占ってほしいこと
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アランは呆然とするばかり。いつもの精彩を欠く姿にソルとウィルトスは互いに顔を見合わせた。
スッと前に出たソルは、ドッグタグを魔植物の手中に包み、握らせた。
デアはうつむき気味で口をつぐみ。魔植物はドッグタグを握ったままだ。
妙な空気が流れる中、一件落着とばかりにソルはにこやかに言った。
「アラン行くぞ。ウィルトス、デアを頼む」
四年前と比べて声に精悍さが増して、大人の声に変わっていた。しかし話し方は全く変わっておらず、あの小憎らしい笑みを思い出させた。
ソルは呆然と座り込むアランを無理やり立たせ、引きずるように連れ去っていく。
デアと離れるにつれ、アランはだんだん不安になってきた。ガゼボにはウィルトスとデアが二人きり残されるのだから。
「デアは俺が連れてきた。責任を持って部屋へ――」
腕を振り解こうとしても、ソルは自在に腕を掴みなおしてしまうから、抜け出せなかった。
「ウィルトスが連れて行くから大丈夫だって、行くぞほら」
「ウィルトスだけには任せられない」
「あいあい、行くぞー」
アランの懇願するような声が遠ざかっていく。
「デアー、今度一緒に飯食おう! 話はそん時にー」
ソルは振り向きざま言うと、やがて生垣の向こうに消えていった。
静かな庭園で、少し冷えた風が陽の傾いたことを知らせていた。
ガゼボにウィルトスの舌打ちが響いた。
「だけにはって何だ、だけにはって」
だが語尾は半笑いだ。
過去、森の家で二人がいがみ合っていたのを見ているデアは、二人の仲を少々心配していたが。ウィルトスの半笑いの反応に、信頼関係の上に成り立つやりとりなのだろうと解釈し、あえて軽く問うた。
「信用がないのか?」
「らしいな」
鼻で笑い飛ばすウィルトスは「俺らも行くか」とデアの背中を促した。
ドッグタグを握っている魔植物は、長い袖へ吸い込まれるように消えていった。
ただそれだけのことに、妙な安心を覚えるウィルトスであった。
ウィルトスのたらしぶりは承知しているが、デアの歩調にすぐに合わせてくるところは、さすがとしか言いようがない。アランと歩いた時、互いの歩調を合わせるのにいくらかの時間を要したのを思えば、彼の細やかな気配りには大いに感心してしまう。
「すたすた歩いてるが、目が見えなくて不都合は多いだろう?」
率直にものを聞く男である。自分から説明しなくていいのは助かるが。
「森での暮らしは全く支障がない。知らぬ土地や知らぬ道は、覚えるまで具合が悪いこともある」
「エスコートはこれで問題ないか」
「あえて言うなら、押すよりも引いてくれた方が歩きやすいのだが」
「わかった。どうすればいい」
「腕を貸してくれ。肘に掴まりたい」
「おぅ。好きなだけ掴まれ?」
甘く囁かれ、半身に鳥肌が立った。思い出の中のウィルトスで想像するなら、きっと色っぽい流し目を向けていることだろう。
掴んだ肘はこれまた太くてかたい。
「相変わらず鍛えているのだな」
「鍛えるのが仕事みたいなものだからな。しかし、本当に俺のことを知ってるんだな」
「いや、今日が初対面だ」
「どっちだよっ」
切り返しも小気味良い。
人好きのする体の大きいイイ男。それがウィルトスに対するデアの覚えだ。相変わらず話しやすいのも変わりなかった。
「ふふ、」
思わず笑うと、「おっ、笑った顔イイな」と嬉しそうに食いついてくる。これも当時と変わっていない。
「お前の面影は四年前の記憶で止まっているが、よく覚えている」
「俺は全く思い出せないけどよ、そんな好があるなら、もっと砕けて話してくれて構わないんだぜ、ソルやアランに話していたみたいに」
「二人は当時を知っている。お前も思い出したら、考えなくもない」
「きっついなー、けどいい気分だ」
「だが思い出さなくていい。今日が出会った日なのだから」
「お、いいこと言うな。そうだよな、一から知っていくのは嫌いじゃないぜ。よろしくな。俺はウィルトス。近衛騎士団の団長をしてる」
スッと、手が出されたような気配がした。
「魔女の長、デアだ。薬草採取、調合、占い、まじないなどの商いをしていた。よろしく頼む」
人の手を出すと、ローブごと固く握り返された。フライパンくらい大きいのではないかと思う手だ。
ここを曲がると宮殿で、こっちに行くと城。門はあっち――
説明の通りに案内してくれる。その合間にも、ウィルトスの話は続いた。
「商いをしていた、ってさっき話していたが。今は無職か」
「休職中だ。商売相手や迷える子羊を驚かせるだけだからな」
そう言って、ローブの中から魔植物を出して見せると、凶悪な先端が口を開け、鋭利な歯をウィルトスに向けて威嚇した。
「腕がラミア、足がストランダーだ」
「お……おぅ、いい名前だな」
上半身をのけぞらせ、ひきつった笑みをデアに向けた。
「まぁあれだ、知らない奴は驚く……かもしれないな」
「だろう?」
魔植物が袖に引っ込んだので、ウィルトスは体勢を戻した。
「それじゃあ休職中はどうやって暮らしていたんだ。森で一人きり、不自由なこともあるだろう」
「元々、森の魔物の病気やけがを診ているのだが、回復すると必ず礼を届けてくれるのだ。森の恵みというやつだ。外界と接触して通貨を稼がなくても食うに困ることはない」
「魔物にそんな知恵があるんだな……」
「お前たちが片っ端から片づけた魔物にも、子がいて親がいる。病気もするし怪我もする。魔物には知恵も感情もある。……黒の魔法使いの仕業で暴れていたとはいえ、可哀想なことだった。これからは、我々は彼らに干渉せず見守ってやることが大事だ」
「言われてみれば、黒の魔法使いに勝ってから魔物が大人しいな。被害の報告は大幅に減った」
「彼らは元々臆病な性質だ、知識もなしに生息地に立ち入るのは愚の骨頂。個体数が大幅に減った種もいると聞く。無慈悲な手から守ってやらねばならない」
「そう思うと、入らずの森ってのは魔物を保護するために禁足地になっていて、管理人として魔女が住んでいる、と考えられないか」
「いい考察だ。それは私も考えたことがある。他には水源としての機能があるとか、何らかの資源が眠っていることも考えられる」
「あり得る仮説だな。夢があっていいじゃねぇか。何らかの資源ってやつ」
「調べようもないから自分で定義した。森の主である私が、禁足地である意味を」
「どんな定義だ」
「恐ろしい魔女が住んでいるから。」
「それだけか?」
「それだけだ。尾ひれは勝手に付いてくる」
「一歩でも足を踏み入れたら最後、森から出られなくなって、挙句生きたまま皮を剥かれて炙り焼きにされて食われちまうとか、そういうやつか」
「そういうやつだ」
「ぜってぇ入らねぇわ」
「だろう?」
「けど魔女は怖いばかりじゃないだろう? 占いとかさ。俺、そーいうの興味があんだよな。ひとつ占ってくれないか」
「断る。最近入ったメイドに番がいるかどうかなど自分で調べろ。魔力の無駄だ」
「なんでわかったんだよ、何も言ってねぇのに」
「考えなくてもわかる」
「じゃあ、もう一つあるんだが――」
「勝敗は占わない。賭けカードもルーレットも競い馬も富くじも、賭け事や競技の勝敗についてのすべてだ」
「何にも言ってねぇのに言い当てちまうとか、魔女ってすごいのな! 惚れたわ」




