【強欲/3】陰謀と惨殺
「……何?」
アリアは、一瞬何か別の言葉と聞き違えたのかと顔を顰めた。もちろんそんなはずはないのだが、それだけ非現実な言葉だったのだ。
――思わず間の抜けたような声を出してしまった自分を恥じつつも、それを表情に出さず、アリアは相手の次の言葉を――恐らくはただリピートするだけの声を――待つ。
「レミィ様と対談した全ての人間が、死亡したそうです」
死亡。やはり先程聞いた言葉の繰り返しだ。
二度告げられたその言葉を、もはや聞き違いとは思うまい。元々思ってないが。
まさか怠惰が?
いや、あの面倒臭がりがそのような愚行に及ぶことはないだろう。
「誰がそれをやったのかは?」
「……少なくともあちらは、レミィ様がそれを行ったと考えていてもおかしくありませんね」
回答にはなってないが、まぁそうだろうな、とアリアは言葉にせず納得しつつ、そもそも何が起きたのかと頭を回す。
レミィではない。それは断言できる。
あの面倒臭がりのレミィが、わざわざ反乱分子を潰すなどというのは考えられない。
万一不満や不服があっても……いやそれどころか、例えばその場で襲われたとしても、彼女であれば先に帰還を考え、逃走を考え、アリアに報告するはずだ。
そもそもレミィは昨日すでに一度帰還し、問題なく独立に同意する旨を伝えて来たと報告している。そんなすぐにわかる嘘を吐いて面倒を起こすなど、何度考えてもあり得ないのだ。
ならば、どういうことなのか。
いくつか考えられるケースはある。
まずはただの偶然。これはほとんど有り得ない可能性だが、レミィが話し合いを終えた後、彼らの身に何かが起きた可能性だ。殺されたと言うのなら、野盗にでも襲われたか……いや、ないな、とアリアは首を振ってこの可能性を捨てる。万一このパターンであったとするならば、彼らに運がなかっただけと言うことになり、そしてレミィたちの冤罪を晴らすことはほとんど不可能だろう。それならばもう事故のようなものだと思うしかない。
次にレミィが犯人である場合。さらに有り得ないケースではあるが、一応考察はしておこう。レミィだった場合は魔術による尋問、……いや、一度の質問で簡単に判断できるだろう。レミィが嘘を吐くことは滅多にないが、アリアしか知らない判別方法がある。万一、いや億にひとつレミィだったなら、……まぁ、ほとんどない可能性の対処など、そのとき考えればいいか。
彼らの死を確認したのは誰なのか。伝達役はどのような立場の人物なのか。確認しなければいけないことは、山のようにある。
「……ふむ」
少しでも可能性の高い可能性を考えるならば、2つほどケースが考えられる。
ひとつは、その反乱がレミィを狙ったものであること。大罪騎士であるレミィを狙う者は多い。例えば魔術でレミィを狙ってみたはいいものの、タイミングが遅すぎて、本人がいなくなってから魔術が発動してしまったか。だとすれば――現場の魔力調査が必要ではあるが――判別は簡単なのだが、魔術によるものではなく、武力によるものだとしたら少しだけ厄介か。
ひとつは、彼ら自身が何らかの諍いを起こし、勝手に殺し合ったという可能性。レミィの結論が彼らの中で諍いの種となり、最終的に殺し合いに発展した場合、……いや、さすがにないか。ある程度方向性を決めて話し合いに臨んだだろう彼らが、レミィとの話し合いで諍いなどすまい。
「……現場を調査したい、と彼らに伝えることは可能か?」
「伝えることは可能でしょう。ですが受け入れてもらえるかは不明です」
まぁ、そうだろうな、とアリアは思案する。
調査する、というのが文字通りの意味で捉えられるのなら、良くて彼ら自身を含めた、彼ら自身主体での調査となるだろう。悪ければ、アリアたちの意見を聞かない、彼ら側の主点における――彼らに不都合があれば握り潰されてもおかしくない――調査。最悪、全ての痕跡を消された状態で調査を開始させられたり、ことあるごとに調査を止められたり、……まぁ、アリア達に不利な調査をさせられるかもしれない。
先に現場に「目」を飛ばしてから調査を申し込むか。
動きがあるのならば、彼ら側に非があるというのは確実だろう。
動きがなければ、彼らはすでにそれを終えているという前提で調査に臨んだ方がいいだろうか。
……考えすぎだろうか。
彼らがこの会談を最初から、利用しようとしていたなんて。
「現場に【目】を。それが済んだら彼らに調査を申し込め」
「……了解しました」
部屋に戻り、アリアはまるで繰り人形の糸が切れたかのようにベッドへと倒れこんだ。
「――これだけ疲れていても、眠れないか」
折角の柔らかい布団だと言うのに、アリアの脳は、眠ることをまだ許してはくれないらしい。布団の中で溜息を吐いてから、身を起こす。
レミィの報告を聞いてから、もう2日は寝ていない。
大罪騎士達はまだこの屋敷に滞在しているが、どう報告すべきだろうか。
レミィが失敗したなどと報告すべきではないだろう。それだけは確かだが、それ以外の指針がまるで見えない。
成功であったはずなのだ。
あれは反乱ではなく、ただの独立であり、数日の間に独立国家――もしくは、独立市国――としての書類を纏めさせ、一週間後にそれを取りに行くだけで良かったはずの、ひどく簡単なものだったはずなのだ。
彼らはこれでどう出るのか。
かの勇士はどう考えて、どう動くのか。
エンマですら圧倒されたという、かの勇士がこの国を攻めるとなれば、少なくともレミィやアリアがかの勇士とやり合わなければならなくなる。
何とかもう一度話し合いの場を持つべきか。そもそも話し合いの場を持つことは可能なのだろうか。
次回があるのならば、話し合いの場にレミィは連れて行かなければいいだろう。向こうは不満に思うかもしれないが、レミィを疑われているのならば、当人が誰かの監視下におかれた状態でことを運ぶのが次善の策というものだろう。
何をどう進めるべきだろうか。
彼らから直接の連絡はない。
肝心の伝達役は、独立宣言――と仮に呼ぶこととして――を持ち込んだ冒険者と立場は同じだった。冒険者ギルドからの依頼であり、やけに報酬が高いのを気にしながらも書状を届けに来ただけで、内容までは知らなかったと主張している。書状の方も前回同様に封蝋があり、町紋があった。
その冒険者はそもそもこの王都へ移り住もうと画策していたらしく、書状を届けた後は、王都の冒険者組合にも書状を届け、自らの衣食住を保障してもらう手筈だったらしい。今回の依頼料の代わりにギルドに一筆認めてもらい、ようやく王都へ移り住めると喜んでいたようだ。もちろん魔法でその言葉が真実であることも確かめた。
だとすれば、……前の冒険者ともども、とりあえずアリアの屋敷で高待遇にて逗留してもらうしかないだろう。
確かに戦争が始まるのだ、とは思ったが、言葉によるやり取りだけで済むと思っていただけに、こんな展開は予想していなかった。
壁を殴りたくなる衝動に駆られるが、とりあえず布団に拳を叩き付けるだけで抑えるが、アリアの苛立ちを吸収するには布団は柔らかく、その感触は優しすぎた。何度か布団に八つ当たりをするが、正直あと2万発くらい殴らないと足りない。アリアは最後にもう一度布団を力なく叩くと、顔を上げる前にもう一度溜息を吐いた。
「……これは、面倒臭いことになりそうだな」
呟いてしまってから、まるでレミィのようだと苦笑を漏らした。