【強欲/1】強欲の騎士
彼女は騎士として、恐らくはこの国で最も有名だと言えるだろう。
騎士というのは国を守るものだと言われているが、そもそも軍事的な意味での騎士とは、領地の支配階級を保障される代わりに兵士として戦うことを義務付けられた身分のことを指し、騎馬に乗って戦う兵士以上の意味などない。
彼女はそれを冷静に理解していたが、それでも「騎士としての理想像」は彼女の中にあり、それを守るだけの矜持も持ち合わせていた。それに、……それ以外も。
騎士長アリア・ヴァイオリル。
そう呼ばれる彼女はつい先日、各方面の部下に当たる人物たちに、それぞれ一番近しい人物を使者として送り出した。
この国には、大罪騎士と呼ばれる7人の強者が存在する。
当然というべきか、アリア自身もその大罪騎士のひとりとして名を冠しており、彼女が有名である所以はそこにも起因する。
アヴァリス・ナイト。
不名誉なのか誉れなのか、誰が言い始めたのかわからない【7つの大罪】と呼ばれる罪のうち、「強欲」を意味するらしい名を王より賜り、その後戦果をいくつか上げ、結果騎士長という座を与えられた。
「……さて」
ひとり呟いて、アリアは椅子から腰を浮かし、慌てて壁にかけた剣を差し出そうとする侍女に掌を見せ、不要の意を示す。
侍女はその仕草を見つつ、剣から手を離すとつかつかと歩み寄り、アリアの服の乱れをてきぱきと手慣れた様子で直すと、すっと離れてアリアに30度ほど頭を下げた。
「何名揃っている?」
「……たった今、エンマ様に続いて最後のレミィ様が到着しました。大罪騎士様は、皆様お揃いです」
「ほう、レミィ様も?……来ないだろうと思っていたが」
「……エンマ様を焚き付けておいて、良く仰います」
くくく、とアリアは愉快そうに笑いを漏らす。実際来るとは思っていたし、そうなるように仕向けたのだから当たり前ではあるのだが。
スロウス・ナイト。
名はレミィと言い、王からファミリーネームである「チャイム」という姓を賜っているが、自ら名乗ることはしない変人だ。
一説によれば、レミィには本来名乗るべき姓があるが、それが忌み名であるのだとか、何か理由があって隠しているのだとか。
レミィという名前すら、本名なのかどうかもわからない。
現存する唯一の初代大罪騎士。
その話が真実であるのなら、建国以来、500年以上もの時間をレミィは生きていることになるのだが、本人に確認すると、あの少女のような姿で「そうよ」とぶっきらぼうに答えるのが酷く腹立たしい。
まぁ、その話が真実であるのならも何も、アリアはそれが真実であることを知っているのだが。
それぞれ20代以上も続く大罪騎士。レミィだけがその初代であることを。
「ウィッス」
「ちゃんと挨拶くらいなさい、ラース・ナイト」
最初にアリアの前に現れたのは、憤怒の騎士だった。
元々が粗暴な男だったが、憤怒を任命されてからは、さらに粗暴になった気がする。
「その通り、無礼だぞダーシェ・アリアス」
憤怒の騎士――ダーシェというのはこの無礼者の名前だ――に声をかけたのは、プライド・ナイト――名はクワイ・ハナッシェ――だ。彼はアリアの顔を見ながら深々と頭を下げると、「ご機嫌麗しく」と呟いた。
別に構わないとは思うのだが、アリアにとってはその鼻に付く仕草も、粗暴なダーシェの態度と同じくらいに腹が立つ。
「こんにちは、アリア騎士長様」
「あぁ、レーンか。良く来たな、座ってくれ」
さらに次に扉を潜ったのは、ラスト・ナイト……色欲の騎士だ。
名前はレーン・ウォルターズ。見た目は美しい女性に見えるが、実はこれでもれっきとした男性だ。芯はしっかり通った男で、この場にいる誰よりも騎士らしい人物と言えるだろうか。
「ジョゼ・アルター、貴様も騎士長様に挨拶くらいしないか」
