悲しみの海−4
死を阻止され、少女の死に対する一途な心に、小さな風穴が開いた。
「じゃあ、時をくれるんだね」
幸樹が念を押した。
「はい」
答えた少女が信頼の目で幸樹を見る。
「じゃあ約束してくれないか」
幸樹は、少女が心変わりしないように自分の小指を差し出すと、その指に少女の白くて細い指が絡んだ」
「約束します」
少女が力強く言った。
「約束を破ったら、死んだ時、閻魔さんに舌抜かれ、両親とも会えなくなるよ」
幸樹が冗談で言うと、少女が不安そうに尋ねる。
「時って、どのくらい?」
「そうだな」
(まれに見る美しい少女だ。十年も経てば、素敵な若者と交際、いや結婚して子供が生まれるだろう。そんな人間が、死にたいと思う筈がない。もし、死にたいと思っていたら、どんなことをしても、絶対に死から守る)
「十年後の今日、六月二十一日、この磯の上で。もし、幸せだったら、絶対に来ないでください。僕は君が来ないよう、毎日、君の幸せを祈っているからね」
「十年も!あまりにも先が長いわ」
時の長さに驚いた少女が不満そうに言った。
「約束したね」
「ずるいわ。でも、約束を破ったっら、閻魔さまに舌を抜かれ、父さんや母さんに会えなくなるから約束を守るわ」
少女は閻魔さまの所為にして、嫌々、承知した。
「有り難う。感謝する」
「おじさんが感謝するなんて、変な感じよ」
「そんなに変かね、でも、僕はそう思わないけどね」
少女は、弁解する幸樹の顔をしげしげと見る。
何と思われようと構わない。
兎に角、人が死のうと思えば、いくら、周囲が警戒しても阻止するのは不可能だから、少女の約束ほど確実なものはない。
安心したのか、幸樹は、ふと、少女の両親の名前を思い出して言った。
「君の姓は、白い可憐な花、サギソウの鷺草なんだね」
「そうよ、なぜ、知っているの」
少女は驚いたように彼の方を見る。