私の瞳に大切な人がいますー鷺草の海5
やっと、幸樹が駆け寄った時、女性は顔を砂に埋めるようにして倒れ、足の数カ所から血が出ていた。
幸樹は、女性を助け起こしながら言った。
「可哀相に、こんなに怪我をしている。こんな辛い思いをしいてでも、鷺草の海へ来たのは、死ぬために来たんだね」
助け起こされた女性は、涙と砂まみれの顔を手で拭こうとした。
「僕が拭いてあげる」
幸樹は、ハンカチを取り出し女性の顔を拭いていたが、現れた顔を見て驚いた。
「君は!」
驚いて、次の言葉が出ない。
「舞です」
「姿形が変わっているけど、舞さんだね」
「はい」
「僕は、舞さんを見て、鷺草の少女が来たと勘違いをしました」
九年前、舞は幸樹との約束を破り、死ぬために鷺草の海へ来たが、それを阻止するように、幸樹が鷺草に磯で激しい波飛沫を浴びながら立っていた姿を見た。
幸樹がどれほど自分の身を案じているかを知り、二度と、鷺草の海へ来ないと誓った。
そして、幸樹が鷺草の少女を助けた意義があったと思えるように、如何なる苦難に見舞われようとも、絶対に死なないを誓ったのだ。
そのため、幸樹には絶対に鷺草の少女の不幸を見せたくないと思い、先生がお兄さんと知った時も、舞は名乗らなかった。
また、十一日前、ここで、幸樹が話した、鷺草の少女が死んだのは自分の責任だと苦しむ様を見ても、名乗ることが幸樹を失望させると考え、名乗らなかった。
しかし、今日は、幸樹が鷺草の少女を死なせたと苦しみながらも、鷺草の少女が現れるのを待っている。
少しの希望を抱き、磯の上に居ると思うと、何時までも嘘を付き続けることが出来なくなった。
そこで舞は、どんな辛い結果になろうとも、鷺草舞と名乗るために来たのだ。
しかし、幸樹の様子から、舞が予想していたより遥かに強く、幸樹が鷺草舞を愛していることを知ったのだ。
(お兄さんは、鷺草舞の幻影を追い掛けている。それなのに、目の見えない私が鷺草舞ですとなのったら、お兄さんが命より大切と思っていた幻影が壊れ失望し、私に騙されていたと、怒るに違いない)と考えた舞は恐くて名乗ることが出来なくなった。
「鷺草の少女は死んだんだ。来る筈がない」
幸樹は、自分を納得させるように言った。
「そんなに、少女に逢いたかったの?」