英雄に呪いをかけたと告発される黒魔女のお話
「リル、俺と結婚してくれないか」
英雄アルトゥールは堂々と告げる。
その言葉に、言われた本人はもちろん――周囲は固まった。
あんぐりと口を開ける、白魔女のヤナ。
彼に熱い視線を送っていた王女は固まっている。
そして、彼と王女を結婚させようと密かに画策していた王は、険しい表情を浮かべた。
そこはシュヴァーン王国、玉座の間。
邪竜を討ち倒した英雄たちを迎えた、凱旋の最中のことだった。
周囲がお祝いムードに包まれている中、王は英雄に尋ねた。
『邪竜を討ち滅ぼし、よくぞ我が国の安寧をとり戻してくれた。貴殿の功績を称えよう。望みがあるのならば、何なりと申すがよい』
『はい。それではこの場で私が心に決めた女性に、求婚することを認めてはいただけないでしょうか』
『ほう……いいだろう。して、貴殿が妻に娶りたい相手とは誰であろうか』
王は大層気をよくした様子で告げる。そして、横目で娘の姿を見た。王女は頬を紅潮させ、髪をいじり始める。
白魔女のヤナが、すっと胸を張って立ち上がったのを、リルは背後から見ていた。
様々な反応を示す者たち――その後ろの後ろ――もっとも目立たない位置で、リルは跪いていた。黒髪は肩ほどまでの長さで、ウェーブかかっている。漆黒の瞳は常に伏せ気味で無感情。フードを目深にかぶり、一度も顔を上げないので、印象に残らない。
というのも、妹弟子のヤナに、「あんた、ただでさえ根暗で地味なんだから、王様の前では息を殺して、じっとしてないさいよ! じゃないと、不敬だわ」と、言われたからだった。
アルトゥールの言動を、リルは他人事のように聞いていた。
選ばれるのはヤナか、それとも、王女様か――。
リルは俯いて、王宮の立派な絨毯を視界に映していた。不意に、視界につま先が映る。
え……? と、リルは戸惑って、顔を上げた。
その先にいたのは、英雄アルトゥール。長い金髪を1つに束ね、空色の爽やかな瞳をした、凛々しい青年だった。
彼がリルの前で膝をついたので、彼女は首を傾げる。
彼がリルの手をとった時、彼女は困惑した。
そして――
「リル、俺と結婚してくれないか」
冒頭の発言へとつながった時、リルはすっかり目を回しそうになっていた。
「なっ……え……あれ、誰……?」
「あんな子、いたっけ……」
「『黒魔女』だろ……。怪しげな術を使うという……」
周囲がざわめき出す。
その時、
「お待ちください!!」
ヤナが甲高い声で喚いた。
「アルトゥールさまは今、正気ではございません! 彼は呪いをかけられているのです! 黒魔女の呪いに!!」
どよめきの声が上がる。
その場にいる者たちは、一斉にリルに非難の目を向けた。
(え……私が……アルトゥールさまに呪いを……?)
リルはアルトゥールの瞳を見返す。彼の真っすぐな眼差し。それを見た時、旅の間の記憶が蘇った。
(ああ……そうか。確かに私が、彼に『呪い』をかけた――)
リルはそのことを思い出していた。
魔法には、二種類の区別がある。『黒魔道』と『白魔道』だ。『白魔道士』が使うのは回復や味方の能力向上といった、「祝福」のような技だ。一方で、『黒魔道士』は「呪術」を専門と扱う。それは対象に、様々な制約を与えるものだ。「呪いをかける」というイメージが人々の間にも広まって、あまり良い印象を持たれない。
呪術の中には相手の心に無理やり、『恋心』を植えこんでしまうものが存在する。
――そうか。アルトゥールさまは今、呪いをかけられている。
――だから、こんなことを言い出したんだ。
リルはそう考えて、静かに諦めの境地に浸る。
――儚い夢だった。
自分のような女が――彼に選んでもらえるなんて。そんな都合のいい話、あるはずがないのに。
+
リルたちの師匠が死んだのは、今から半年前のことだ。
彼は邪竜討伐に出向き、そして、惜しくも目的を半ばとして散った。邪竜の強力な呪いに捉われ、敗北したのだという。
師匠の後を継ぐ形で、リルとヤナは邪竜討伐を国王より命じられた。
初めて2人が玉座の間に召喚された時――そこには1人の青年の姿があった。彼の名はアルトゥール。王国騎士の1人だった。自ら邪竜討伐に志願したのだという。
