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【色欲/3】白き祝福の誘い

 非常に幸運だと言えるだろうと思う。

 かの勇士の使いだという女性が、ユーリを介してレーンに会いたいと伝えて来たのだ。

 ユーリは、母親の知り合いであり、彼女は間違いなくかの勇士の使いであろうと断言した上で、どうするかを聞いて来た。


「……俄かには信じられないのだが、本当に?」

「はい。間違いなくルエラ様でした」


 ルエラ・ブレッシング。

 その名は非常に有名で、あまりこの町に詳しくないレーンの知識にもある。

 人呼んで「白き祝福」。ロップイヤーという、ただでさえ非常に珍しい兎の獣人の中でも、極めて珍しい白毛の持ち主だそうだ。聖職者である彼女からのコンタクトは、レーンに警戒させないための気遣いだろうか。

 ユーリが知らない人物であればもう少し警戒していたかもしれないが、知っている人物であったことで、ユーリは警戒心をほとんど抱いていないようだ。


「どのような話かは、聞いてる?」

「いいえ、それは直接話すと仰って」


 直接。

 少しだけ引っかかるものがある。

「ユーリ、申し訳ないんだけど、覚えている範囲で構わないから、彼女の言葉を正確に教えてもらってもいいかな」

 ユーリは少しだけ考えるように沈黙し、「えっと」と少しだけ迷うように、自信なさそうに呟いた。


『レーンさんのパーティーの方ですね』

『私のパーティのリーダーが、レーンさんとお会いしたいそうです』

『都合は全てそちらに合わせます』

『お会い頂けるのであれば、場所と時間を、ロビーの酒場の店主にお願いします』

『申し訳ありません、それはレーンさんに直接お話させていただきます』

『お会いできない状態でお話できる内容ではありませんので』


 記憶の限りでは、こんなものだったという。

 ユーリは、自ら話したことこそ今回が初めてだが、母親と話すルエラの姿を数回見かけたことがあるらしい。


「まぁ、あまり疑ってかかっても意味はないか」

「……そうですね」


 レーンとユーリはふたり顔を見合わせて苦笑した。

 まぁ念のため、ジュゼにも話して一緒に来てもらうことにして、他には何か準備は必要だろうか、などと話し合いながら、レーンは内心で少しだけ思う。


 これは、アリアの思惑通りということだろうか、と。




 ジュゼを先頭に、レーン、ユーリの順で道を進んで行く。

 真っ暗闇というほどでもないが、お世辞にも明るいとは言えない道だ。

「よりにもよって酒場とは」

「拒否されると踏んでいたんだけどね」

 場所もこちらで指定していいとのことだったので、冗談半分に夜の酒場を指定したのだが、レーンの冗談は相手に「構いません」とあっさり同意された。

 他人に聞かれたくない類の話なのだろうと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもなかったらしい。ということは、直接レーンに対して何かを尋ねたいのか、あるいは他人を介して共有された場合の微妙な齟齬を恐れたか、というところだろうか。


「まぁいいじゃねぇか。1ヶ月で中層を突破した噂の大罪騎士様に会いたかっただけだろ」

「ジュゼ、あまり大声でその話はしないで」

「おっと、すまんすまん」


 ユーリに窘められ、心底から申し訳なさそうに声のトーンを落とすところを見ると、本気でただ何気なく口にしただけなのだろうが、むしろ何気なく口にして欲しくないレーンとしては、ただ苦笑するしか反応できない。

 それほど厳密に隠しているわけでもないのだが、だからと言って大罪騎士として有名になってしまってもあまり好ましくないのも事実だ。

 薄暗い夜の街並に誰が潜んでいるかもわからないこともあるので、気を付けてもらえるに越したことはない。


「それで、……ルエラ嬢は?」

「中で待っているとのことでした」

「いよいよ伝説のひとりに会えるのか。嬉しいね」


 ジュゼに視線を向けると、その視線を勘違いしたのか、「スマン」と片手で拝むように謝って来るので、レーンはもう一度苦笑するしかない。

「まぁ、酒場の中では、彼女は目立つ存在だろうから、いいけどね」

「……目立たないように、くらいはしてると思いますが」

 一応フォローのようなことを言ってみるが、ユーリはジロリとジュゼに冷ややかな視線を送ってから、くすりと苦笑を漏らした。


「ちょっと、いいかな」


 不意に声が聞こえ、3人は思わず立ち止まる。目を凝らせば、そこに人がいるのはわかるのだが、さすがに夜目が効くわけでもないレーンには、それが誰かなどわかるはずもない。声の感じから女性であろうとは思うのだが。

