力が抜けた。


 乾杯を済ませると、ウィルトスはソルに言った。

「野菜食べろよ」

「ガキじゃねぇんだ、こんくらい食べれるっつの」

「言ったな? その皿キレイにすんだぞ」

 フランクな会話は、四年前の夏に聞いて以来だ。

 デアはくすっと笑った。

「あの時、同じこと言って結局残したよね、野菜」

「覚えてんじゃねぇよっ」

 焦る声を聞きながら、デアは続けた。

「で、アランに食べさせてた」

 すると、隣のアランは柔らかい調子で言った。

「いつものことだ」

 毎回野菜を押し付けられても嫌な顔しないで食べていたのを覚えている。

「野菜好きなの?」

 何気なく問うデアに、アランは言った。

「好きだ。それに、」

 続けるアランは、デアの手をそっとすくい上げた。

 愛しむような触れ方に体が勝手に反応して、心臓が口から飛び出しそうなくらい飛び跳ねた。

「デアの作る料理はおいしい。丁寧に作っているのがよくわかる。俺はデアの料理が好きだ」

『デアの料理が好き』と言うが、誰がどう聞いても料理はカモフラージュで、『デアが好き』という気持ちがありあり伝わってくる。

「……ありがと」

 いつもの語り口で平然と甘い言葉を吐かれてはたまらない。

「ここにカトラリー。これがスープ、ここにパン、この皿がメインの魚料理だ」

 すくい上げた手を導いて、どこに何があるか教えてくれる。

 旅の間も同じように教えてくれた。その時も親切丁寧であったが、あくまでも盲者に対する介助であり、アランの感情が伝わってくることは全くなかった。

 だが今はどうだ、触れられた所からアランの感情が駄々洩れで伝わってくるのだ。

 デアは平静を装って俯き気味に頷きながら。フードをかぶっていて本当に良かったと思った。顔面はカッカするし、きっと耳まで赤いだろうから。

「わからないことがあったら何でも聞いてくれ」

「うん、いつもありがとう」

 アランの手がそっと離れていく。それが妙に寂しい、などと思った自分が情けなかった。数年がかりでアランへの気持ちは忘れたと思っていたのに……一瞬で取り戻してしまうのだから、好きという想いは本当に厄介だ。


 そんな二人をにやにやしながら眺めていたソルは、ひとしきり済んだことを見計らって言った。

「このダイニングキッチンはウィルトスとアランも使う。デアも遠慮なく使っていいからな」

「ありがとう。そうさせてもらうね」


 王国のことや旅の土産話をしながら食事は和やかに終わり。食後のお茶が振舞われた時だった。

 ソルは一冊の本を出した。

「デア、これを」

 手に取って確認してみる。手触りは革製で古い本の匂いがする。

「本?」

「うん、俺の父上、先代王ガブルの日記だ。遠慮なく読んでくれ。日記はデアに読まれたがっているからな」

「そう……ウィルトスとアランに聞かれても問題ない?」

「全く問題ない」

 隣のアランへ、本を差し出した。

「代読をお願いしてもいい?」

「もちろんだ」


 表紙を開いたアランへ、ソルは言った。

「しおりが挟まっているところから読んでくれ」

「わかった」




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