彼はリルとヤナを前にすると、跪いて、
「美しい魔女様……此度の旅に、私が同行しますことをお許しください。あなた方のことは命に代えても、この私がお守りいたします」
その言葉に、ヤナは興奮したように頬を紅潮させる。リルはいつもの平坦な表情で、彼から目を逸らした。
美しい魔女、とはヤナのことを指しているのだと考えていた。黒い髪に黒い瞳、不健康なほどに真っ白な肌。それが『黒魔女』のリルだった。体付きは貧相でちっぽけだ。
ヤナはリルとは正反対の容姿をしている。明るい金髪に爛々とした碧眼。その身を包むのも明るい色合いの衣装だ。『魔女のローブなんて地味でダサい!』と彼女は日ごろから口にしていたので、白を基調とした学園の制服のような服を着ている。リルは母からのお下がりである真黒なローブ姿だ。
こうして、3人は共に王都を旅立った。
旅の道中、リルたちは邪竜による影響力を実感することになった。
邪竜は国中に強力な「呪力」をばらまいていた。その呪いによって、多くの者が苦しんでいた。立ち寄った村では、子供が高熱を出して、全身に黒いあざが浮かび上がっていた。
苦しむ子供に、ヤナは白魔道による祝福をかけた。白魔道では呪いを解除することはできないが、熱を下げ、痛みを治めることができる。子供の呼吸と顔付きが穏やかなものになると、両親は涙を流して、ヤナに感謝をするのだった。
その一方で、リルは夜な夜な黒魔道を行使していた。材料を入手するため、魔物の体を解体していた。トカゲのようなモンスターの尻尾や、小竜の角……。彼女が持ち歩いているのは、いつも不気味な代物だった。それらを宿に持ちこむ姿を、村人に何度か目撃された。
「――彼女が、呪いをばらまいているのではないか」
すぐにそんな噂が村中に広まった。その話を耳にした時、リルはいつもの平坦な面持ちをいっさい崩すことはなかった。
そういうことにはもう慣れていた。ヤナがリルのことを横目で見て、ほくそ笑んでいる。そんな姿にも慣れていた。
ヤナは「黒魔道」のことを馬鹿にしていた。「不気味で気持ち悪い!」と忌避していたのだ。その発言を生前の師匠には幾度も咎められていたので、表立っては口にしなくなっていたが、リルのいないところで噂を撒いたのだろう。
アルトゥールは村人の疑惑を否定していたようだった。リルは日中、ほとんど宿にこもっていたので、その後がどうなったのかは知らない。
きっと、アルトゥールも旅の同行者があらぬ疑いをかけられたら困るので、否定してくれただけだろうと思っていた。
次の街に着いた時、リルはアルトゥールに呼び出された。
彼は真剣な眼差しでリルを見ていた。
「君に頼みたいことがある。俺に呪いをかけてくれないか」
その言葉にはさすがに驚いて――いつもはあまり感情を表さないリルも、目を丸くするのだった。
+
「――彼は呪いをかけられているのです! 黒魔女の呪いに!!」
ヤナの発言で、玉座の間は騒然となった。
リルは俯いて床を見つめる。否定できない。――覚えがあるからだ。彼女はフードを目深にかぶったまま、微動だにしなかった。
その様子が信ぴょう性をもたらしたのだろう。リルに突き刺さる視線は氷のように冷たい。
王が立ち上がり、声を張り上げる。
「誰か! 早急に調べよ! アルトゥールの身に、呪力が宿っているのかを!」
1人の魔術師が前に出た。アルトゥールの前で杖を掲げる。彼が呪文を唱えると、アルトゥールの体から黒い靄のようなものが立ち上がった。
「これは……強力な呪力です! アルトゥールさまは、呪いをかけられています!」
一同は息を呑む。
王女が口元を覆って、「なんてこと……」と呟いた。ヤナは勝ち誇った表情でリルを見ている。
王は激情して、叫んだ。
「『黒魔女』を引っ立てよ! 英雄を陥れようとした重罪人として、牢に放りこむのだ!」
「待ってほしい」
それを引き留めたのは、アルトゥール本人だった。
「俺は、リルに呪われてはいない」
リルはフードの中から顔を上げる。アルトゥールと目が合った。
彼は真っすぐな瞳で、リルを見つめている。