 わざわざ誰だ、とは問わない。ジュゼは念のためと思っているのか、腰の剣に手をかけてはいるが。

「……あ、ごめん、警戒させるつもりはなかったんだ」

 少し困ったように頭を掻きながら、暗闇から女性が進み出た。悪意がないことをアピールしたいのか、両手をわざわざ頭の後ろに、隠しすぎない程度に回しながら。

 ストレートの黒い髪。前髪は真っ直ぐに切り揃えられ、頭の上から2本の角が覗いている。

 二鬼族だろうか。鬼族の言い方で言うなら、「頭長双角」というところだろう。

 その顔立ちが幼く見えるのは、キモノと言ったか、民族装束を纏っており、それが少しゆったりと着こなされているせいだろうか。


「どちら様ですか?」

「……しがない冒険者のひとり、でいいかな。そっちの名前も聞かないから」


 どうやら名乗るつもりはないらしいが、少なくとも害意は感じられない、と判断してもいいだろうか。一応ユーリに視線を向けると、ユーリも同意見なのか、こくりと小さく頷いた。

「急ぐから、手短に『ちょっと』なら構わないよ」

 ジュゼの手を剣から離させつつ、レーンは一歩だけ前に出る。

「ありがと、じゃあ単刀直入に」

 両手を頭から離しつつ、両手の袖を合わせてその中に手を隠す。袖に得物を隠しているなら危険だが、害意はないだろうということで信じておこう。


「――ルエラ、って言ったよね。良かったら連れて行ってくれないかな」

「……お知り合いですか?」

「うん。ルエラとは友達。最近会ってなくて探してたんだ」


 声を落としていたつもりだったが、落とし切れていなかったのか。それともこの女性の耳が良いだけなのか。判断はつかないが、要するに友達に会いたいから探していたところ、たまたま本人と待ち合わせをしているらしき会話を聞き付けた。ちょうどいいから一緒に。そんなところだろうか。


「どこの誰かも知らない相手を、勝手に同伴するわけにも――」


 レーンは一瞬そう言いかけて、待てよと言葉を止めた。

 会うのが目的というだけなのであれば、レーンたちに声をかける必要はない。

 そもそも声をかけられるまで、この女性については気付いてすらいなかったし、意識もしていなかった。ただ後を付いて来て、ルエラに会うこともできたはずだ。

 ルエラに害意があったとしても、ないとしても同じことだ。


「……ダメかな?」


 少しだけ苦笑を混じらせたような、困った顔で女性は問う。

「彼女と会うまではいいけど、僕らとの会話は聞かせられない。それでもいいかい?」

 警戒したわけでもないのだが、少しだけ溜息を吐きながら言った後、ちらりと彼女の顔色を伺うと、女性は少しだけ嬉しそうに「うん」と言った。


「――もちろん。そなたらとの会話には興味がないからね」


 ユーリとジュゼが顔を見合わせて苦笑し合ったのが見えたが、まぁ別に反対されたわけでもないのでいいだろう、ということにした。




 白き祝福、という二つ名をもう一度思い出した。

 少しだけ緊張したような面持ちで、ルエラは3人に均等に視線を滑らせてから、一度立ち上がってぺこりと頭を下げた。

 レーンたちの話の後でいいから、と、女性は入口で別れ、少しだけ離れたテーブルに座ったはずだ。

「お呼び立てして、申し訳ありません」

 顔を上げたルエラは、くすりと笑みを浮かべながら手を差し出す。

「いえ、お会いできて光栄です」

 レーンは、その手に自らの手を伸ばして、手を叩――


「やっぱりね」


 瞬間、レーンとルエラの間に黒い靄のようなものが広がったのを目にし、レーンは瞬時に距離を取った。靄とともに聞こえた声は、あの女性のものだ。

 やはり何か裏があったのか、とも思ったが、靄が晴れ、そこにいる女性の背を見て、不意に思う。


――まるで、女性はレーンをルエラから庇っているかのように見えた。


「本当は久しぶり、って言いたかったんだけど」

「……久しぶり、ではいけませんか?」

 女性の言葉にルエラが応えると、女性は「ふん」と鼻で笑う。

「ダメに決まってるじゃん」

「そうですか」

 レーンにもユーリにも、もちろんジュゼにも、何が起きているのか、どういう状況なのかはわからない。確かなのは、女性はルエラからレーンたちを助けたのであろうということと、今もまだ庇われているのだろうということだ。

「で、ひとつ聞きたいんだけど」

「何でしょう?」

 女性の言葉に、ルエラが苦笑する。

 そんなルエラの顔に少しだけ複雑そうな顔をしながら、女性は言葉を続けた。


()()()()()?」


 その瞬間に、ルエラは腰に掃いた刀に手を伸ばす。

 女性の手がそれより一瞬早く動いたが、「チッ」と舌打ちしたところを見ると、ルエラの動きの方が早かったということか。


 にやり、とルエラの表情が悪辣に歪んだ。


「――チッ!」

 女性の腕が、レーンとユーリの頭を掴んで押し倒す。

 その後ろにいたジュゼも巻き込んで、ひと塊に倒れ込みながら、レーンはルエラの腰から溢れる光が、魔力を持って自分たちを包み込むのを、感じた。

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