【怠惰/6】面倒臭い
面倒臭い。
いっそ執拗いほどにその思考だけが私の頭を支配していた。
ルディーリアとの話し合いは、互いに互いの要求を飲み合うことで折り合いが付いた。
お互いの要求は噛み合っており、僅かな話し合いで解決できるだろう、とお互いに納得し、その上で
問題と言えるほどの問題はないとアリアに報告を入れ、あとは家に帰っていいと言われるまでを怠惰に過ごすだけだ。
……そのはずだったのだ。
だが、今朝になってアリアから呼び出しを受けて聞かされたのは、要約すれば「全滅」の一言だ。何でも、昨日顔を合わせた全員、文字通り全員が、まさに私が赴いた会合場所にて、全員死体として見付かったのだという。
いや、死体どころか……などと少しだけ暗い顔をしながらアリアが言うことには――とは言っても、そのアリアもルディーリアからの早馬で知ったらしいが――私と会合したあの顔たちは、すでに二目と見られない惨状であったらしい。一言でアリアが表現するところによれば「肉塊」だったそうだ。
アリアが「一応聞くが」と面倒な前置きをして問うて来たのは、私自身にその心当たりはあるのか、というものだった。
恐らくは聞いて来たアリア自身わかっている通り、心当たりもなければ、何の予想も想像も、むしろ終わった事項であると考え、面倒になってその後は顛末すらも考えてすらいなかった。
寝耳に水でも注されたように、面倒にも驚いて茫然とした私は、ただただアリアの質問に首を前後左右に動かして、正直に答えるという面倒な作業しか思い付かなかった。
少しだけ留飲を下げたようなアリアの顔が憎たらしかった。
ああ、面倒臭い。
目に隈を作っているアリアが溜息を吐きながら、「まぁそうだろうな」と開放してくれてから小一時間、自分に宛てがわれた部屋でベッドに寝転がりながら今にして思えば、アリアの思う通りだと突っ撥ねてしまえばあの質問事項群を短縮できただろうし、アリアの方こそ心当たりはないのかと問い返すこともできただろう。
ああもう、面倒臭い。
数日後、アリアから再度の呼び出しを受けるまで、私はひどくダラダラと、実に考え事だらけの面倒臭い日々を送った。
新しく分かったことなど何もないので、アリアから何を聞くかによっては、また私が動かなければならないことになってしまうのだろう。
……などと思いつつ、呼び出しの席についたのだが。
「――自由、行動?」
「はい」
アリアの言葉を思わず復唱すると、こともなさそうに即答が返った。
そのアリアの言葉を反芻するに、要するに何かの意図があって「好きに動け」という意味なのだと理解はできる。
どういうことなのかと話を聞けば、昨晩調査等を終えたプライド・ナイト、クワイが帰って来たとのことだ。
ルディーリアは王都側を微塵も疑っている様子はなかったようで、ならばやはり私も動かして調査する方が、ことが楽に進むと判断したのだろう。実にアリアらしい合理的な考え方だ。
ただし全くの自由というわけでもないらしく、疑われるような行動は避けること、という身も蓋もない制限は付くのではあるが。それでも報告など、面倒な義務は何もないとのことだ。
つまり、そもそも監視する気など毛頭なく、アリアから漏れる言葉のほとんどは形式的なものでしかないということだ。
それはそれでやはり面倒臭い。
アリアに退室の許可を得て開放され、幾分か心は軽くなったものの、それでいいと怠惰な生活を満喫するのも面倒臭い。
いっそルディーリアまで行ってみるか、などと考えながら、これもアリアの思い通りだろうか、と少しだけ面白くないのは、何をやっても釈迦の掌の上で踊らされているような気分にさせられるからだろう。
怠惰な生活を送ったとしても、何かのために動いたとしても、全てがアリアの思考の内という錯覚は拭えないだろうから、ならば言葉に甘えて自由に動いてみようと思っただけだ。
一応他の大罪騎士の動向も聞いている。
色欲は塔での修行……と称し、アリアがあの町へと送り込んだ。かなり昔にエンマも同様に登っていて、そこを前任の嫉妬の騎士にスカウトされたと聞いている。レーンであれば数ヶ月でいい階層まで進むだろう、とアリアは評価しているようだ。すでに行ってからひと月ほど経っているが、果たしてどこまで進んだだろうか。
それからおそらく、実力を磨くという目的以外にも、ルディーリアとの繋がりを持たせ、あわよくば優秀な人材をスカウトする目的もあるのだろう。
憤怒は改めて、例の会合場所周辺の調査――という名の陽動――を行っているようだ。すでに複数人、複数回での調査を行った後ではあるが、陽動としては十分だろう。何度も調べ尽くした後の現場ではあるが、まぁアリアのことだから、いくら調べても調べ足りないということなのだろう。もしくは、何か気になる点でもあったか。
傲慢は、アリアが雇用したというホアンという男と、ローズという女を配下――厳密にはアリアの屋敷での雇用らしいが――を連れ立って、王都側の防御の要として王家と王都のの巡回警備だそうだ。ルディーリアが王都に攻め込んで来るメリットなど思い付かないが、まぁアリアのことだから何か考えがあるのだろう。
嫉妬は、クワイ同様王都側の警護――という名目での王都の監視、及びクワイの監視――から、アリアの屋敷周辺への巡回を行っている。クワイ側もエンマの監視を命じているらしいので、お互いの監視は双方悟っているだろうとのことだ。アリアの屋敷は王都のルディーリア側に位置する場所にあるため、まぁ実質境界警護と言っても間違いではないか。
暴食はあの町への監視だそうだ。いつ誰が町への出入りをしたかなど、こと細かく報告を受けているらしい。
強欲自身は、屋敷を拠点とし、各方面からの情報を纏め、指示を出すことに専念するそうで、つまり屋敷から外に出るつもりはないようだ。いつも通り、ひとりだけやたらと優雅に紅茶でも飲みながら、偉そうに皆に指示を出すのだろう、きっと。
動向を場所のみに絞って数を数える。
クワイとエンマ、アリアは王都。
レーンとジョゼはルディーリア。
ダーシェは会合場所の調査――つまり王都とルディーリアの中間地点。
どちらかと言えば、王都側に人が多い計算になるだろうか。
敢えて王都側で動く方がアリアの意表を突けるだろうか、とも思ったが、別に意表を突きたいわけでもないので、ルディーリアへ向かうのが無難だろうか、と考えを改めた。
侍女長を呼び付けてから、ふとその名前を思い出した。
怠惰の騎士、と呼ばれる程度に怠惰であるという自覚はある。まぁそうでなければそんな異名を付けられることもなかっただろう。
王と侍女長には祖先同士に古い繋がりがあり、今もそれは途絶えてはいない。そもそも、大罪騎士などというのも、私という【怠惰】がいなければ成立しなかったであろうと、2代前の侍女長から聞いたことがある。
その【古い繋がり】が私を貴族に推薦し、さらには大罪騎士へと推薦したからこそ、今の私の身分があり、侍女長との繋がりがある。
「レミィ様、お待たせしました」
その侍女長の顔を見ながら、もう一度頭の中で侍女長の名前を思い浮かべるがどうにもしっくり来ない。
侍女長を名前で呼んでいるところを想像してみるが、当の本人が私をからかうところしか想像できない。
結局思考は彼女の名前ではなく、「侍女長」と呼んでしまうのだろう、と自らの怠惰に苦笑した。