+
「邪竜の呪いに、対抗するため……?」
リルは宿の一室で、アルトゥールと向かい合っていた。
彼は真剣な表情で頷く。
「邪竜の呪いは強力なものだ。道中でその影響力を間近にして、よくわかった。だから、そのために体に呪いの耐性をつけておきたいんだ」
リルはふるふると首を振る。
「おすすめ、しない」
人前で話すのに慣れていないので、リルの声は小さく、淡々としたものだ。ヤナにはよく「何言ってるか、わかんなーい!」と評されていた。しかし、ぽつぽつと話すリルの言葉を、アルトゥールは急かしたり遮ったりすることはなく、静かに聞いてくれる。
「呪いをかけられれば、体は慣れ、徐々に耐性はつく。でも……それまで、あなたはそうとう苦しむ」
「それでも、構わない。やってもらえないか?」
青空のような曇りのない碧眼だった。その意志の強さに呑まれて、リルはこくりと頷いた。
それからリルは、アルトゥールに呪いをかけ続けた。
初めは小さな効力のものから。リルの予想通り、彼は苦しんだ。
熱にうなされて、ベッドに伏せる。苦しそうな呼吸を耳にして、リルの胸もまた締め付けられた。
「もうやめましょう」
リルは幾度もそう言った。
だが、アルトゥールの決意は強固なものだった。彼は呪いに苦しみ、それを打ち破り――そうして、体に耐性がついたら、リルは別の呪いを彼にかけ、彼はまた苦しむ。そのくり返しだ。これではまるで拷問ではないか、とリルは思った。
「どうして、そこまで頑張るの……」
ベッドのそばに椅子を置いて、リルは彼の看病をしていた。呪いを解除することは簡単だが、それでは耐性がつかない。だから、苦しむ彼を看病することしか、今のリルにはできなかった。
「……俺の両親は……邪竜の呪いで、死んだ……」
苦しげな呼吸の最中、アルトゥールは告げる。
「もう……苦しむ人を、増やしたくない……だから」
意識が朦朧としているのだろう。うわ言のように口にする。
「だから、…………やらなきゃ……」
リルは彼の呪いを解除しようと手を上げていた。しかし、彼の言葉を聞いて、その手を静かに膝の上に戻す。代わりにハンカチを手にとると、額に浮かんだ汗を拭きとるのだった。
(…………アルトゥールさま)
その後、1人になった時、リルは心の中で小さく呟いた。すると、心の奥がぽっと温かくなるような感覚が芽生えた。
「今日ね、アルトゥールさまと買い物に行ってきたのよ! 見て、これ、素敵でしょう?」
ヤナが浮ついた声で告げる。そして、左手にはめられた指輪を自慢げに見せびらかしてきた。
「――アルトゥールさまに、もらったの」
その指輪を、リルは視界に映す。呼吸が苦しくなって、何も言えなくなった。リルは静かに目を逸らす。
――こんな思いを抱いてはいけない。
リルはそう思っていた。自分のような不気味な魔女に思いを寄せられたら、アルトゥールだって迷惑だ。
彼だって、自分よりもヤナのような女の子らしい明るい子の方がいいにちがいない。だから、この思いは叶わない。
叶わないとは、絶対にわかっているけど……。
それでも、こう思わずにはいられない。
(もし……アルトゥールさまが……私のことを好きになってくれたら)
その考えが頭をよぎった、その時。
「……ぅ……っ」
アルトゥールが苦しげな声を漏らす。そして、ベッドの上に倒れこんだ。
リルは我に返る。
その日も、アルトゥールに呪いの耐性をつける訓練をしているところだった。強い呪力の気配に、リルは蒼白となる。
――今、私……呪いをかけた……?
リルは無感情だった瞳を、悲しみに染める。彼の手を握ると、
「ごめんなさい……ごめんなさい…………っ」
謝りながら、その呪いを解除した。
――私なんかが……あなたのことを好きになって、ごめなさい……。
呪いの訓練は、それが最後となった。
+
(そうだ……私はあの時……きっと、彼に無意識に呪いをかけた)
リルは思い出していた。
彼に呪いをかける直前、不相応な願いを胸に抱いてしまった。それが呪術に影響をもたらしたのだ。
呪術はすぐに解除したつもりだった。
でも、まだ彼の中に残っていたのだとしたら……?
