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引きこもり魔女と硬柔騎士様の幸福論  作者: 段数マーカー
17/33

 

 ⁂


 翌朝。

 鳥がさえずる穏やかな朝だった。

 魔女は毎朝、玄関先で伸びをするのだが、雪は降っていなかった。


 ケークマフィンをテーブルに置くころ、アランが寝癖を付けて椅子に座った。


 すると、暗雲立ち込め、雪が降り始めた。まるでアランが起きたのを見計らったかのようだ。

「雪か、今日も外に出られそうにないな」

 何の気なしに発されたアランの言葉に、魔女は溜息をつきたくなった。

(本当に面倒な空だ)


 光を失って以来、森に引きこもり、静かに暮らしていたというのに。早く帰ってほしいと、心から、魔女は思う。


 さりとて、アランが去った後の寂しさを思うと、心がはちきれてしまいそうになった。


 だがアランは魔女のことなどどうとも思っていない。それに気づくと、魔女は少し心が楽になった。


「今日、森の淵まで送っていく」

 決心が揺らがないうちに、と思うあまり、茶の支度をしているときに話してしまった。食事をしているときに話そうと考えていたのに。

「しかし雪が、」

「案ずるな。私について来ればいい」

 すくった茶の葉をテーブルにぶちまけているから、アランとフゥとヤァは顔を見合わせた。どの顔も困惑していた。

「……そうか。では案内をお願いしたい」

 お茶は俺が淹れよう、熱湯は危険だ。アランがやんわり言うと、魔女は素直に交代した。むっすりと、マフィンと頬張っていた。


 ⁂


 リースの付いたドアを開けるとそこは、むせかえる新緑の森だった。

 アランはキツネにつままれたような心持であった。

「雪が……ない」

 降り続いていた雪は跡形もなくなっていた。少々肌寒いが、空は晴れ渡って穏やかである。

「案ずるなと言っただろう」

 行くぞ旅人。と魔女は歩き出した。

「どれくらいで森から出られるんだ?」

「二時間ほどだ」

 それきり、会話は途切れた。

 時折、鳥のさえずりと魔物の声が響くだけだ。

 アランはほっとしていた。こんなに早く帰れるとは思っていなかったからだ。「ここから国までどれくらいかかる」

 今度は魔女が聞いた。

「そうだな、ひと月ほどだろうか。他の森を回った足で来たから、正確な日数は分からないが」

「そういえば馬を見ないが、もしかして徒歩か?」

 意外そうにデアは小首をかしげている。その様子は「騎士なのに?」と続くような雰囲気だ。

「そうだ。馬に乗っていると気が付かずに通り過ぎてしまうことも、気づくことができる。徒歩は旅の醍醐味だ。今回の任務では一年ほど歩いている」

「好きか。徒歩が」

「ああ、好きだ」

「そうか」

 魔女も歩くのは大好きだった。日がな一日、森をうろうろ歩くのだ。意外な共通点を知って、乙女心がぽわっと温かくなる。

 だが浮かれてはならない。恋は終わったのだ。魔女は表情を引き締めた。

「外の世界で流行っている甘いものは何だ」

 突然振られた話も、アランは真面目に答えた。

「今流行っているのは、虹色の綿あめだ」

「綿あめ?」

 今度は魔女がきょとんと小首をかしげる番だった。想像もつかない様子である。

「綿あめを知らないか」

「知らん。教えろ、綿あめとは何だ」

 食い気味に話す魔女は、嬉しそうに答えを急かした。魔女が初めて見せた年相応の感情に、アランは少し安心した。同時に、心地のよさを感じていた。

「缶の側面に穴を開け、砂糖を入れる。それを熱しながら高速で回転させると、飴が穴から溶けて出てくる。蜘蛛の糸のような状態のそれを、棒にからめとっていくと、綿花のような、それこそ空に浮かぶ雲のようなふわふわの綿あめが出来上がるんだ」

「雲を食すのか! で、どのような味だ」

「砂糖味だ」

「雲は砂糖味……!」

 噛み締めるようにつぶやく隣で、共に歩くフゥが「ふ!」と声をかけている。

「で。虹色のそれは、虹の味なのか」

「いや。色の付いた砂糖で作っているだけだ。味は変わらない」

「そうなのか……」

「フゥ、」

 残念そうに肩を落とす魔女へ、フゥが慰めの言葉をかけている。

「ありがとう、フゥ」

 魔女はしばらく空想に浸っているようだった。

「食べてみたいか」

 アランが問うと、魔女はすかさず「もちろんだ」と頷いた。

「王国に行けば食べられる。一度行ってみないか。案内する」

 好機とばかりに誘ったが、魔女は溜息で返した。

「騎士様の案内はさぞ頼もしいだろうな」

 それきり、森の淵に着くまで会話はなかった。


 森の淵で、魔女は立ち止まった。

 二メートル先の外の世界で、アランも立ち止まる。

「送ってくれてありがとう。諸々の礼は必ず」

 アランは魔女に体を向けて誠心誠意伝えるのだが、魔女は森に体を向けてしまった。

「礼は要らん。戻ってくるな。それから王に伝えろ。会わない、とな」

 言うだけ言って、森に歩き出した刹那。

 暗雲が空を覆い、魔女を吹雪が襲った。

「くっ、」

 突風に吹き飛ばされてよろめいたところを、抱き留められた。

「大丈夫か」

 アランの声が頭上で聞こえる。

 この温かい感触はアランの胸板であろう。

「大丈夫ではない」

「だろうな」

 ふっと笑う声がする。

「緊急事態だ、森の外に出る。あっちは晴れている」

 ひょいと抱えられて移動しているようだ。魔女は腹の中で叫んだ。

(空め!)

 空に踊らされていることが癪に障った。半面、空の気持ちもよくわかっていた。空は、素直になれと言っているのだ。


 素直に王国へ同行していれば、こんな七面倒なことにはならなかったはずだ。

 しかし、魔女には魔女の事情があった。だから頑なに、森から出ないと言っているのに。

 空は魔女を森に返さないつもりのようだ。


 足が地面についた。

 下草の感触が森のものとは違った。

 とうとう、外に出てしまったのだ。

 呆然と立ち尽くす後ろで、ごうごうと風の音がしている。森はまだ吹雪で荒れているのだ。

「大丈夫か。具合が悪くなったりしていないか?」

 アランの声で我に返った。

 外の空気に触れると体に支障をきたすと思っているらしい。

 少し天然なところが、魔女的に好ましいのだ。答えない魔女を、フゥが心配して見上げている。

「フゥ?」

 そんな毛玉を、魔女は抱きしめた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 言うなり毛玉に顔をうずめて思い切り吸ったあと。顔を上げた。

「フゥ、ヤァと留守を頼む」

 愛おしげに撫ぜられる毛玉は元気よく返事をして、体をうねらせて森に帰っていく。するとぴたりと轟音は止んだ。

「……吹雪が止まった」

 アランのつぶやきの後ろで、フゥの元気な声が森に響いた。

「フッ!」



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