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#3 part4

投球論も打撃理論もよく分かりませんがよろしくお願いします。

「はい、続けて参りましょうブルペンラジオ! え? 熱田はどうしたのかって? あいつは今頃戦場に……」


「おーい黒鵜座、そろそろ……ってオイ続き始まってんじゃねーか! お前しばらくCMだからゆっくりトイレに行けばいいって言ってたよなぁ!」


「トイレという名の戦場に行ってました」


「いやーデカかった」


「聞いてねーよ……チッ、そのままブルペン(戦場)に向かえば良かったのに。そうでーす、まだコイツの出番は来ないらしいでーす。つーかお前、頭に付けてたハチマキは?」


 トイレに行く前と後で熱田には明確な見た目の違いがあった。頭に付けていたハチマキの有無である。確かに放送前には「金子監督♡先発志望です」と書かれたハチマキを付けていたはずだ。流石にそれを付けたまま登板するほど馬鹿ではないと思うが、準備が始まるまでてっきり付けたままなのかと思っていた。


「あぁ、あれか? 愛国心が足りないって」


「軍の回し者か!」


「日の丸を掲げろって」


「だから軍の回し者かっつの!」


「まぁ冗談なんだけど」


「じゃあ何でだよ、俺の忠告に対しては振り返りもしなかったくせに」


「いや、さっき丁度仲次コーチとすれ違ってよ。そん時にこれを説明したら何て言ったと思う?」


「『馬鹿じゃねーのお前』とか?」


「すげぇ、一文字違わず合ってる!」


 そりゃあ誰だって同じような感想を抱くだろう。心底呆れた顔で発言する仲次コーチの姿が容易に想像できる。あーあ、だから最初に言っておいたのに。また黒歴史のページが増えたな。


「まぁいいや、人の黒歴史が増える事に関してはどうでもいいし。なんならお前の馬鹿っぷりに毎回追われる人の苦労を知ってほしいぐらいだし。黒鵜座だけに」


 ここは室内だというのに、冷たい風が吹いた。絶対零度のクローザー様はトーク力でさえ聞いているものを凍り付かせる。……うん、今のは忘れよう。


「お前も黒歴史が増えたな」


「……そ、そんなことねーし。ばーかばーか」


「俺が言うのはどうかと思うけど、お前も追いつめられると語彙力なくなるよな」


「放っとけ! でそうだ、続きだよ! もう一個最後にあっただろ質問!」


「しゃーねーな。俺に言ってた事をそこで反省してろ。えー最後の質問は、『失投しないための心得』だそうだ」


 黒鵜座も熱田も、黙ったまま顔を見合わせる。口をついて出た言葉は二人とも同じものだった。


「「そんなものない(だろ)」(ですよ)」


「ここは同じなんだな」


「そりゃあそうでしょ。投手なら思う所は同じだろう、それが別にお前じゃなくても。だからこれに関しては僕達二人の気が合うとかじゃなくて、プロの投手としての総意? まではいかなくとも大体の投手はそう考えると思いますよ」


「まぁ投手なら誰しも夢を見るだろうな。ゲームの中みたいに、一度も失投をせずに勝負する事が出来れば投手が負ける事なんてほとんどない」


「僕らは失投を減らす方法は知っていても無くす方法は知らないんだよね。世界がまだそこまで追いついていないっていうか……そうですね、100年経てばそういう技術が生まれるかもしれないですけど」


「その頃には野球があるかどうかも疑わしいな」


「いや、100年前も野球はあったんだし残るだろ……根拠は無いけど」


「それぐらいになると日本があるかも怪しいかも」


「お前急に怖い事言うなよ! え、どうしたマジで。トイレから戻ってくる前に誰かと入れ替わったの?」


「失敬な! 俺はちゃんと俺だわ! ……何か変な事言ったみたいな目をやめてくれるか!?」


 だって突然変な事言い出すんだもん、仕方ねーだろ、という目で黒鵜座は熱田を見つめる。熱田がそんな危険な思想の持ち主だったとは。これからはちょっと距離を置こう。人知れず黒鵜座が熱田の評価を(悪い意味で)見直した瞬間であった。


「まぁそれは一旦置いといて、じゃあいかに失投を打たれないかについてを話しますか。何もないじゃ送ってくれた人も聞いた人もいたたまれないでしょ。ほいじゃあ熱田、言ってみ。返答によってはお前を偽物と判断するぞ」


「何でそんなに疑うんだよッ! まぁ俺の場合、失投する瞬間に力入れて無理矢理にでもワンバウンドさせる。ランナーがいる時だろうとホームランを打たれることに比べりゃ安いもんだからな」


「良かった本物だ」


「判断する基準がおかしいだろお前!」


「どおりでお前の暴投数がチーム内じゃぶっちぎりで多いわけだよ。そりゃあただでさえコントロールが悪い上に無理矢理違う所に投げようとするもんだから、クソみたいなところにボール投げる事もあるって事だな。キャッチャーの角井さんこの前泣いてたぞ。あいつだけはコントロールできないって。でもお前デッドボールをぶつけた相手に向かって喧嘩するのはどうかと思うぞ」


「あれは……仕方ねーだろ。こっちはもう頭を下げたしスポーツマンとしての礼儀というかマナーは果たしてるわけじゃん。まぁ当てたのは完全にこっちの非ではあるけど、それで向かってくるならそりゃあこっちだって自分の身を守るために必死になるよ」


「だけどお前乱闘になった時いつもより目が輝いてるじゃん」


「元からだそれは! で、俺としちゃお前の意見が気になるんだけど」


「僕? 僕の場合はそりゃあアレですね。打たれるような失投するからダメなんですよ。一流ってのはボールの質がいいからそうそう打たれないわけで、多少コースが甘くなろうが回転がすっぽ抜けようが打たれなきゃこっちの勝ちです。だから自信持って投げ込めばいいんです。まぁ強いて何かを加えて言うとすれば……そうですね、さっき言った『再現』を心がけて下さい。上手くいくのもその逆も必ず理由があるんです。それをすぐに見つけるのは難しいかもしれませんが、そのためにかけた時間は決して無駄にはなりませんから」


「流石理論派。ガッチガチに固めてるじゃねーか」


「いやいや、それほどでも」


「おい、熱田」


 黒鵜座と熱田が振り返った先には、笑顔の仲次がいた。笑顔といっても、目が全く笑っていない。


「俺、何回も呼んだんだけど」


「っす―――みませんでした!」


 仲次は表情を変えずに黒鵜座の方を見やる。黒鵜座までもが縮こまってそれが終わるのを待っていた。仲次敏治(なかつぎとしはる)。中継ぎ投手の整理や徹底した『投げさせ過ぎない』の精神で今の投手陣を裏から支えた名コーチ。そんな彼の欠点は一つだけ、皆が口をそろえてこう言うのだ。『怒らせるとめちゃくちゃ怖い』、と。


「おらさっさと行くぞ熱田。黒鵜座も、あんまり付き合わせんなよ」


「あっはい」


(すまん熱田、犠牲になってくれ……!)


 がっくりとうなだれながら半ば引きずられていく熱田を気の毒そうに見送りながら、黒鵜座はひたすらそう願った。少しして、一人だけになった場所に黒鵜座だけが取り残された。


「えー、はい。お見苦しい所をお見せしました。放送は続くので楽しみにしてください。仲次コーチマジ怖ぇ……」







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