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#5 part3

「試合は4回の裏、1-1でブルーバーズの攻撃を迎えています。まーた接戦だよもう。ここの球場だとあんまり点が入らないんですよね。もう勘弁してほしいっていうかなんて言うか」


「それは俺たちの努力の結果と言えるだろう。どれだけ形が不格好でも、必死に作り上げた結晶は光り輝くだろう? だから、それだけで美しいんだ」


「言い訳になっているようでなっていませんよ。っていうか八家さんはもうちょっとイニング食ってから言ってもらえますかねぇ?」


 にっこりと笑みを浮かべながら黒鵜座が毒を吐く。先発の穴埋め的存在として試合を作ってくれているとはいえ、八家はあまりイニングを食わない。元々ナックルボールというのは、肩や肘に対する負担が少ないという利点があるが、その反面自分でのコントロールが出来ない。そのため、テンポが悪く余計なところで球数を使うケースが多いのだ。よって球数もかさみ、結果短いイニングしか投げられない。それが意味することはつまりリリーフの酷使である。


「努力はするよ。だけど俺のピッチングはいつだって風任せだからね。どんな方向にいくかなんて、予測できてしまう方がつまらないだろう?」


「無敵かよこいつ! そんな放っておいて次のハガキ行きましょう。ペンネーム『アルティメットギタリスト』さんから。『私はバイトの傍らでいつか東京の日本館でのライブを夢見るギタリストです』、いやこの愛知ドームじゃないんですね、まぁいいですけど。だったらその前にそのネーミングセンスを改善した方がいいかもしれないですね。あ、はい続きですね。『いつか野球選手の登場曲に選ばれるほどの曲を作りたいと思っているのですが、皆さんはどんな基準で登場曲を選ぶのでしょうか。教えていただけると幸いです』との事です」


「人によって好みは分かれるだろうね。俺は魂を揺さぶるようなライムが好きだし、音楽をよく聞くから気分によって変えるんだ。定番はやはり―――」


「ちょっとストップ。こういうのって版権とかあって面倒だから具体的な名前を出すのは……」


「アメリカでラップの神と崇められる『Jack Carl』、頭文字を取った通称、JCが好きなんだ」


「今僕やめろって言おうとしたよなぁ!? 喧嘩売ってんのかコラァ!!」


 平然と話す八家に対して黒鵜座が肩を揺さぶりながら叫ぶ。番組を潰す気か貴様ァ! 何か球団の首脳陣から言われたのか!?


「ああもう、こうなったら著作権とかで面倒なことになりますよ! 頑張ってください番組の制作の方々! はぁ、全く急に何を言い出したのかと思えば……」


「彼の魅力はその悲しくも盛り上がるあのサウンドとこちらに訴えかけるような歌詞にあるんだよ。まぁ歌詞は日本語訳を動画で探すんだけど」


「最後の一言で台無しだよ。え、じゃあ分かってないじゃん本来の意味。誰かの訳を通してしまったらそれはもう別物だからね?」


 ※あくまでも個人の見解です。苦情は黒鵜座選手にお願いします。


「ともかく、JCは最高だよ。一度ハマってしまえば中々抜け出せないくらいに魅力的なんだ。一回生でみてみたいものだね。君にも分かってもらえればこれ以上の喜びはないよ」


「ねぇこれ切り抜かれて偏向報道されそうじゃないですか? その、Jack carlさんがどれだけ凄い人かは一旦置いといて。下手したら女子中学生を表すJCが八家さんは好きだって受け取られても仕方ないですよ。犯罪者みたいな目で見られたくないですよね!?」


「ふっ、それもまた一興……」


「全然一興じゃねーわ。この番組が変態と変人の温床みたいに扱われるじゃないですか! こちとらまだ5回目なんですから変なイメージつけたくないんですよ」


「いいじゃないか、音楽というものはそういうものだ。バラバラな個性が集まって、一つの形となるものなだ。だから少し個性が尖っているくらいが丁度いいんだよ」


「他人事だと思いやがって……いやこれそういう問題じゃなくてですね。っていうかバラバラにも程がありますよ。これだと空中分解しちゃいますって」


「そうなるならそれも定めさ」


「……奥さんに言いつけますよ」


「すみませんでした」


 奥さんの話を出すと途端に八家は大人しくなった。ようやく訪れた静寂に黒鵜座は安堵する。どうやら家では相当尻に敷かれているらしい。家での彼の姿が見てみたいものだ。


「分かればいいんですよ分かれば」


「それで、まだ君から聞いていないね。君は何であんなシンプルなサウンドを選んだんだい?」


 八家が軽快なラップをよく選ぶ一方で、黒鵜座の登場曲はというと3度鐘の音が鳴るというだけのものだ。シンプルというにもほどがある。


「あー、そりゃ僕にも振ってきますよね。当たり前っちゃあ当たり前か。いや僕もですね、人並みに音楽は聴くと思いますし何なら普通の人よりも流行に敏感だとは思っています」


「確かに君はトレンドに詳しいよね。ハチドリのように色んな花をとっかえひっかえ選んでいる姿をよく見るよ」


「っすー、その言い方辞めて下さい? 二人っきりの時は別にいいですけど、こういう公共の放送だと変に捉えられかねないんですよ。何ですか、死なばもろともってやつですか。勝手に僕を心中させようとしないでください? その言い方だと女の子を惑わせるチャラ男みたいじゃないですか」


「でも君の選んだものも味があっていいと思うよ。何と言うか、ゲームでいうラスボスが序盤に現れるような絶望感があるからね」


「まぁ目指していたというか、そうなりたかったんですよね。こう、うーん一言で表すのは難しいですけど。この曲が流れれば相手が諦めムードになってしまうようなものにしたくて。メジャーリーグの登場曲を色々と参考にしてみたんですけど、シンプルな方が自分に合ってるんじゃないかと思いまして」


「それで鐘の音を選んだというわけか。うん、終わりっていう感じがしていいんじゃないかな」


 八家の一言に、黒鵜座が指をぱちんと鳴らして反応する。何だ、たまにはいい表現をするじゃないか。本当にたまになのがキズだけれども。


「そうそう、その感じですよ! 色んな地域だとか国だとかの鐘の音を聞いてみてその中から決めたんです! 出来るだけ絶望感を出せるように低く、それでいて鈍い音が良かったんですよね。でもこれ、抑えられるからいいものの、打たれるようなら相手じゃなくて味方に絶望を与えるところでしたよ。風評被害を招きそうですね」


「あ、そうだ。これを送ってくれた彼にも何か一言添えてあげてはどうかな? それを求められているような気もするし」


「何かって、えーっと……まぁいつか、色んな人の登場曲に選ばれるような曲を作ってあげてください。音楽の力っていうのは思っているよりも素晴らしいですからね。ではそろそろコマーシャル、カモ―――ン!」

 



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