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【強欲/6】鎮具破具な歯車

 侍女を侍らせ、紅茶(ヴェルア)の香りを感じながら、次にやるべきは何か、と考える。

 貴族ぶりたいわけではないが、残った大罪騎士の面々にも仕事を割り振るため、すぐに指令を伝言できるよう、侍女には待機してもらっている。

 正直な話自分で言いに行けばいいだけなのだが、それをすると侍女が酷く不満そうな顔をするので、ならば希望通り仕事をさせてやろう、というわけだ。

 つい先程、クワイたちと入れ替わりのようにレーンが旅立った、という報告を受けた後、念のためジョゼを呼び、レーンのことを伏せたまま、ルディーリアの監視任務を任せることを伝えてもらったばかりだ。ついでにクワイたちを王都の警護に付けた。

 レーンがルディーリアに入った後で監視を始めたので、当然ではあるがレーンがルディーリアにいることは知らない。まぁ知ったからと言ってどうと言うこともないし、レーンに何かがあるとも思っていないのだが、とりあえず何かがあるのならば、情報は入って来るだろう。

……それがレーンからであるのか、ジョゼからであるのかの違いはあるかもしれないが。


 さて、アリア側に残った手勢はあと、エンマとダーシェ、それにレミィか。


 レミィの扱いが一番難しいところであるが、彼女が何か良からぬことを企んでいるとは考えにくいというのがアリアの率直な意見だ。

 あの怠惰な性格を見ている限りでは――もちろんそれが演技であるというほんのごくごく僅かな可能性も、アリアの性格上捨てることはできないが――アリアの知る中では一番可能性が低いと考えていいだろうと思う。怠惰ではあるが、性格は素直で最も正義に燃えている。そんな評価だ。

 エンマはさらに()()な、と無意識に紅茶を口に運びながら思う。

 彼女の性格は亜族には珍しく穏やかで、あの怠惰なレミィを含め、大罪騎士で彼女を悪く扱う者はいないだろう。

 だとすれば、そんなエンマは王都の警戒任務が適任だろうか。


「……エンマに、クワイたちと合流して王都を(しょう)(かい)……いや、(けい)()してくれと伝言を頼めるか」

「かしこまりました。他には?」


 他には、と問われ、はたと考える。

 ついでに頼むのであれば、ダーシェを呼んでもらおうか、と思い立つ。


「道すがらでいい。ダーシェがいたら連れて来てくれ」

「……承知しました」


 ほんの少し間を開けて答えた侍女に、思わず心中で苦笑する。

 この侍女はきっと、わざわざダーシェを探して連れて来ようと考えたのだろう、そう予想する。

 少しだけその予想は間違っている。

 侍女は、エンマの滞在する部屋までの道のりを少し工夫して、ダーシェがいそうな心当たりを通って行くだけなのだ。

 決して遠回りするわけでもなく、ただ道順を変えるだけでアリアの望みを叶えられるだろうと、数秒で道順を組み立てただけに過ぎない。


 もちろん、それをアリアが知るはずもなく、侍女がダーシェを連れて戻って来れば、「やっぱり」ともう一度内心で苦笑することになるのだろうが。



 ダーシェに会合場所の調査を命じると、彼は言葉少なくそれに応じ、さっさと行ってしまった。

 何も残ってはいないだろうということ、それでも手を抜かないようにと言い聞かせ、さらに数日かけて構わないと話したので、とりあえずはそちらにかかり切りになるだろう。まぁ手を余らせておくよりはいいか。実はこの(くど)いほどの調査には、万一あそこに調べられては困るものがあれば、何者かが動き出すだろう、という陽動の役目もあるが、それはダーシェには話していない。

 あとはレミィだけだが、彼女についてはどうすべきか、と頭を悩ませる。


 正直な話、彼女の扱いは非常にデリケートな問題だ。


 ルディーリアに送ってしまうのも手だろうか。

 ただその場合、渦中の容疑者であるレミィを送り込むことにより、王都側の動きをルディーリア側に誤解されかねない危うさもある。

 ならばいっそ王都側で、エンマたちともまた別行動で警邏に当たってもらうべきか。……などとも考えたが、それはそれでむしろ、レミィの動きを自由にしているのか、などと妙な誤解を与えかねない。

