とある図書館の常連達
千年ほど前に滅んだ世界の資料がやたらと充実している以外に特になんの変哲もない図書館には、常連がいる。
片眼鏡の紳士や小太りの主婦、背の高い女子大生やサングラスをかけたミュージシャン風の青年など、様々だ。
そんな常連の中に、一組のカップルがいる。
片方は黒色のパーカーで顔を隠した少年、もう片方は小柄な少女。
少女の方は本当に幼い頃からここに通っている筋金入りの常連で、少年の方は六年くらい前からここに通い始めた。
そんな二人はどうも今年の春から本格的に付き合い始めたらしく、図書館内の一部、彼らが座っている閲覧席の隅っこにだけ、余ったるい水飴のような空気が流れていた。
とはいってもその甘ったるい空気を出しているのは少年の方だけで、少女の方はこれまでとあまり変わりがなかった。
少年は勉強の合間にふと視線を上げて少女の顔を甘ったるい目で見つめたり、ふとした折に少女の頬や髪に触れ、手を握ったりする。
少女はそれを時々鬱陶しそうにしているものの、素直にされるがままにされていた。
そんな感じの事が続いて一ヶ月、三時になって仲良く手を繋いでどこかに立ち去って言った二人の姿を見送って、常連の老紳士がとうとう耐え難くなったのかその口を開いた。
「いやあ、おめでたいねえ」
その言葉に、他の常連達はぴくりと反応する。
「やっとって感じだよねえ」
「リア充は基本滅べって思うけど、あの二人は前から見てたからかなんかもうお幸せにって感じ」
「それ、わかる」
ボソボソと小声で、互いに名前も素性も知らない相手と共に、やっぱり何者なのかは知らないあの二人のことを彼らは話し出す。
「昔はね、少年の方はちょっと喧嘩腰だったんだよ。いつの間にかただ一緒にいるだけって感じになったけど」
「知ってる、何言ってるかわからなかったけど、すごい一生懸命少年の方が少女に話しかけてた、なんかいじらしくて頑張れって思ってた」
「へえ、そんな感じだったんだ。ずっと前から一緒にいるのは知ってたけど、それは知らない」
「というかあの二人が話してるのって、何語?」
「多分昏夏語だね、意味はサッパリだけど」
「へえ、友達が昏夏学専攻してるから一回資料見せてもらったけど、意味不明だった……そんなのペラペラ話せちゃうんだ」
「なんか二人にしかわからない言葉で話してるの、いいよな」
「めっちゃわかる」
そんなことを他の利用者の迷惑にならないように小声で彼らは語り合う。
「野暮だけどねえ、あの二人には普通に真っ当に幸せになってほしいと常々思っているんだよ」
なんて老紳士が言って、他の者達が頷いた頃に二人が戻ってきたので、彼らはそこで会話を打ち切った。