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【強欲/4】雇用条件

 不幸中の幸いで済むかもしれない。

 届けられた3通目の書状に目を通し、アリアは盛大に溜息を吐くと、「やれやれ」と苦笑した。

 3通目の書状も町紋(エンブレム)の封蝋があり、署名も前と同じくかの勇士の名前が裏に書かれている。


 内容はひどく簡素に、3つ。

 1つは、アリアの返書に対しての礼。そもそもこちらを疑っていないという旨を含め、調査をしてくれるという言葉を嬉しく思うという内容だ。無論それが本心だとは思わないが、少なくともそれに対して不快感は持たれなかったのだろう。

 1つは、それを断る旨の内容。すでにかの勇士を含めて調査を行い、設営された会場を含めて撤去済みであるため、物理的に調査はすでに不可能であろうということ。また、会合に出席したレミィを疑ってはいないということだ。まぁこちらも、それを本心だと鵜呑みにはしないが、少なくともこちらの心情を慮ってくれているのは有り難いことだ。

 1つは、……独立については押し進めさせてもらう、というものだ。相手なりに言葉を選び、これを読むアリアたちが不快にならない言い方をしてはいるが、要するに「この状況を利用するようで申し訳ないがこのまま独立させてもらう。もう構うな」というのを丁寧に丁寧に、オブラートに包んで差し出しているのだ。


 まぁ当たり前の選択だろう。


 もう一度話し合いを行えば、レミィの時のようにまた全員を殺されるかもしれない。それなりに厳選したであろう人材を殺された上でそのような要求は飲めないだろう、というのはわかる。

 だが、その後に続く文章が、どうにもアリアには気にかかる。


 単純な話だ。

 返書を届ける人材を指名しているのだ。


 最初に書状を届けた冒険者の名前がそこには記されている。

 まだ王都にいるはずなので、その人物に書状を持たせて欲しい、と。

 監視を付けていたわけではないし、拘束しているわけでもない。そもそも屋敷の出入りも庭までと()()()しているだけで、その気になれば逃げ出すことも可能だろう。


 だが、このように指名されると、つい穿った見方をしてしまうのだ。


 言うなれば、ルディーリア側にしてみたら、彼は捕虜に取られているように見えなくはない。……最上級のご馳走を3食与えられ、最上級のデザートに、日に2度のオヤツまで付いて、本当にいいのかいつも旨い飯を、と喜んでいるのが捕虜と言えるのならば、だが。

 その意味でこちらにいる()()は2人であるが、1人は元々王都への移住希望。つまり()()は実質1人だ。

 その()()に返書を持たせて帰らせろと言うのは、不自然ではないだろうか。


……いや、気持ちはわかる。


 少なくとも、()()はルディーリア側の人間だ。

 それとなく茶を飲みながら話をしてみたら、ルディーリアに恋人がいるらしく、数回惚気を聞かされたので、ルディーリアに帰りたいと思っているのは確かだろう。

 それにルディーリアにしてみれば、こちらと断定はしていないものの、こちらへの嫌疑が全て晴れているわけではないのだ。

……だとすれば、()()に書状を持たせるのが最も安全策であることも確かで、こちらの誠意を示す簡単な方法でもあるのだ。


 だが、捕虜にしたわけでもなく、ただ逗留してもらっているだけの冒険者の名前を、こんな時に出すものだろうか。


――そこまで考えてから、アリアはふと気付く。


 そういえばそもそも、アリアの屋敷にいることすら、向こうには伝えていないのではなかったか。

 冒険者組合やギルドであれば、冒険者の居場所を探しやすいとも聞く。それを使って、ギルドは王都側に向かったのを最後の足取りとしたのだろう……いや、そもそも王都の冒険者組合に顔を出していないことまでを突き止め、アリアの屋敷に逗留していることに気付いたかもしれない。


 となれば、アリアの近くにいる人物の中で最も信頼できるのは、ひとりしかいない、という結論になるのは至極真っ当な思考と言えるだろう。


――ルディーリアの面々が嘘偽りない、というのが前提だが。


 仮に、ルディーリアの言い分に偽りがあった場合はどうか。

 ルディーリアにとっての勝利条件は「独立」であり、そこに王都が介入すること自体あまり好ましいものではない。

 ならば、王都の介入を一度受け入れるフリをしてレミィとの会合をし、その面々を「消す」ことで王都側に汚名を着せる。そうして出来上がるのは、王都の悪名と、今後、王都に攻め入るための口実だ。


 実際に会合した面々は本当に死んでいるのか?……不明だ。

 本当に書状を送って来ているのはかの勇士か?……不明だ。


 今までかの勇士――正確にはそうと名乗る人物――を信じて目を瞑って来たが、正直本当に独立したいのかも不明なのだ。

 穏便にことを進めたいのであれば、ルディーリアの面々が自らこちらへ進んで来て、書類を書き、受諾をもらい、そうして独立すべきではないのか。独立します、はいそうですかと済むはずがなくとも、少なくともそういった行動こそが誠意というものであるべきではないのか。


