【強欲/2】反乱の兆し
その場にいる全員が、アリアの言葉に驚愕の表情を向けた。
優雅にティータイムで寛いでいたはずのジョゼですら、いつの間にかカップを受け皿に置き、そしてアリアに顔を向けていた。多分口の中にクッキーが入っているからだが。
「今、何と」
「……ルディーリアが、反乱を起こした」
アリアが、二度目になる先ほどの言葉を発し、驚愕の表情だった面々の顔が、聞き違いではなかったかと暗い顔をする。
ルディーリアタウンとは、王都の外にある、冒険者の町だ。王都の外、などという言い方をしてはいるが、実のところ王都からはかなり離れており、郊外と呼んで差し支えない場所にある。
中規模の冒険者ギルドがある都市で、天から鎖を下ろしたなどと形容される、高い塔がある町だ。
中はモンスターが闊歩する迷宮となっているらしく、それと戦いながら塔を登ることを目的とした冒険者が多いと聞く。
アリアとしては大したことがないと高を括りたいが、あの塔をかなり高くまで登ったエンマが大罪騎士を王より賜っている。エンマのその功績は、塔を登る面々の中では低い方だったと、他ならぬエンマ自身から聞いたことがあるくらいだ。少なくとも、その事実を蔑ろにはできない。
無論、エンマのそう言った立ち位置は、この場にいる全員が聞き及んでいるはずだ。
「何度聞き返しても同じだぞ。3度目は言わん」
有無を言わさぬアリアの言葉に、全員が言葉を失い、そうして理解した。
大罪騎士を集めるその理由。エンマを利用してまでレミィを呼んだその理由。考えてみればこれだけの面子を集めるのだ。緊急招集とまでは言わないが、それでもその理由がお茶会でないことくらいは予想するべきだった。
――戦争が、始まるのだと。
いくつかの質疑応答と、これからの希望的観測を含めた展望を話しながら、アリアは抑え難い炎を自らの内に抱えていた。
最初の質問として上がったのは、反乱を鎮圧するのか、反乱を抑制するのか。
鎮圧ならば死者が出るだろう。極力避けたい道ではあるが、ルディーリアの出方次第では致し方ないこともある。死者はルディーリアのものとは限らず、こちらにも危険は少なからずあるだろう。大罪騎士を総動員したとしても、無傷で済ませられる保障はどこにもない。
抑制するならばとりあえず使者を送る必要があるが、それが平和に済ませられる保障がないのに誰が行くのか。もちろん必要があればアリア自身が行くことも吝かではないが、と発言したところで、他の6人から轟々と非難された。
数十分ほど質疑応答を重ねたが答えが出ず、保留ということになった。
次に、現状を把握したいというレミィの一言で、アリアの長い説明が始まった。
首謀者なのかどうかはわからないが、ルディーリアの反乱は、とある冒険者が依頼と称して届けて来た書状を発端として明らかになった。
持ち込んだ冒険者は、依頼で書状を届けただけだと主張――魔法によりその言葉が真実であることを確認した――し、念のため高待遇にてアリアの屋敷に留まってもらっている。
書状には、ルディーリアの町紋を押した蝋印。偽造でないことは、紋章学に詳しいアリア自身の目で確認し、さらに別の紋章学者を呼び付けて解析させ、間違いなく本物であることを確認した。
ルディーリアの町紋は非常に巧妙に偽造防止が施されており、少なくともルディーリアの関係者がこの書状を送ったことだけは間違いがないだろう。
その上で開封した書状には、王家に対する宣戦布告とも受け取れる文面が記されており、アリアはそれを冷静に分析し、一切の隠し文面などがないことを確認し、自身の判断を疑い他者に解析してもらい、最終的に王家ゆかりの人間にも内密に見てもらった上で、その文面を「ルディーリアの反乱」であると判断を下した。
――文面はこうだ。
『我らルディーリアはカステュール王家を信じない。
