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中編

   

「お国のため、お国のため……。そんなこと言われても、自分は納得できません。人間の命は、そんなに軽くないはずです」

「貴様、何をふざけたこと言っておる!」

 パチンという平手打ちの音が響く。

 もちろん本当に叩いているわけではない。それっぽい演技に過ぎないので、今のは効果音だった。

 舞台の上にいるのは、カーキ色の軍服を着た男たち。上官に叩かれたという役どころの若者が倒れ込み、そこへ別の若者が走り寄る。

「おい、三木島。お国のためで納得できないなら、国に残してきた家族のためだと考えろ。ここで俺たちが頑張らないと、本土まで攻め込まれて、大切な家族が蹂躙されるんだぞ!」

「それでも無理だ。その理屈は私には通じないんだ、伊西」

 三木島と呼ばれた若者が、首を横に振る。

「うちは伊西のところとは違う。母も妹も先日の空襲で亡くなり、もはや守るべき者は残っていない。私が生き延びねば、三木島家の血筋が途絶えてしまう。むしろ生き残ることこそ、家を守ることに繋がるんだ」

 二人の会話に先ほどの上官が割って入り、再び三木島を殴り飛ばす。

「貴様、ここは戦場だぞ! 自分勝手な理屈を振り回すな!」


 赤紙で召集されて戦地へ赴きながらも、無駄に命を散らすことは拒む三木島。

 愛する家族のために、自分は死んでも構わないという覚悟で戦い続ける伊西。

 この二人の若者が、今回のダブル主人公だ。

 太平洋戦争を描いた物語だが、戦争反対を訴えるつもりもなければ、戦争賛美の作品にするつもりもなかった。そのために、正反対の立場の主人公を用意したのだ。

 正直、自分でも難しい題材を選んだものだと思う。

 それでも敢えて挑戦したのは、この劇場のためだった。

 脚本執筆の依頼を引き受けた後、劇場についてネットで調べてみたところ……。

 この場所には、かつて軍の病院があったという。

 関係者の幽霊が今でも出没するとか、先日亡くなった前任の劇作家はその幽霊に呪い殺されたとか、一部のオカルト愛好者たちが、好き勝手な噂を流していた。

 捕らえた敵国軍人を使って人体実験が行われていたという話は眉唾だが、戦地から帰還した負傷兵が大勢入院していたのは本当だろう。せっかく本土まで戻ってこられたのに、ここで力尽きた重傷者も多かったらしい。

 彼らを弔うため……と言ったら大袈裟だが、少なくとも作品構想のきっかけにはなっていた。



「ああ、伊西。間もなく私も、そちらへ行くぞ……」

 舞台の上では、物語が終わりに近づいていた。

 もはや戦地ではなく、日本家屋の一室で横になっている老人。すっかり痩せ細ったこの男が、数十年後の三木島の姿だった。

 もう一人の主人公である伊西は、彼の信念に基づく形で、あの戦争で命を落としている。一方、三木島は太平洋戦争を生き延びたのだ。

 終戦直後の混乱期に、焼け跡のような街で出会った女性と結婚。裕福ではないが幸せな家庭を築き、三人の子供にも恵まれた。その子供たちが独立して、孫たちも育ってきた頃、ついに三木島は寿命を迎える。

「あなた!」

「おとうさん、しっかりしてください」

「おじいちゃん、死んじゃやだー」

 妻や子供や孫たちに囲まれながら、天に召される三木島。

 ここで最後の場面転換が行われて、舞台は天国に変わる。

 ステージの上に立つのは二人の男たち。三木島と伊西だ。

 ただし照明がそれまでとは異なっており、独特の柔らかいスポットライトを役者に当て続けることで「これは実体ではなく二人の魂です」という演出になっていた。

「ようやく来たか、三木島。すいぶんと待たせおって」

「ああ、伊西! 私は天寿を全うしたぞ! あの時あの場で言った通り、三木島家の血筋を守ったんだ!」

「俺は俺の愛する家族を守るために戦って死んだ。お前はお前の家を存続させるために生き延びた。選んだ道は異なれど、俺もお前も、それぞれの使命に殉じたんだ。お疲れ様と言わせてくれ」

 労うように背中を叩かれて、三木島が顔をくしゃくしゃにして微笑む。

「伊西、お前の犠牲は無駄ではなかったぞ。伊西の家族だけじゃない。残された者たちは皆、おかげで平和を享受できた」

 若い頃の三木島は頑なに戦争反対を唱えていたし、年をとってからも基本的な姿勢は変わっていない。

 しかし自分の人生を振り返ってみると、以西の言い分にも一理あると思えてきた。戦争で亡くなった者たちが礎になったからこそ、戦後の平和は生み出されたのだ。

 三木島役の若者は、そのような心境の変化を口調や表情に匂わせて、上手く演じてくれていた。

 そして、かつての上官や戦友たちも魂として現れたところで、涙ぐんだ三木島が、最後のセリフを呟く。

「ああ、伊西。お前は、私の人生も守ってくれたのだなあ」


 割れんばかりの拍手の中、舞台の幕が下りた。

 観客たちの盛り上がりは凄まじく、開演前に感じた肌寒さは続いているものの、それを吹き飛ばすくらいの熱気があった。

 役者たちに精一杯の感謝を込めて、私も強く手を叩いていた。

 視界の片隅では、友人たちがパチパチとおざなりな拍手をしているのが見えて、

「ほら、優子。拍手するなら、もっとちゃんとしないと失礼だよ……」

「恵美ったら、気にしすぎじゃないの? 他のお客さんも、この程度だよ」

 という会話も聞こえてきたが、そこは感性の違いなのだろう。彼女たちには、この芝居の良さが伝わらなかったのだ。万人に受ける物語なんて存在しないのだから仕方がない。そう自分に言い聞かせる。

 周りを見回すと、激しい拍手の割には観客の数が少ないように感じられた。開演前は、もっと多かった気がするのだが……。

 もしかすると、途中で席を立って、帰ってしまった者も結構いるのだろうか?

   

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