その想像にリルは顔を真っ青にする。フードの中で体を震わせた。
「…………ごめんなさい……ごめんなさい……私が……」
罪を告白しようとした――その時。
「それはちがう。俺は君には呪われていないよ、リル」
リルは愕然として、顔を上げる。
「しかし、実際に呪力の気配があるではないか!!」
と、王が怒鳴りつける。
その時、ほくそ笑んだのはヤナだった。彼女はアルトゥールに近寄ると、うっそりと笑いかかる。彼の腕に手を置いて、しなだれかかった。
「ああ、可哀そうなアルトゥールさま……。呪いのせいで、リルにその思いを無理やり植え付けられているのね。彼女のことを無条件に信用してしまうほどに。
大丈夫。私がその呪いは解いてあげるわ。……さあ、こっちを見て、アルトゥールさま……私の、目を」
彼女が甘えるようにささやいて、彼の頬に手を伸ばした、その時。
「俺に触るな」
アルトゥールは冷めた声で告げ、彼女の手を振り払う。ヤナは目を見開いて、声を上げた。
「な……何でよ……! どうして……!?」
「ずいぶん驚いた様子だな、ヤナ。そんなに不思議か? ――俺に呪いが効かないことが」
「なっ……」
ヤナは顔を蒼白に変える。
周囲も呆気にとられて、2人を見つめていた。
王が厳かな声で問いただす。
「どういうことだ」
アルトゥールは自分の左手を上げる。その指にはめられていた指輪を抜き取り、皆に見えるように掲げた。
「邪竜の骨を使った呪術具だ。あんたが俺にはめたんだろう。だが……悪いな」
彼はそれを宙に放り出す。剣を抜きとり、一刀両断にした。指輪は黒い靄のようなものを散らしながら、落ちていく。
愕然と立ち尽くすヤナ。彼女に向かって、アルトゥールは挑戦的な笑みを向ける。
「俺は呪いに耐性があるから、こういうのは効かないんだ」
「なっ……嘘でしょう!? じゃあ、どうして……私じゃなくて、リルなの!?」
アルトゥールはヤナを一瞥する。旅の道中では見せたことのなかった、冷ややかな視線だった。
「たとえ呪いが成功していたとしても、お前のような卑しい女に俺が惹かれることはない」
ばっさりと両断されて、ヤナはへなへなと座りこむ。魂を抜かれたように呆然自失としていた。
そんな彼女を無視して、アルトゥールは魔術師に歩み寄る。
「俺が呪われているかどうか、もう一度、確かめてくれ」
「は、はい……」
彼が杖を掲げると、今度は何の反応も起こらなかった。
「呪力の気配は……ありません」
リルはうろたえていた。
何が起こっているのか、理解できない。
フードを目深にかぶって、おろおろと縮こまる。
その狭まった視界に――誰かの手が映りこんだ。
「これなら、信じてくれるだろうか」
リルは恐る恐る顔を上げる。
アルトゥールは優しげな笑顔を浮かべて、リルの手をとった。
「旅の間、君は夜中まで薬を煎じていた。呪いで苦しむ人たちに救うために……でも、君はそれを誰にも気付かれないようにひっそりとやっていた。
俺が呪いに耐性をつけるために、君に手伝いをお願いした時も……君は朝まで俺の看病をしてくれた」
喉の奥が苦しくて、言葉が出てこない。
リルは夢の中に浸っているような、ふわふわな気持ちに包まれていた。呆然として、アルトゥールの顔を見上げる。
「君が好きだ、リル。俺と結婚してくれないだろうか」
「わたし……、私は……」
その時、『黒魔女』の顔を覆い隠していたフードが、はらりと後ろに落ちる。
彼女の顔が露わになると、その場にいた者たちは息を呑んだ。
リルは涙を流しながら、そっとほほ笑む。
「はい――ずっと、あなたのことを、お慕い申し上げていました……。アルトゥールさま」
その切なげな笑みは、――儚く、そして。
――とても美しかった。
終わり
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