【傲慢/4】無礼講と信頼と
アリアに軽く報告し、ローズをアリアの家に送り届けて数時間が経った。
このままホアンのように破格の待遇を受けさせ、懐柔しつつホアンに説得させようという魂胆だろうと推測できるが、少しあからさますぎはしないか。まぁ敵になるならともかく、クワイにとってはどちらでもいいことだが。
当たり前と言えば当たり前だが、ルディーリアからの帰路は特に何かの襲撃を受けるわけでもなく、やはりこれで金貨一枚はもらいすぎだと固辞して来たので、代わりにローズの財布から銀貨を何枚か出してもらうことにした。まぁそれでもローズにとっては破格なのだが。固辞する相手に我を通しても時間の無駄だと思ったのと、本当のことが知れたときに、金貨1枚を丸々返して来られるのを防ぐためでもある。
「さすがに待遇過剰だと思いますが」
「……そうか?これでも控えた方なのだがな」
誰もいない虚空に向けての独り言だったのだが、いつの間にか斜め後に忍び寄っていたアリアがそれに応えるので、クワイのワイングラスの中身に少しだけ波紋が浮かぶ。眉ひとつ動かさず、その程度の反応で抑えたクワイも、ワイングラスの波紋を見てくすりとしたり顔と笑みが混ざるアリアも、まぁ他の面々――他の大罪騎士を含め――からすれば充分に化物だ。ちなみに、アリアはすべての意味で、クワイは外交を指して、本当に化け物と揶揄されていることを二人は知らない。まぁ知ったところで誉め言葉と受け取るだろうが。
「まぁ、表向きはお前たちが主役だ。遠慮するな」
「それが本当の理由でないことを知っている手前、喜べません」
「当たり前だろう、羽目を外さなければいいさ」
意地悪く微笑んでから背を向けて、後ろ手をひらひらと振りながら軽くあしらうアリアに苦笑しつつ、クワイはワイングラスで上唇を湿らせた。上質と言って差し支えないこのワインも、さっきアリアが言っていた通り、本物の上質なワインではないことを知っている。
利き酒ができるわけではないが、少なくともこれは安酒場でも飲める程度の「上質」であり、アリアの家では毎晩のように――翌日の仕事に差し支えない程度にだが――飲むこともできるものだ。
食事も、豪華な見た目や香り、それに味も一流のものに仕上がってはいるものの、その材料はジャッジされたものではないようだ。まぁアリアの態度と言葉からの推測だが間違ってはいまい。
本当の理由は、ローズの胃袋を掴むことだ。
ホアン同様にローズを屋敷に引き留められれば最高ではあるが、そうでなかったとしても、冒険者として王都に残ってくれればいい。まぁホアンが彼女との関係を続けるのであればという話だが。別れて欲しいとは思わない。見ていて微笑ましいふたりなので、このまま一緒になって幸せになって欲しいものだ。
正直な話クワイとしては、屋敷に引き留めるのは最善ではないと思っている。
屋敷に引き留めてホアンとイチャつかれたくないわけではない。決してない。別にクワイの家ではないのでこの屋敷でふたりで暮らすのに決して文句はないが、万一あのふたりの関係が解消されてしまった場合に、気まずい思いをしたうえで、どちらか片方がいなくなる展開になった場合は最悪だと思っているのだ。
アリアはもちろんその辺も考えているだろうし、プロの冒険者として活動していたふたりだ、しっかりとその辺は弁えてくれるだろうとも思うが。
酔ってはいるが正気は保っている――あくまでクワイ目線だが――ローズと、酒には口を付けなかったホアンのふたりを送り出した後、紅茶を唇へと傾け、アリアが盛大に溜息を吐いたのを見て、クワイは思わず吹き出した。
何故笑う、などというわかり切った問いは投げず、アリアは苦笑しながら扉を閉める。
「どう思う」
「ローズのことですか?」
「あぁ」
クワイの目から見て、ローズはホアンに負けず劣らずの人材であるとは思う。
だが、決定的ではないものの、やはりホアンを慕う気持ちが強いためか、それとも冒険者としてのプライドが邪魔をしているのか、ホアンほどには屋敷の仕事に意欲的とは言えないように見える。
「だから屋敷住まいを蹴ったのか、それとも」
「恐らくそういうことではないでしょうね」
「まぁ、そうだろうな」
そう。ローズは屋敷住まいを「少し考えさせて」と断ったのだ。ホアンと二人で話し合うことにして、王都の冒険者ギルドで飲み直す魂胆らしい。事実、ホアンはアリアに明日を休みにしてもらったようだ。
まぁホアンの提案なのかローズの提案なのかはわからないが、どちらの提案であるかによって結果は違ったものとなるだろう。
クワイの見立てでは恐らく、単にふたりきりで、安い酒と安いツマミで徹底的に飲み明かし、周囲からの視線を気にせず、恋人としての醜態を晒したいのだろう。まぁ視線を気にするのであれば、王都の冒険者ギルドの酒場ならある程度密談ができるようにすらなっているので、特に問題はないと思うが。
まぁ、万一これで話し合いの結果ホアンが外から通うことになったとしても、すでに目的は済んでいるので問題はないのだが、優秀な手駒となってもらったホアンは手元に置いておきたいというのがアリアの本音だ。またローズも、ホアンから聞いていたように――いや、聞いていた以上に――優秀で、酔っぱらいながらも、色々なところで目端が利いていたように見えた。
ホアンに手を借りながらも、色々なところで「ホアンをよろしく」などと丁寧に挨拶をしていたし、アリアに向けては一度膝すらついて挨拶していた。立ち上がる時にホアンの手を借りていたのは愛嬌の範囲だろう。
「無礼講だと言っているのに最敬礼されたのは初めてだ」
「貴族の言う無礼講は実質無礼講でないことが多いですから」
クワイの言葉に、アリアは「ふむ」と思案する。まぁあの場合酔っていたからというのも考えられるが、基本的に礼儀作法を重んじるタイプなのだろう。
アリアの顔を見ながら、クワイも考えを巡らせる。アリアが貴族として取り立てられたのは、騎士長として取り立てられた頃からだと聞いているが、前任の【強欲】は騎士長どころか部隊長ですらなく、またレミィを除く他の5人も、良くて部隊長だったと聞く。実力はあっただろう7人だが、【大罪】の名を真に冠していた初代たちとは違い、今の大罪騎士にそこまでの力はない。現在の形に落ち着いているのは、アリアとレミィの二人が裏で暗躍したからこそなのだろう。
真偽は定かではないが、数百年生きているというあの少女のような侯爵は、実のところこの王国で最強と謳われる魔術師でもあり、剣士でもある。
アリアも年若き女性とは思えないほど優秀であり、魔術も剣も知恵も知識も、一目置かれる存在ではあるのだが、総合的にレミィと比べてしまうと劣ってしまうのも事実だ。
まぁアレと比べるのもな、とクワイは内心苦笑する。もちろん顔はポーカーフェイスのままだが。
「まぁ、ホアンが上手くやるでしょう」
「そうだな」
こともなさそうに、当たり前のようにアリアが呟くので、クワイは思わずくすりと笑う。
「……何故笑う」
「いえ、失礼。実に信頼しているんですね」
「有能な部下を信頼するのは当たり前のことだろう」
眉を上げ、さも当たり前のように言うアリアにもう一度苦笑しながら、クワイはそれを隠すようにひと口紅茶を含む。ワインの如き芳醇な――と言うのは言い過ぎかもしれないが――香りを感じながら、クワイは思考を巡らせるのだ。




