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広い中庭にあるガゼボで、アランは魔女を下ろした。
午後の風が花の香りを運んでくる。
「旅人どうした」とか、「おろせ」とか散々わめいていた魔女も、ここに来る間に静かになっていた。
「ここは中庭のガゼボだ。座って話をしないか」
「……わかった」
アランは魔女の対面に座った。
改めて見てみると、四年前の魔女と今の魔女は見た目も話し方も全く違った。何がそうさせたのか、想像もつかなかった。
「話とは何だ」
思い出したからこそ、魔女の冷たい声音が拒絶を意味していると強く感じた。
しかし伝えなくてはならないことがある。どんなに見た目が変わっても、冷たくあしらわれても、この気持ちは変わらないのだから。
「俺と、結婚してくれ……デア」
柔らかい話し方、優しい声音。
名前を呼ばれたことで魔女は悟った。アランは思い出してしまったのだ。胸の中で、何かが音を立てて崩れていく。悲しいと幸せがないまぜになって、押さえていた感情があふれ出してどうにもならない。
「証になるものは今はこれしかないが、受け取ってほしい」
差し出したネックレスにはドッグタグが揺れていた。
アランの気持ちに応えたい……けれど不自由な体がそれを躊躇させた。心の防壁を壊されても尚、短い下草に懸命に身を隠すかのように。魔女の心はアランの気持ちから逃げ続けたかった。
魔女はそっと手を伸ばした。
袖から現れた魔植物がドッグタグをすくい上げる。
「デア……それじゃあ、」
魔女が肯定したと受け取ったアランは、優しい笑みを見せた。
魔女は応えるように微笑み返し、アランは心から幸せを嚙み締めた。
「祝福のまじないを」
魔女はアランの額に左手をかざし、何か唱え始めた。そこから熱が伝わり、じわじわと体に伝わっていく。
頭の中が真っ白な光に包まれて、体が浮遊しているような、まさに夢心地であった。
アランの瞼が閉じかけた、その時。ソルの声が響いた。
「俺の家臣に危害を加えるのは見過ごせないな」
魔女の首元に冷たい感触が触れた。剣の刃だ。
「その手を放してもらおうか」
耳元でウィルトスの声がした。刃を向けているのはこの男なのだろう。
渋々と言った様子で手をどけると、アランの意識は現に戻った。夢から覚めた、そんな心地だった。
ふらついたアランはウィルトスに介抱されている。そんな二人を尻目に、魔女は言った。
「王が盗み聞きとはな。いい趣味だ」
二人が物陰でこそこそしているのはわかっていたが、邪魔だてをされた魔女は不機嫌極まりない。
「そう言うなって。心配だったんだ、二人のことが。一方は記憶を取り戻して、もう一方は記憶を書き換えた本人なんだからな。揉めそうな状況だろう? 現に、俺の許可を得ず家臣の記憶を改ざんしようとした。止めさせるのが王の務めだ」
「ソル、一体どういうことだ、俺の記憶が書き換えられるなどと……」
訳が分からないと言った様子で、アランは問う。
「わからないのも無理はないよ。だってデアは黒星だ。森羅万象の力を操るデアの魔法はこの宇宙で一番強力だ。そのデアに記憶を改ざんされたのだから、違和感なく過ごせていたんだ。まぁ、改ざんは俺の許可があったから出来たことなんだけどな」
王の話を聞いていたウィルトスが真っ先に声を上げた。
「黒星ってのは黒い魔法使いだろうが。災いをもたらす凶星黒星を俺たちが倒した。だから今、民は平和に暮らせているんだろう」
不安げに王を見つめるウィルトスを楽しげに眺めていた王は、アランに水を向けた。
「というように記憶が改ざんされているわけだ。わかったかアラン」
「……いや、わからない。俺もウィルトスと同じように記憶している」
この発言に驚いたのはソルだ。幼さの抜けた顔が魔女へ向く。
「デアと過ごしたところだけ思い出したわけか……アランの精神力凄いな」
「そのようだな」
アランは、ぶっきらぼうに答える魔女を見上げていた。何かとてつもない事実が隠されているような気がしてならなかった。
「話を逸らさないでくれ。俺たちは黒の魔法使いに勝った。なのになぜ、デアが世界を救ったなどと謁見の間で言ったんだ」
アランの静かな問いに王は小さく頷いて、デアに水を向けた。
「デア、構わないか」
「断ってもどうせ話すのだろう」
「わかってるならいい」
ソルはにこやかに、家臣二人に語って聞かせた。
「あれは黒の魔法使いと戦った日のことだ――」




