===騎士様の夏の日===
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四年前の夏。
旅の途中で入った森で迷い、夕立に追われるように、屋敷に辿り着いた。
そこには可愛らしい魔女が一人、魔物と共にひっそり暮らしていた。
魔女は、アランが隣に座ると適当な理由を付けて席を立った。
戻ってくると、ウィルトスの隣に座っていた。ウィルトスと話が弾んでいるように、アランの目には見えた。
隣に座ると移動してしまうのは、それ以降も続いた。
他人の行動などあまり気に留めないアランだったが、あからさまにそれが続くと、さすがのアランも気になってくる。
二日目、魔女とウィルトスは前日よりも仲良さそうに話していた。森から出たことがない純粋無垢な少女が、女を知り尽くしたイケメンゴリマッチョの毒牙にかかるのも時間の問題だと、アランは危惧していた。
気が気ではなくて、視界の隅に二人を捉えていた。すると、ウィルトスの大きな手が、魔女の華奢な手を優しく握ろうとしているではないか。
アランは黙っていられなかった。
『ウィルトス、ほどほどにしておけ』
チリッと、視線がかち合う。
ウィルトスの動きが止まった、その時。ソルが魔女にカード勝負を申し込んだ。挑まれた魔女は『今度こそ負けないからね』と、楽しげに席を立ち、行ってしまった。
アランをじろりと睨みつけるウィルトスも、負けていない。
『水差すんじゃねぇよ。お前のもんじゃねぇだろうが』
凄んでも、アランは至って冷静だった。
『デアはモノではない』
ウィルトスの舌打ちが聞こえたが。アランは構わず魔女の毒草辞典に視線を戻す。
『横やり入れるなんざ、らしくねぇな。惚れたのか?』
後ろのテーブルで、王と魔女と魔物たちがキャッキャと遊んでいる。二人の話は聞こえていないようだ。
ウィルトスに言われ、アランは顔を上げた。
『そうではない。相手はまだ幼い少女だ、慎んだ行動をとったほうがいい。それに、俺達には使命がある。色恋にうつつを抜かしていると、足元をすくわれかねない』
わだかまりが言葉になって出たことは心の中で認めていた。口では幼いと言いながら、アランの目にも魔女の可愛らしさは好ましく見えていることは間違いない。
『俺は好いた女がいる方が、やる気出るけどな』
『何人いると思っている』
『一人に決めなきゃいけない道理はないだろ?』
にやりと笑われ、溜息をつくアランだった。
三日目の夕食は、アランが作った。
持参のレシピ本を広げ、きっちり計って作るのがアランの信条だ。
いつも手際のいい魔女が、この日は指を切ってしまった。
些細な声も、魔女の声なら大きく聞こえた。
『大丈夫か』
血は瞬く間に腕の方まで伝って、傷が深いかもしれないと心配になる。
その時だ、誰かが魔女の腕を奪った。
そこに立っていたのは、ウィルトスだ。
『俺が手当てしてやるよ』
ダメ押しのようにパチッとウインクされた魔女が、頷きかけようとしていた。これは一大事だった。頷いてしまったら、ウィルトスの毒牙にかかったも同然である。アランは魔女の腕を咄嗟に奪い返した。
(デアを、渡さない)
そして衝動のままに、魔女の指を口に含んだのだった。
『……嗚呼、』
気を失ってしまった魔女を、アランは抱き留めた。血に塗れる唇を意味深に舐めながら、ウィルトスに眼差しを向けた。魔女に手を出すなと目が言っていた。
『気持ちが固まったみたいだな』
ニカッと笑うウィルトスは、アランの肩を叩く。その鈍い音はかなり本気で叩いていることが伺えた。
キッチンの入り口で傍観していたソルが、呆れた様子で踵を返した。
『俺ぇ、救急セット持ってくるわ』
⁂
出立の日。見送る魔女が見えなくなったころ、ウィルトスは言った。
『なぁお前、デアのことどう思ってんだよ』
それぞれの持ち物に、魔女からもらった不気味なあみぐるみがぶら下がっている。ソルとウィルトスはリュックに、アランはベルトに巻き付けて腰から提げていた。
『どうと言われても。王のために進む以外、考えていない。今は』
『今じゃなくなったら、考えるのかよ』
『なぜそこまで突っかかる』
『デアが指を切っただけで、お前の焦りようと言ったらなかったけどな。俺に凄んだあの顔、地獄の王にも勝てそうだった。あれは一時の気の迷いか? 冷徹なお前が感情に流されるなんてらしくねぇじゃねぇか』
『……何が言いたい』
『そんなに大事なら、鎖で繋ぎ留めとけってことだ』
『俺はデアの意思を尊重する』
『そうやって逃げんのかよ』
『なんとでも言え。わが命は王に捧げている。運命は王と共にある』
『今が終わった後、お前がのんびりしてるなら、俺がかっさらいに行くからな。文句言わせねぇぞ』
剣呑なウィルトスと天然アランを、王は頭の後ろに腕を組んで、のんびり眺めていた。
⁂
ウィルトスにはああ言ったが、アランの心にはしっかり魔女がいた。
魔女と過ごした日々はかけがえのないものとして胸に残っている。
毎朝焼いてくれたケークマフィンが楽しみだった。
焼き菓子の甘い香りで目覚めていたあの朝が恋しい。大きな皿を持ってキッチンからやってくる魔女は、今は幻だ。
大胆に淹れてくれる、甘い芳香で少しスパイシーなお茶も、また飲みたくなった。
旅をつづけ、戦いに身を投じ、傷ついても、くたくたになっても。不気味なあみぐるみを見れば、不思議と癒された。
――旅が終わったら、魔女に会いに行こう
アランは決めたのだった。
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