#1 part5
この小説にしては少し長くなりましたが何卒ご勘弁を。
「次、カーブでいきます」
これで6球目。投げられたボールは一瞬浮いたかと思った矢先に横滑りしながら沈んでいく。ワンバウンドするその球をブルペンキャッチャーが掴んだ。
「……あ、もう回ってる?えー、ごほん。今は禄郎のピッチングに注目している所ですね。見ての通り、って言ってもラジオの人は見れないか。まぁ見れば分かるんですけどアンダースローは変化球も厄介なんですよね。総じて言えば全ての球種がキモいです」
「何かディスる声が聞こえたんですけど」
「気のせい気のせい。さて、試合の解説に戻りましょうか。五回裏の攻撃があっさり三人で終わって、今は早くも六回の表ですね。あ、打たれた。せっかく1アウト取ったのにもったいない」
「今度はシンカーで」
黒鵜座の声をよそに、禄郎は淡々とボールを投げ込んでいく。額ににじむ汗をぬぐった。体中に熱が走り始める。そうだ、この感覚。この熱気がいつだって自分の事を燃え上がらせてくれる。
「那須選手はちょっと体力的にキツそうですね。ボールのコントロールもあまり定まってないです。だからこうしてカウントが悪くなって……ほら、四球を出した」
テレビの中では投手コーチたちが輪を作っている一方で、またブルペンに連絡がかかってくる。これでまた打たれるようならいよいよ交代、という事なのだろう。黒鵜座はブルペンで準備をしている禄郎に視線を飛ばす。肩はかなり温まってきているようだし、いつ登板しても大丈夫そうだ。
「さあ初球、ここの入りは大事ですよ?……おおっと打たれた!うーん悪い球ではなかったんですけど、ボールが高くなっちゃった分外野手の前に落ちちゃいましたね。二塁ランナーが生還してこれで2点差です。監督が上がってきて……投手コーチがボールを受け取りました。あぁーやはり交代ですか、ここで交代になります。那須選手は試合こそ作ったんですけど、ここでの降板は悔やまれますね。さぁこの状況でで登板するのはーーー?ん我らが誇るサブマリン!石清水禄郎だぁー!」
「……よし、行ってきます」
軽く水を口に流し込んで、禄郎がゆっくりとブルペンを出る。撮影陣も、黒鵜座も、その背中に対して拍手を送った。
『投手交代をお知らせします。ピッチャー那須に代わって石清水。背番号19、石清水禄郎が上がります』
観客たちが拍手で帰ってくる那須を迎える。その裏で禄郎に対する拍手は少ない。まぁ、たかが中継ぎに対する声援なんてそんなものだ。だけどそれでいい。それくらいの期待感で見てくれた方が禄郎にとっては丁度心地よいプレッシャーだ。
「いいねぇ、やっぱりこういう痺れる場面で登板するのはリリーフの特権ですよ。まぁ僕はやりたいとは思いませんけど」
おら、笑えよ、という視線を受けてまばらな笑い声が撮影陣の間で起こる。
「禄郎が投球練習している間は暇なんで、ブルペンコーチでも呼びますか。おーい、仲次コーチー!こっち来て話しませんか~!」
「断る。大体俺は電話を受けるので忙しいんだ、他当たれ」
と言われても7回を主に投げるカイルも、8回に投げる予定の北も既にブルペンで準備し始めている。
「ちぇっ、つれねーでやんの。大人ってのは嫌だねぇ、理詰めになって頭がカチカチになっちゃう。おっと、そんな事を言っている内にいよいよ禄郎が投げる番が来ましたね。相手は右打者、きっと初球を狙ってるからここは入りに気を付けたいところですね」
禄朗が深呼吸してサインに頷く。その初球、打者の胸元近く、つまりインハイへボールを投げ込んだ。際どい球だったが、審判がストライクをコールする。
「お、いきなり厳しいコースを攻めてきました!これはバッテリーも強気ですね。ここはゴロを打たせてゲッツーを取るのが理想でしょう。……さぁ三球目、投げた!キタキタキタ!これは注文通りの打球!はい、4!6!3!ゲッツ―――!さっすが禄郎、たった三球でゼロに抑え込みました!ここからも聞こえるでしょうか、球場は大きな拍手に包まれています!見たかファンの皆ぁ!これが石清水禄郎だぁ!」
ちょっと興奮気味に言ってしまったし、これはラジオ中継っぽいか、と黒鵜座は若干後悔していた。だがしかし、チームの危機を救って見せたのは事実だ。これぞ完璧な火消し、禄郎の真骨頂。これを評価せずしてどうする。ベンチで熱い歓迎を受ける禄郎を見ながら、黒鵜座は喋るのをやめない。
「……ん、ゴホンゴホン。すみません、少し興奮しました。とはいえこれが石清水禄郎選手のすごさです。皆さん名前だけでも覚えて帰ってください。ちょっとプロっぽい事を言うなら、最後の球はシンカーですね。右打者の手元に沈んでくるボールで、打者はストレートと錯覚したんじゃないでしょうか。最初の一球が上手くいった結果です、これはバッテリーの勝利でしょう。あ、じゃあ次は軽い運動がてらストレッチの話でもしますか」
「はい、まぁ僕がいつもやってるメンテナンスはこんな感じです。えー試合に戻りましょうか。今は6回裏の攻撃中なんですけど、まぁもうワンアウトだし下位打線なんですぐ終わるでしょう。……え、そんな事言うなって?仕方ないじゃんウチの下位打線の弱さなめんなよ。あ、テレビをご覧の皆様には分かるでしょうが、何と登板直後の禄郎が帰ってきてくれてます!いやー禄郎、ナイスピッチング。ところでベンチにいなくて良かったの?」
「まぁ代打送られるしうちのリリーフ、七回からは特に鉄壁なんで大丈夫でしょう。それとも何ですか、抑える自信がないんですか?」
「あ、今喧嘩売った?そりゃあ抑えるよ、当たり前じゃん抑えますよ」
「言いましたね?絶対ですよ?」
「分かってる分かってる!あ、そんな事言ってる間にもうツーアウトですね。このペースじゃもう終わりそうですね。んー次の打者が初球ピッチャーゴロ。……ほんっとウチのチームが守備力と投手陣で勝ってるのが分かりますね」
「いや放送中にそういう事言うのはまずいですって!下手したら干されますよ!?」
「さぁ七回のマウンドにはカイル投手、大きく縦に割れるカーブが武器のピッチャーですね」
そんな事を話している内に、ブルペンに電話がかかってくる。ブルペンコーチの仲次がそれを受けると、何やら話し込んだ後に黒鵜座の元へと歩いてきた。
「ハジメ、準備だと。肩作っとけ」
「え、いやでも視聴者には8回までやるって」
「二度は言わんぞ、仕事はちゃんとやれ」
「……分かりましたよ。あー分かりました、やりますよ。でもちょっと次回予告だけさせて下さい。はい、禄郎後は頼んだ」
そう言って黒鵜座が席を立って肩を回し始める。グラブを手にはめ、軽くその場で足踏みをしはじめる。今から準備、と言った感じだ。
「ええっ、僕ですか!?あ、これ読めばいいんですね。えー次回のゲストは『経験豊富なベテランリリーバー』芝崎怜司選手です。はい、じゃあ次回お楽しみに!……これでいいですか?」
「ん、オーケーオーケー。じゃあ次回は明日のデイゲームですね!はいじゃあお楽しみにー!」