ジョゼ――グラトニー・ナイト――が誰にも声をかけず、いつの間にかテーブルに座って紅茶を飲んでいるのに気付き、アリアは思わず苦笑した。良く見れば、茶菓子として出したクッキーすらも半分くらいなくなっている。
ここにいる面々は大罪騎士だ。同じ大罪騎士と言えど、気取られずに成し遂げられることではないはずだが……まぁ事実成し遂げてしまっているのだから、それだけジョゼに実力があるということであるのだが。
「……【エンヴィ・ナイト】エンマ=レイエ、戻りました」
「あぁ、すまなかった。レミィ様は?」
「いらしております」
「そうか」
すでに報告として聞いていたが、エンマの口から直接聞いて、心の底からアリアはほっとする。正直、来たには来たが、「面倒臭い」と言う理由で会議をすっぽかすことすら考えられたからだ。
「それで」
「あぁ、ご足労ありがとうございますレミィ様」
少し不機嫌なスロウス・ナイトの声に、間髪入れずに膝を突いて出迎える。不機嫌、かつ面倒臭がりのレミィが言葉を選んだ結果、反応は当然、こうなる。
「お互いの立場的に……面倒だからやめて?」
「承知しました」
わかっていたから、膝を突いても爪先は地に付けたままですぐ立てるようにしていた。すっくと立ちあがったアリアを見て、レミィはそれに気付くが、当然面倒臭がりのレミィは余計な茶々を挟まない。
「それで、あなたが、私に、命令って聞いたのだけど」
「はい。恐れながら、そのようにエンマに伝えました」
レミィの立場は少々複雑な場所にある。
騎士でありながら、レミィの爵位は侯爵だ。そもそも騎士爵は爵位ではないので、少なくともこの国では矛盾しない。
つまり、爵位的にはレミィはアリアよりも上なのだ。
そのレミィに対し、アリアは「命令」という形でレミィを呼んだ。極めて無礼な行為であり、もっと言えば、爵位を与えた王に対しても無礼な行為であると言える。
そして、レミィの騎士としての発言権は元帥相当。
大罪騎士の中で最も爵位の高い人物がレミィであることが理由のひとつだが、基本的にはレミィの能力の高さも鑑みてのことだ。
「命令、という言葉の意味を聞きたいのだけど」
「今回の召集は騎士としての実身分で行わせていただきました」
にこやかな顔でしれっとアリアが言うのを見るに、恐らくその答えは、レミィのこの質問を予想していたのだろう。
レミィは元帥"相当"だが、それに対しては"相当"であり、元帥ではないので実際の身分を重視したと言っているのだ。
少し考えれば当たり前で、レミィ自身その返答が帰って来ることを予想していたし、むしろその答えを聞かなければいけなかった。
「そう。相変わらず面倒な真似をするのね」
たとえそうだとわかっていても、レミィは不敬への抗議として、ここに来ざるを得ないのだ。
何故なら、レミィは王から侯爵位を賜り、侯爵位に誇りを持っており、……何より、その爵位のおかげで怠惰でいられるのだから。
とは言え、正直な話、エンマを介していなかったら、レミィが今回ここに来たかどうかは怪しい。
実際、同様の手口でアリアの側近がレミィを呼びに来ているならば無視し、「侯爵として拒否します」などと断ったこともある。まぁそれほど頻繁な呼び出しではないのでひと月に1度くらいは召集に応じ顔を出していたが、エンマを使者として送り出して来たことはない。
エンマを介した要請を断ればどうなるのか。
レミィひとりならばいい。
だが、エンマが任務失敗と見なされるのには我慢がならない。
だから、レミィは一言言わなければならないのだ。
「……今後、エンマを巻き込むことを禁じます」
「それは、どの立場としてですか?」
「侯爵としてです」
「――了解しました」
くすりと、下げた頭の影でアリアが笑う。
もちろん、その笑みはレミィの死角となり、気付くことはなかったが。