プロローグ
砂糖醬油と申します!
小説家になろうでは新参者ですが、何卒よろしくお願いします!
プロスポーツ。それは競争社会となった現代において特に争いの激しい世界である。シーズン中は一流選手同士が火花を散らし、オフにはその年棒の高さで世間の羨望の視線を集める。それは無数のファンの視線をくぎ付けにし、国を、そして世界を酔いしれさせる。
そんな華やかな表の世界とは打って変わって裏の世界は残酷だ。結果を残せず消えていった選手、怪我で人知れず消えていった選手たちはごまんといる。そう、彼あるいは彼女らは無数に重なる屍の上で今日も生きるか死ぬかの戦いを繰り広げているのだ。
その中でも特に入れ替わりが激しいのがプロ野球のリリーフ陣だ。4、5年もすればその面々はがらりと変わり、第一線を張っていた投手は加齢や酷使による劣化や相手の研究によってその姿をくらましていく。リリーフとして10年持つ投手などほんの一握り、15年ともなると指折り数えるほどしかいない。
だと言うのに、守護神と呼ばれる抑え投手を除けば彼らにスポットライトが当たる事はあまりない。せいぜい最優秀中継ぎというタイトルがあるのみだ。だが、考えても見てほしい。先発がもし5回投げ切ったとして、残りのイニングを誰が投げているのか。高校野球でも分業制が浸透し始めているこの野球というスポーツにおいて、最も割を食ってあげているのは誰なのか。リリーフというポジションは最早先発失格の烙印を押された者が集まる場所ではない。チームの勝利を導く尊ばれるべき立ち位置なのだ!そのために我々ができることは何か。現状をひたすら嘆くことか?否、彼らの戦うさまを余すことなく伝える事である!
「…っていう企画を考えてみたんですけど、どうですかね?」
愛知県にホーム球場を置く、名古屋ブルーバーズ。その球場の一室で監督の金子 真寧を唸らせていたのは、ブルーバーズの誇るクローザー、黒鵜座 一が提出したとある企画書だった。その表紙には『ブルペン中継ラジオ』とデカデカと書かれている。この企画書によると、黒鵜座が司会として他のブルペン投手たちとの会話をラジオにして送るというものだった。試合中にそういう事をやるというのがまずありえない。そもそも広告担当でもないたかだか選手がこういったものを自ら書き上げることなどまずもって前代未聞だ。
「色々聞きたいことはあるが、まず一つ。何でこんなものを提案しようと?」
金子の鋭い視線に対して黒鵜座はにへら、といった感じの笑みを浮かべたまま平然としている。彼は頭を面倒くさそうに掻きながら話し始めた。
「いやー、こういうの夢だったんですよね。誰だって一度はテレビに出たいと思ったことあるじゃないですか。要はそれと同じ感覚ですよ」
「そういうのは地元のテレビ局が取材してくるだろう。それに出ればいいじゃないか」
「いやいや監督、分かってないですね。今は選手から自分をアピールする時代ですよ。それに普段あまり日の目を見ないリリーフ投手に焦点を当ててみるってのも面白い案だとは思いませんか?選手への固定ファンが増えればグッズの売れ行きも良くなります。そうすれば監督の懐も潤うんじゃないっすかね」
懐が潤う、その言葉を受けた金子の肩が少しだけ動いたのを黒鵜座は見逃さない。元より金子が守銭奴かつ金に目ざとい性格である事は知っていた。聞けば夫人に相当な浪費癖があって苦労しているらしいが、そんな事はどうでもよかった。黒鵜座は金子に対する敬意などほとんど払っていない。世間では名将、と言われている金子だがその実は現在強いチームの成績にあやかっているだけの木偶の坊である。現場で戦う黒鵜座はそれをよく知っていた。僅かに金子が揺らいだのを確認すると、これがとどめ、と言わんばかりにまくしたてる。
「他の球団と同じことやってるようじゃ、いつまで経っても利益は平行線をたどるままですよ。ここは一つ、新しい可能性に賭けてみるのも一興だとは思いますがね」
しばらくの沈黙が走ったのち、金子は大きなため息をついた。
「…分かった、上に掛け合ってみよう。ただし一つ、条件がある。お前が司会をやる以上は、それなりの成績を残してもらわなければならない。そちらに現を抜かして成績を残せなかったら、批判は必至だろう。よって『2敗、セーブ失敗は5度まで』だ。それ以上成績が悪化するようならこの企画は即打ち切りとする」
「いいっすよ。まぁそのくらいは覚悟の上ですし」
かなり厳しい条件であるにも関わらず、あっけらかんとした様子で黒鵜座は答える。昨シーズンの成績は2勝1敗で防御率2.33、セーブ数は29。大台の30セーブにはギリギリ届かなかったものの、抑え投手としてはそこそこに優秀な成績を残せている…とは思う。セーブ失敗もそこまで多くはないし。まぁ4回くらいかな。今シーズンからは新しい秘策も用意してあるし。
「まぁそれでいいなら全然自分はOKっす、じゃ上にもよろしく言っておいて下さいね~」
「ちょっ、待っ……あの馬鹿。本気でやる気か……」
まさか本当にやる気とは思わなかった。黒鵜座が上機嫌な様子で勢いよく出ていった後、一人監督室に残った金子は大きく息を吐いた。
「ありえんだろ普通……何のためにそこまで入れ込むんだ」
うちのチームは投手が他と違って充実しているし、黒鵜座はその中心だ。チームを支えるいわば大黒柱とこんな事でいざこざを起こすのは得策ではない。かといってこれを球団が許可してくれるのかと言えば、そうもいかないだろう。
(どうすりゃいいんだ……)
常勝軍団の監督が幸せかというと、これが中々そうもいかない。勝利を義務付けられ、思い通りにいかないとすぐにファンは罵詈雑言を浴びせてくる。その上、選手は選手で自由が過ぎる。プロ野球選手である以上、どいつもこいつも我が強いのは分かりきっていたことだが、監督となるとそれを強く痛感させられる。
あぁ、俺が現役の頃は全員拳で黙らせればそれで良かったのに。昔はそうさせられてきたし、それが正しいものだと思っていた。今じゃ手を出せば一発アウト、暴言でも場合によっては処分を受けなければならない。本当に嫌な時代になったものだ。そうやってまた一つ、頭痛の種が増えた。
その後、監督とその周囲の尽力によってこの難題ともとれる計画は何とか軌道に乗り、地元の小さなケーブルテレビとラジオによってその放送が決定した。放送日は開幕戦、3月25日に生放送される予定だ。
これが後に伝説となる、『ブルペン放送局』の幕開けであった。
続きは気まぐれで不定期に更新する予定です!