 何故このようなことになっているのか。


――いけない、少し王都寄りに考えすぎだろうか。

 ともあれ、独立を進めてもらうのはいい。すでに王族側にも許可をもらっているし、本来であればただの書類待ちだったはずだ。

 だが、レミィに汚名を着せたままだと言う――その意図はなくとも、レミィと話した直後に全滅と言うならば、世間的に疑われるのは明白だ――のが酷く気に入らないし、その上で捕虜……いや、冒険者を返せという言い分も気に入らない。


 何より、このようなわけのわからない事態が、アリアには酷く気に入らないのだ。


 ならば、少し(こす)い手ではあるが、……冒険者の護衛と称して誰かを付けるか。

 理由としては、この状況を利用して、「冒険者の身を案じた」とでも言っておけばいいだろう。実際このまま冒険者を帰し、途中で襲われでもしたら目も当てられない。襲われていなくとも「書面が届かない」などと言いがかりを付けられる可能性はあるし、そもそも冒険者が依頼を受けてくれるとも限らないのだ。



「……俺を、ですか?」

 屋敷の一員として、冒険者……ホアン・ディン・クアンを正式に勧誘することにした。

 メイドに聴取すると、この数日の滞在の間に、ホアンは何度か「俺を使ってくれるように頼んでくれよ」と口にしていたので、むしろその言質に乗った形だ。


「雇用条件は?」


 ホアンは存外頭の切れる男であった。メイドとの会話でこの屋敷についてをそれとなく探りを入れ、人手が足りないことをそれとなく指摘したり、特に男手が足りず、またホアン自身が得意とする諜報活動を行える人材に不足があることを看破し、そこに自分は適任であるとアピールもしている。

 だが、それだけで自分が雇われることになるとはまだ考えていなかったはずだ。アリアはそう踏んで話を持ちかけたのだが、さすがに無条件で雇ってもらえるなどとは考えていなかったか。


「……いくつかあるが、君にとっては些末かと思う」

「念のため聞かせて欲しい。本当に些末なものなら喜ばしいが」


 食えない男だ、とアリアは確信する。自らアピールしておきながら、それでも自分の立場は確立しておきたいらしい。


「まず、この屋敷に部屋を用意させてもらう。そこに住み込んで欲しい」

「それは願ったり叶ったりだが、食事は出るのか?」

「あぁ、君に喜んでもらえる程度には提供しよう」


 ホアンの口元が一気に緩み、それでもすぐに引き締められる。

 さすがに胃袋を掴むだけでは無理があったか。冒険者としては一流のようだ。


「具体的な仕事内容としては、君がアピールしてくれていた程度だ」

「……力仕事と諜報活動、ってところか?」

「あとは屋敷の警備も、だな」


 諜報活動ができると言うことは、その逆についても重要性がある。

 スパイの真似事が出来るのならば、逆にスパイを看破する技術もあるということだ。


「……他に、条件は?」

「特にない。……強いて言うのであれば、もうひとつ」


 まぁ、実はこれが一番の狙いなんだが、とアリアは装った無表情のまま、ルディーリアへの返書を差し出した。



「なるほど。これをルディーリアへ持って行けと」


 返書を読み終え、ホアンが少し眉を顰めながら「いくつか質問がある」と呟くと、アリアは「どうぞ」と即座に返す。


「まず、ルディーリアは独立するのか?」

「そのように聞いている。またその調整中だ」


 聞かされていなかったのか、それともそう演じているのかはわからないが、少なくともホアンの言葉に魔法――ホアンが入室するより前に発動していた【嘘発見】(ライディスカバリー)に反応しないので嘘ではないだろう。

 これで嘘であると言うのならば、その演技力と魔法抵抗力に脱帽するしかない。アリアの魔法はその程度には熟達している。


「雇用の期間は?」

「屋敷のメイドや使用人と同じく更新制ではあるが、基本無期限だ」

「更新制ということは、そちらの判断で解雇もあるわけか」

「ルディーリアの冒険者の能力に期待している」


 元々メイドも使用人も、期限を定めて雇用しているわけではない。

 アリアのことを慕って長く勤めている者もいれば、1ヶ月の更新を待たずに辞めたいと申し出る者も少なくはない。もちろん更新期間まで待ってはもらうが。

 ホアンは冗談めかして解雇もあるのかと言っているが、よほどのことがなければ解雇はしない。今までも、更新しない事例はそのほとんどが労働者側の意思によるものだ。まぁ、さすがに全員ではないが。


「……俺が、ルディーリアの間者だという考えは?」

「――……ふむ。そういう可能性もあるか。そうなのか?」


 少し眉を顰めつつしれっと返すと、ホアンはくすりと笑って肩を竦めた。

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