 クワイたちのことはすでに半分信頼しているつもりだが、万が一クワイやローズ辺りを監視しているのだとあらぬ誤解をされても困る。彼らは今後もこの屋敷で働いてもらわなければ困るのだ。

 ならばダーシェの捜査に同行してもらうか。

……あり得ない話だ。渦中の本人を堂々と調査になど、それこそ堂々と証拠隠滅のつもりかと、ルディーリア側に懐疑をもたらすに違いない。

 いや、むしろだからこそ堂々とレミィを派遣することで、本人の立ち回り次第では懐疑を晴らすこともできるかもしれない。

 とは言っても、本人がやる気にならなければ、あの怠惰が真面目に懐疑を晴らそうとするだろうか、という疑念もあるのだが。



「――自由、行動?」

「はい」


 レミィの扱いを決めるのに、たっぷり3週間はかけてしまった。

 その甲斐もあって珍しく、レミィの意表を突くことができたようで、少しだけアリアは満足だ。表面上はこともなさそうに即答してみたものの、思案するような顔を見るに、こちらの表情などほとんど見てはいないだろう。

 その表情のまま「どういうこと?」と問われたので、とりあえず現状を余さず伝えてみる。

 手始めにクワイが戻って来たことを伝え、表情の変化を見ながら、大罪騎士たちのそれぞれの動向を伝えていく。

 念のため、と前置きをしながら、疑われるような行動は、それが故意でも避けること、という制約のようで当たり前のことを忘れずに付け加えると、レミィはカップの紅茶(ヴェルア)を飲むのを中断し、呆れたような顔をした。



 レミィを乗せた馬車を見送った後、その向かった方角から、恐らくルディーリアへと向かうのだろうと推測を立て、まぁ無難な選択だな、とアリアは思考する。

 一応予測上の候補に入れたものの、レミィがまさか会合場所へ向かいはしまい、という一般的な考えは捨てていない。というより、アリアからその選択肢を示唆しなければ、そもそも選択肢として浮かびもしないだろう。

 さすがにその裏をかいてダーシェと合流したのだとしたら、それこそアリアの知ったところではないし、勝手にレミィが苦労するだけなのだから、正直それはそれでレミィ自身が何とかするだろうと思うしかない。


……さて。


「済まないが、紅茶(ヴェルア)をもう一杯だ」

「かしこまりました」

 言って、すぐに側を離れた侍女の返事を聞きながら、頭の中では、まだ実はポットにあと1杯分くらいは残っている、という思考と、同時にいくつかの考え事が回っている。


「――一体何だと言うのだ」


 どうにも、何かが噛み合っていない気がする。

 何が噛み合っていないのか。

 時計の針が、まるで逆方向に動いているかのように、もしくは止まってしまっているかのように、アリアの中でいくつかの歯車が狂ってしまっている予感がする。


 ()()は単純なはずだったのだ。


 ルディーリアが独立すると通達して来た。

 それに対し、レミィがそれを許可し、条件を付ける。


 本来であればそれだけの、はずだったのだ。

 それが何故か、ルディーリア側の参加者が全員死亡という、突発事項が起きた。


……まずそこから、誰に何の得があったのか。


 一番得をすると言えるのはアリア自身だが、生憎アリアにその覚えはない。

 ルディーリア側の策略にしてもお粗末すぎるし、そもそもあちらには得がない。


「一体何だと言うのだ」


 もう一度同じ言葉を呟いてから、ポットの中の紅茶(ヴェルア)をカップに移し、一気にそれを(あお)る。


 回らない歯車を気にするよりも、今回っている歯車を見守るべきか。

 どこが噛み合っていないのかわからない以上、修理すべき箇所など、見当の付けようがないのだから。

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