カステュールの支配を脱し、独立をここに宣言する。
独立の阻止に対しては、ルディーリアの全てをもって抵抗する。
――願わくば、我らに平穏を』
署名は文面の裏、蝋印とは反対の端に小さく書かれていた。
その名にはアリアも覚えがある。
かの天から下ろされた鎖と名高き塔を、最も高い所まで登ったと噂高い勇士の名だ。アリアの記憶が正しければそろそろ初老と呼ばれてもいい頃合の年齢だったはずだ。今でもかの勇士は塔を登り、その記録を更新し続けているらしいとの噂はさすがに眉唾であると思うのだが。
それにしてもこの文面。
最後の一文がなければ反乱と断定してよかったかもしれない。
ただ、最後の一文がどうにも、本気で「反乱」を起こそうとはしていないように思えるのだ。
だからそこまで大事にはしたくない。アリアの心境はそんな方向に偏っているが、あくまで意見は出さずに見守るに徹するしかない。
「……反乱には、見えないんだが」
「ダーシェ、王家の判断だ。たとえそう見えなくてもな」
ダーシェが書状に目を通しながら呟くと、レーンがそれを咎めるように言葉を添える。まぁ正直に言えば、王家の方も本気でこれが反乱だと思っているわけではないのだろうとは思う。
国家としてかの勇士とことを構えようとか、ルディーリアが独立後、国に仇なすと思っているとか、そういった物騒な考えで「反乱」と位置付けたわけではない。
ただ、王家は真意を知りたいのだ。
ルディーリアがどのような考えで「独立」を宣言したのか。
反乱ではなく独立宣言であると判断するのは容易いだろう。
だが、その真意を探ることなく独立を容認し、その結果本当の意味での「反乱」を受けた場合、なぜその可能性を危惧しなかったのか、となるのが何より面倒なのだ。
アリアの表情を探りつつではあるが、大罪騎士たちは苦笑する。
そうして、彼らの方向性はこのとき、決まったのだ。
「書状の話を後回しにしたのは何故?」
面子がアリアとエンマ、そしてレミィだけになった頃、レミィがアリアの真正面――もちろんアリアは上座に座っていたから、下座のことだ――で紅茶のカップで手を温めながら問う。
「……聞かれなかった、と言うのが答えです」
「それで鎮圧の方向で話が進んだとしても?」
現状を把握したいとレミィが申し出なかったら、下手をすれば力尽くであの町を占領し、無理にでも独立の阻止をという話にでもなったかもしれないところだ。
「それでもです」
肝心な話を伏せた、それでもアリアは正だ。
アリアとしては、独立ですら容認すべき事態ではない。
「――王族の心に背いているとしても?」
「はい。それでもです」
アリアは紅茶に目を落としながらきっぱりと言い切った。
レミィはカップに唇を付け、少しだけ思案するように動きを止めてから、ひと呼吸置くかのように紅茶を口に含む。
「……そう」
言いたいことは山のようにありそうな顔で、レミィはそれだけを呟いて、空になったカップを皿へと戻す。
次の一杯を注ごうとする侍女を手で制し、胸ポケットから取り出したハンカチで口元を拭き、無造作に戻して「ご馳走様」と微笑んだ。
きっと内心では「面倒臭い」と思っているのだろうが、レミィはそれがマナーだとも知っているのだ。
「この件は、とりあえずお任せします、レミィ様」
「――ご期待には沿えないと思うけど」
「お心のままに」
交渉、と言うより使者役はレミィとなった。
面倒臭いと一度は突っぱねたレミィだったが、だからこそレミィが行くことで本気が伝わるとアリアが説得した結果だ。
アリアはその時点で、独立は容認されるものだとすでに諦めている。
――あとは、全てレミィの交渉次第。
心配はもはや微塵もない。
面倒臭がりの彼女を動かせるのは滅多にない機会ではあるが、それゆえ成功の確率は高いのだから。